ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんの対談。今回は小説『君の膵臓をたべたい』を扱います。


定期的にでる難病モノのヒット作


ウェブ小説発で40万部突破の理由は 住野よる『君の膵臓をたべたい』
『君の膵臓をたべたい』(住野よる著、双葉社)

飯田 住野よる『君の膵臓をたべたい』は「小説家になろう」に掲載されたのち双葉社から刊行され、デビュー作ながらすでに部数は40万部以上。2015年に登場した新人作家の中では又吉直樹に次ぐ人気(売上)と言われています。で、2016年の本屋大賞の有力候補にまでなっている。藤田くんの嫌いな難病ものですがw
 ヒロインが病んでいる部位が膵臓だと。ジョブズがやられたのと同じところですね。川島なお美とも同じと言えるわけですが、川島なお美だと思って読まない方がいいでしょう……。

藤田 本屋大賞ノミネートで「ダ・ヴィンチ」のBOOK OF THE YEAR2015第二位、どうやって測ったのか不明ながらも「読書メーター」読みたい本ランキングで第一位、と。

「難病」と「純愛」のセットは、定期的にヒット作が出ますねぇ…… 『世界の中心で、愛を叫ぶ』とか。
 ぼくは難病モノが嫌いなのは、あざといからなんですよ。純愛で、死ぬと分かってて、死んだら、そりゃ悲しいでしょ。普遍的に悲しいでしょ。そこでストップしてしまうと、文学じゃないんですよ。それは誰しもが経験するし、共感できる。
その先のユニークさ、固有性の次元にまで行かないと、「またこのパターンか」って飽き飽きしてくるんですよ。

飯田 周期的に来るタイプの良作ですよね。その時代その時代に書き継がれていくものというか。

藤田 仕掛けとしては、主人公(男)が本好き。ヒロインは本好きじゃないけど、遺書的な本を書いている。という意味で、「本の本」系の作品でもありますね。


飯田 主人公は名前がずっと伏せられている(変な表記になっている)んだけど、それとヒロインの手記にまつわるギミックが終盤で絡んでいることがわかって、それが泣かせに使われている。

『君の膵臓をたべたい』は言語SFなんじゃないか!?説


藤田 気になったのは、主人公が【仲のいいクラスメイト】くんみたいに表記されることで、伊藤計劃の『ハーモニー』のetmlみたいに読むのか? とか思ったりした。夢小説とかだと、ここに自分の名前を出せるわけだけど。
 ちゃんと最後に仕掛けが用意されていたのはポイント高いですね、名前の部分は。ただ、具体的に考えると、よくわからないんですよ。病気の彼女が書いた手記の中での記述がああなるのはいいとして、地の文の方は男が書いているわけだから……なんか叙述トリックか何か仕掛けられているのでないとおかしいんですよね。

飯田 男の方がヒロインとの日々を追憶している感じというスタイルで進むので、男のほうが彼女を踏襲した、ということなんじゃないでしょうか。
これ以上言うとネタバレなんで言えませんが。しかしあの仕掛けがなければマジでただの難病もの(死に方にもびっくり展開があるけど)でしょう……。

藤田 やたら元気に動き回る難病モノですけどねw

飯田 橋本紡の『半分の月がのぼる空』だってけっこう動き回ってるよ!

藤田 主人公(男)の鈍感さもハンパないので、伊藤計劃的な、脳を処置されるような手術を受けたやつなのでは?(痛覚マスキングみたいな)と結構疑っていましたw

飯田 いやいや……。

藤田 いくら本好きで友達が少ない人間だからって、こいつの対人能力はもうコンピューターとかのレベルでしょうw でも、こういう造型がいいんだろうか?

