
うん、だいたい合ってる。
火村とアリスの絆
護送車から逃走した諸星沙奈江は、尋問者として会った火村英生に興味を示し、彼に再接触をもくろむ。囮の餌として狙われ、虜にされたのがアリスだったのだ。諸星からの電話で友人が危地に陥ったことを知った火村は、いつもの平静さをかなぐり捨てて走り回る。夕食はアリスも交えて鍋にしよう、と下宿で話していた火村は、時絵さんにこう言って連絡した。
「時絵さん、今夜は少し遅くなるかもしれません。でも必ずアリスを連れて帰りますから」
今回の原作は2001年秋に雑誌発表され、2003年の『白い兎が逃げる』に収録された短篇「地下室の処刑」である。「異形の客」でお目見えしたテロ組織・シャングリラ十字軍が二度目の登場を果たした作品でもあるので、ドラマで使われるだろうということは早い段階で予想がついた。原作とドラマの最大の違いは、組織に囚われるのが森下刑事(ドラマでは坂下刑事)である点だ。
作中の火村はほぼアリスのために駆けずり回っているのだが、印象的なやりとりがあった。前回逮捕された、アポロンこと坂亦容疑者を尋問したあと、彼の逮捕に貢献した貴島朱美と会話した際の台詞である。
殺人者に3人も会ってしまい、彼らの内面の歪みを見たことで不安になった貴島は、火村に助手入りを志願する。そうしなければ、暗い面に押し流されてしまいそうだから。それに対して火村は答える。
「断る。アリス以外に助手を必要に思ったことは一度もない。俺の助手はあいつだけでいい」
火村が血迷って首を縦に振ってしまいやしないかとハラハラしていた原作ファンは、この言葉を聞いて快哉を叫んだのではないか。火村とアリス、アリスと火村、やはり2人の紐帯は特別なものなのだ。
ぎりぎりの推理
今回の「地下室の処刑」は、日常を超越した、特殊状況における論理によって行われた犯罪を描いた一話だった。ミステリーは、犯人(who)、不可能状況の技法(how)、犯人の内面・動機(why)の順で解くべき謎を増やし、深化してきた。
「地下室の処刑」で呈示される謎は極めて単純なものだ。
いずれ死ぬと判っている相手を、犯人はなぜわざわざ毒殺しなければならなかったのか。同様の謎を扱った作品にはたとえば、法月綸太郎の「死刑囚パズル」(『法月綸太郎の冒険』所収。こちらも探偵の名と作者が同じ、クイーンの息子たちというべきシリーズだ)など他にも作例があるが、動機の醜悪さという点では「地下室の処刑」のそれが抜きん出ているように思われる。これに対抗しうるのは、アガサ・クリスティーの某長篇くらいなのではないか。ドラマの決め台詞を借りるならまさに「この犯罪は美しくない」のである。
特殊状況の論理という内面に向かうベクトルを逆転させると、別の作品群が見えてくる。たとえば、探偵たちが火山噴火という天変地異に遭遇し、死が眼前に迫った状況下で謎解きに挑戦する『月光ゲーム Yの悲劇'88』だ。
そして「ロジカル・デスゲーム」へ
何回か前のこのレビューで、有栖川有栖氏にお会いしたときのことを書いた。
ドラマの原作として何が採用されるか事前には聞かされていないという有栖川氏は、「たぶん最終回には『ロジカル・デスゲーム』が使われるんじゃないかと思うんですよねえ」と予想していたのである。
見事に的中。
今夜放送の最終回では、火村英生と諸星沙奈江との最終対決を描いた作品として「ロジカル・デスゲーム」(『長い廊下のある家』所収)が採用された。火村を自分の同類と見なし、その本性を引き出そうとする諸星は、いったい何を仕掛けてくるのか。原作中でも屈指の鋭さを誇る短篇だけに、映像化にも期待したい。今夜の放送が楽しみである。
(杉江松恋)