又吉直樹×堀本裕樹『芸人と俳人』(集英社)が出て、2か月ほど経ってしまった。
けど、又吉さんが芥川賞を獲った以上、やっぱり書こう。

芥川賞作家・又吉直樹のもうひとつの顔。俳人としての才能はいかほどのものか
又吉直樹×堀本裕樹『芸人と俳人』(集英社)。1,300円+税。

注目される人どうしのコラボ


これは文芸誌《すばる》に約2年間連載した対談「ササる俳句 笑う俳句」を単行本化したもの。
又吉さんには、せきしろさんと共著の自由律俳句の句文集『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』がある。
芥川賞作家・又吉直樹のもうひとつの顔。俳人としての才能はいかほどのものか
せきしろ+又吉直樹『カキフライが無いなら来なかった』(幻冬舎文庫)。600円+税。

その又吉さんが、いわゆる5-7-5の「定型」俳句に入門する、という企画なのだ。
又吉さんの師匠というかガイド役・堀本裕樹さんは注目の俳人。句集『熊野曼陀羅』がある。
芥川賞作家・又吉直樹のもうひとつの顔。俳人としての才能はいかほどのものか
『熊野曼陀羅』(文学の森)。1,714円+税。

鑑賞文集『十七音の海 俳句という詩にめぐり逢う』(カンゼン)、『富士百句で俳句入門』(ちくまプリマー新書)、キャラクター小説(の形をとった俳句入門書)『いるか句会へようこそ! 恋の句を捧げる杏の物語』など、これまでもいろんな形で俳句の啓蒙につとめてきた。
2011年からは、東京マッハという句会イヴェントもやっている(このイヴェントのエキレビ!記事はこちら→vol. 9vol. 14)。

『芸人と俳人』は、注目されてる芸人と注目されてる俳人のコラボなのだ。

又吉さんは準備ができていた


自由律俳句と違って「定型」俳句には、音数律や季語、そして切字(に代表される「キレ」)といった、さまざまな縛りがある。
こういった点から、俳句はスポーツに似ているし、ファッションにも似ているし、大喜利にも似ている。
こういった縛りのない自由律俳句の作者である又吉さんが、堀本さんに案内されて、そういったさまざまな「縛り」に馴染んでいき、やがて自由自在にそれを使いこなす……という展開が、当然、予想される。
読んでみるとじっさいにそのとおりの展開なのだ──最後はふたりで吟行(句の材料を求めて遠出すること)までやっている──が、それにしても。
又吉さんの俳句の「筋のよさ」は、予想していたとはいえ、すごい。
又吉さんは定型俳句をそれまで「たまたまやっていなかった」だけなのだなあと思った。

ふだんから「言葉」についてものすごく考え、また芸能の現場でつねにそれを実践してきた。だから、異分野の言語実践の機会がいつなんどき訪れても、対応する準備ができている。
そういう意味で、俳句は又吉さんにとって、新しい四字熟語とその解を又吉さんが考え、田中象雨(しょうう)さんが書にした『新・四字熟語』(幻冬舎よしもと文庫)の試みに共通するものがあったのかもしれない。
芥川賞作家・又吉直樹のもうひとつの顔。俳人としての才能はいかほどのものか
又吉直樹+田中象雨『新・四字熟語』(幻冬舎よしもと文庫)。540円+税。

俳句とお笑いの共通点


俳句にとって「キレ」(句の途中や最後に構文上の終止を作って、飛躍や話題転換の効果を作ること)はきわめて大事なことだ。
キレや切字は原則として1句に1箇所必要とされ、2箇所以上作ることは、通常は避ける。
そのことを『芸人と俳人』では、大オチ前に小ボケを入れないようにする、というふうに言っている。これはわかりやすい。

堀本さんはこう言っている。
〈俳句ではやっていけないことは基本的にない〉
〈十人中八人に、「変な句やな」「ようわからん」と言われても、二人が「めっちゃわかるわ」「この句好きや」と受け入れてくれたら、それでいい〉
これもお笑いに似ている。

僕らがお笑いに触れるチャンネルは、まだまだ相変わらず地上波TVという「マス」の回路においてだから、そこで流通するには、〈十人中八人〉に「おもしろい」、あるいは少なくとも「嫌いではない」と思わせる必要がある。
でも、又吉さんが芥川賞受賞作『火花』(文藝春秋Kindle。僕のレビューはエキレビ!東京新聞)で書いていたとおり、「マス」の回路だけがコミュニケーションのチャンネルではない(もちろん、「マス」がダメってわけではない。マスにしかできないことがあるのだ)。


堀本さんと又吉さんの、俳句と笑いにかんする最初の対話(2012年)については、こちらも参照されたい→前篇「ピース又吉、登場! 「僕はおそらく、殺されるだろう」が生まれた瞬間」、後篇「全員が「受からん」と思ったオーディションで受かる方法」。これらの記事には僕の発言も出てくるけどそれは飛ばしてくださってかまいません。

季節と言葉をめぐる贅沢な対話


この本には、堀本・又吉コンビが、女優・中江有里、歌人・穂村弘、小説家・藤野可織(芥川賞受賞作『爪と目』[新潮社Kindle]、レヴューはこちら)と開催した互選句会のもようも収録されている。

僕は堀本裕樹の洗練された教授法に驚きつつ、また単行本化にさいして加えられたポストプロダクションのエディターシップに感心しつつ一気に読んでしまったけど、じつはかなり分量(字数)の多い本なので、一気にではなく少しずつ読むのがいいのかもしれない。
読み終わったら季節が一巡二巡している、というのが、ほんとはいいんだろうなと思う。これは俳句入門書である前に、まずは季節と言葉をめぐる贅沢な対話なのだから。

(千野帽子)