飯田 鈍感というか、わかっているくせに閉じているやつだと僕は思いましたが。

藤田 叙述の言葉と、意識に乖離があるパターン、ですかね。やっぱり言語SFなんじゃ……

飯田 妙にこだわるね。
でもこういう中高生いると思うよ。学年にひとりふたりは。

藤田 本好きのイメージが世間の中で美化されることに関しては得があるので、文句は言いませんw
 しかし、いくら本が好きだからって、こんなにAIみたいな人格にしなくてもいいと思うのだが…… まぁいいや。そこが逆に萌えるのかもしれないし。

飯田 本が好き設定ってそこまで重要じゃないでしょ? むしろ叙情と作品全体にしかけられたギミックが絡むのは昔のエロゲというか泣きゲー感があってそっちの方が気になったけど。
 ちなみに影響関係と言えば主人公とヒロインが貸し借りするのは『星の王子様』で、これは住野さんの2目『また同じ夢を見ていた』のあからさまな元ネタでもありますが、『君膵』でも文体含め、著者が受けた影響が如実に見られますね。


藤田 日記で泣かせるテクニックも、常套手段ですねぇ。とはいえ、あれで、それまでの振る舞い(見えていたもの)と本心(のようなもの)が逆転したり答え合わせになっているので、ミステリ的な面白みもある仕掛けですよね。本心を言えば、もっとダイナミックにひっくり返ってほしかったけど。

飯田 折原一とかが好きな作家なのかも。著者の年齢非公表だけど予想するに30代ですよね。だとすると新本格読んでたと思うし。

ウェブ小説を出版界は真剣に受け取るべき!


飯田 しかし、2015年最大の新人作家トップ2がひとりは芸人からのリクルーティング、ひとりはウェブ小説出身ということを出版界はもうちょっと真剣に受け止めた方がいいんじゃないかと。
 『君膵』が本屋大賞取ったら「なろう」発では史上初だし、取ってほしいですけどね。ほんで映像化されてめっちゃ売れてほしい。名前の呼び方のギミックがあるから、映像化するには一工夫必要だけども。

藤田 今年の本屋大賞、候補に芥川賞と直木賞の受賞作も含んでいるじゃないですか(笑)

飯田 そうなんだよ。でも他に賞をもらっている作品に、いまさらダブルで賞をあげてもしょうがないじゃない。

藤田 辻村さんや米澤さんがいる中で受賞はちょっと厳しそうかな…… デビュー作にしては、かなり健闘していると思いますが。

飯田 本屋大賞の趣旨である「書店員が売りたい本」としてはベストだと思うけど。だって『火花』はあれ以上部数的に伸びしろはないでしょう。でも『君膵』はまだまだ、リリー・フランキーの『東京タワー』くらい伸びる可能性があるもの。

藤田 しかし、このタイトルはどこから着想したんでしょうね? 序盤の焼き肉のシーン以外では、あんまり猟奇っぽさのミスリードを使っているところはないんですけどねぇ。インパクト重視かな。

飯田 いいタイトルだよね。『居酒屋ぼったくり』もそうだけど、タイトルのつけかたはやっぱウェブで鍛えられたひとたちだなと思う。

藤田 タイトルで目を惹かないと読んでもらえないから? 

飯田 そう。

藤田 その辺りも、ウェブ初の作品や作家が増えていけば、傾向も変わるでしょうねぇ。しかし、比較すると、『火花』や『流』は地味なタイトルですね。昔の小説では、『黴』(徳田秋声)とか『事件』(大岡昇平)とかのタイトルもありますが。

飯田 賞パワーとテレビで得た知名度&映像化で売るのが一般文芸ですが、文芸のベストセラーランキング見ればわかるように、売上ベスト20作あったとしたら、もう半分くらいはウェブ発だからね。
そういう観点から言うと、『君膵』は版元である双葉社もすごい。ウェブ小説を見つけて売るノウハウを完全に確立している。しかも「なろう」から「エブリスタ」から「2ちゃん」から「comico」までの書籍化を手広くやっている(古くはケータイ小説時代からだけど)。機を見るに敏。今まで出してきたのがYoshiのコミカライズ、『王様ゲーム』『奴隷区』『君膵』等々……ときたら作家・作品の力はもちろんだけど版元の力があってこそですよ。ウェブ発で普通の人向けに本をつくって売るのがうまい。

