庵野秀明と樋口真嗣の絶妙なコンビネーションによって傑作となった「シン・ゴジラ」。
後編は、庵野秀明がゴジラに起こした革命について、東宝の山内章弘プロデューサーにお話を聞きました。

前編はこちら
庵野対東宝、エヴァと並べた決断、掟破りの「シン・ゴジラ」山内章弘プロデューサーに更に聞く
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──庵野さんの気持ちを動かすのは大変ではなかったですか。
「印象的だったのは、作品を観てもわかることだけれど、ディテールをすごく大事にされる方で。僕らはどうしても大局でものを見がちですが、そうじゃなくて、とても些細に見えるような部分こそ大事なのだっていう。脚本も現場の作業も宣伝のやり方にしても、そこにこだわります? ということを大事にしていて。でも映画をつくるとは本来そういうものなのだと、今回、改めて考えさせられました」
──大ヒットを狙うため合理性に走り、細かい部分を捨ててきた状況があって。でもその反対で、一見小さく見えるところにこだわったら観客がたくさん入ったことを示した庵野さんはすごいと思います。

「たとえば、宣伝に関して、ネタバレは公開日まで隠しますと言っても限度があって、幅広く宣伝してもらうためにたいていはマスコミにある程度は事前に観てもらうわけです。でも、今回、庵野さんが、ここまで細部にこだわって作っているのだから、お客さんにはじめて観た驚きを味わってほしいということで、広く多くの人に知ってもらう宣伝を封じたわけです。いつもと違うやり方に宣伝部は戸惑ったわけですが、結果的にはそれが良い結果を生んだ気がします」

他社のキャラと並べたらいけなかったゴジラをエヴァと並べた決断


──宣伝といえば、エヴァンゲリオンを使って、ゴジラ対エヴァの企画をやっています。あれはコピーの「虚構対現実」から来たものですか。そもそもそれはゴジラが昔から「モスラ対ゴジラ」(64年)とか「キングコング対ゴジラ」(62年)とかやっているからですか。
「それは、この映画の最初のタイトルが『ニッポン対ゴジラ』だったところからはじまっていますね。過去のVSものへのアンチテーゼで、今回は、日本がゴジラにどう立ち向かうのかがテーマだったので、そこからの派生系だと思います」
一観客としてゴジラ対エヴァはとても嬉しいですが、東宝さんとしては、エヴァとのコラボはOKなんですか?
「たぶん、12年前だったら絶対やってないと思うんですよ。
繰り返しになりますが、ゴジラは東宝にとって唯一無二で、他社のキャラと両立するのはまかりならなんというルールがあるんです」
──キングコングとヴァーサスしているのに?
「キングコングのときは、世界的なキャラクターを両者合意のもとで共演させたわけですが、たとえば、宣伝で他社のIPと並べることはダメですというルールがあるんです。でも、今、それをやっていたら、それこそ広がらない。なにしろ、12年ぶりですし、テレビシリーズがあるわけでもない。そこで、新しく興味をもってもらう必要があったんです」
──それだけゴジラを東宝さんも大事にされているんだなと思いました。
「ははは」
──ところで、樋口さんや尾上さん以外のスタッフワークはどうやって決めたんですか。
「樋口組プラス庵野さんがよく仕事している方達が主ですね」
──撮影は樋口組でも庵野組でもないですね。