藤田 その辺りは『ウェブ小説の衝撃』を読めば書いてあるわけですねw

双葉社がすごい説


飯田 多少はねw アルファポリスやエンターブレインもウェブ小説書籍化の雄ですが、双葉社は『君膵』を見ればわかるように、「ウェブ発」臭をいい感じに消して売るのがうまい。ほかの版元はウェブ発をアピールするというか当然ながらそれが匂うけど(たとえば『ゲート』や『ニンジャスレイヤー』を見ればわかりますよね)、双葉社のものは「なろう」作品を書籍化するモンスター文庫を除けば「一般文芸」化されて世に出て行っている印象がある。そこはふしぎだし、機会があればもっと突っ込んで取材したいですね。

藤田 双葉社って、『週刊大衆』とか『パチンコ攻略マガジン』の会社ですよね?

飯田 『漫画アクション』とかね。

藤田 たしかに、『君膵』には、その匂いはないですね、パッケージの作り方がうまいんでしょうなぁ

飯田 「小説推理」も出していて、一般文芸ではたとえば湊かなえなどを発掘してもいますが。

藤田 そうですね、『告白』を刊行していますね。幅広く目配りが効いている会社と印象ですね。『かりあげクン』とか『クレヨンしんちゃん』とかも出しているんですね。由緒ある老舗。

ネットで読めるのに、書籍も売れる


藤田 ウェブ連載の小説なのに、作中で「本」のフォーマットに拘っているのがやっぱ不思議で。ケータイ小説だったら、ケータイ電話のインターフェイスが良く出てきたわけですけど、この作品、インターネットのモニタすらほとんど出てこない。ケータイの画面は何度か出てきたのかな。
 ネット小説発、なのに、書籍として書店員さんが売りたいマテリアルとしての本である、という、メディアを横断している不思議な感じが作品内容にも若干影響している感じもしないでもないですね。

飯田 Amazonの電子書籍KDP発のヒュー・ハウイーのサイロ三部作でも、紙の本が燃やされるシーンがひとつのハイライトになっていたりして、「えー!?」って思ったw 未来の話なのに。著者がもともと書店員で、本に思い入れがあったからかな。

藤田 移行期だからこそ、メディアやインターフェイスの在り方そのものが強く意識化されるんだろうなぁ、とは漠然と思っています。『ビブリア』とか、書店モノや図書館モノの隆盛も、「モノを読むときに、それが当り前じゃなくなってきた」ということによって、本や図書館というものが意識化されたことが要因かなって。

飯田 ちなみになろう発で書籍も売れてる作品に『本好きの下剋上』ってのもあるんですが……。

藤田 えー、司書になるはずが、死んでしまったので、異世界で識字率を上げて図書館を作るwww ちょっと『オデッセイ』の、火星で農業と似てますね。

飯田 『本好きの下剋上』はメディア論的に語ってもおもしろいと思います。
 無料で読める「なろう」で人気になり、書籍化され、そしてその有料の電子書籍版もまあまあ売れる。今やそんな意味がわからない時代になっているw

藤田 付加価値がどこでどう付与されるんでしょうねぇ? なんか資本主義がわからなくなってきますw パッケージングされる安心感というのはわかります。読みやすくまとめてくれてたら時間も節約できるだろうし、とか。

飯田 しかしかく言う僕も電書版でなろうの書籍化作品を買ったりしている。加筆修正されたりオマケが付いたものが見たいという理由もあるけど、プラットフォームが変わるとお金を払ってもいいという気持ちになっているからなのか、そのへんは自分でもまだよくわかりませんが、『ウェブ小説の衝撃』『君膵』ともどもオススメです!(宣伝)