「山田康介という東宝のカメラマンです。木村大作さんなど名カメラマンの助手をやっていた人でいまは一本立ちして、三木孝浩組などの恋愛映画におけるキラキラな画が得意なカメラマンです」
──山田さんは、恋愛映画の印象が強くて意外でした。
「でも彼はかつてのゴジラにも助手時代に参加していましたし、人としては意外と骨太な男なんですよ」
──ぴし! と決まった画角は山田さんのお力でしょうか。
「メインは彼で、あと4キャメくらいあって、ちょっと撮り方で遊んでいるのは庵野組常連の摩砂雪さんですね。庵野さんもiPhoneで撮っていました」
──山田さんは助手時代に参加されていたとのことですが、かつてのゴジラにかかわった人はほかにいますか。
「そういう意味では、かつてゴジラをメインで作られていた方は少ないと思います。
今回は、せっかく新たにスタートするのだから、『前はこうだったとから』という会話から始めるのではなく、本当に新しいことをしたい、という思いもありました。俳優さんも過去、ゴジラ映画に出てないという基準で人選しています」
──庵野さんはそこにしがらみはないのでしょうけれど、東宝さんが心苦しい部分あったのではないでしょうか。
「いやあ、各所でけっこう言われましたよ(笑)」
──タイトルに「シン」をつけるのは社内的にOKだったんですか。
「いや、全然OKじゃなかったですよ。会議でOKが出るまで2ヶ月くらいかかりました。でも、いろいろな意味にとれて、人に伝えたくなるタイトルです。
結果的にはこのタイトルもヒットの一助になっていると思います」
──ここでも会議が行われていた! ってことですね。どんな会議なんですか。どんな場所でどれくらいの人数で・・・
「あまりつっこまれても答えられないですよ」
──そうまでしてゴジラをつくっていきたい?
「そうですね」
──レガシーとして。
「ええ、ゴジラレガシーです(笑)」
──そんな山内さんのゴジラの思い出を教えてください。
「54年の『ゴジラ』は別格で、『ゴジラ対メカゴジラ』がたぶん最初に映画館で観たゴジラです。男の子の夢ですよね。
でっかい生物とそれに形を似せたロボットが戦うなんてかっこいいじゃないですか、たまんないなあって思った記憶があります。今回、再度意識したのは84年の『ゴジラ』です。『シン・ゴジラ』を作っている途中で84年のゴジラを作ってきた先輩方と、まさに僕らがいま、新しいゴジラをいまの日本でと思って作っている道と同じ道を歩んでいたんだなと感じました。おそらく似た思考過程を経て、84は生まれたと思います。あれもね、1回幕を閉じたゴジラを10年ぶりに復活させたものだったんですよね」
──大ヒットで続編希望の声もあがっていますが。
「庵野さんはつくらないとおっしゃっています。なにしろエヴァをやらないといけないから(笑)。最初は全面的にゴジラにかかわっているのをカラー社内でも秘密にしていたんですよ。社長自ら作業を止めていると言い出せないからと。最終的にはカラーの方々にもスタッフに相当人数入ってもらっていて、クオリティアップに貢献してもらっています。今後はどんな形になるかはわかりませんが、僕らとしてはゴジラをつくり続けないといけないと思っています」

どうして死体を描かなかったのか?


──最後にもうひとつ。これは最近の映画やドラマの傾向かもしれませんが、人間が死ぬ(肉体が損なわれる)直接的な表現がなく寸止めです。これは全体の決めごとですか?
「これは庵野イズムなのかもしれないですね。確かに、血が出ているところがいっさいないですよね。それは東宝としてのゴジラのルールではないです(ライター注:過去作では肉体に被害が及び死に行く姿が描かれているものもある)。質問とずれるかもしれませんが、今回は、3.11以後の日本というのが結果的にすごく意味を成しています。脚本をつくる段階では、リアルシミュレーションではあるが、架空の日本というか震災を経験していない日本を舞台にするゴジラだという案もあったんですよ。ただやっぱり、リアルシミュレーション映画としていまの日本のお客さんに観てもらうにあたって、震災が起っていない日本は想像しにくい。やっぱり震災を経た日本にゴジラが現れた、その上で我々はどう対処するかを描いたほうが観客の感情移入がしやすいと考えました。結果そうして良かったと思います」
──庵野さんがリスペクトする岡本喜八監督の「激動の昭和史 沖縄決戦」(71年)や「日本のいちばん長い日」(67年)では血が出るとか肉体になんらかの変化のある死の瞬間を描いていますよね。
「そうですよね。その2作を参考にされていたのは、有名な話ですし、実際打ち合わせ中もたびたび言及されていました。それと『未知への飛行』(63年)の話もずいぶん出ました。ひとつの大きな出来事を描く時に明確な主人公を立てるというよりは、大勢のひとが各々の視点で巨大生物が現れたというとんでもないできごとに立ち向かっていく話を描こうとしていたのは確かです」
──少なくとも、血が多く出るとテレビで放送できないとか、戦争や震災の生々しい記憶が蘇るものを観たくない人への配慮という映画会社の論理ではない?
「確かに近年の傾向として、若者がそういう描写を嫌うのはわからなくもありませんが、最近の子どもが昆虫解剖をしたことないっていうような話と、庵野さんが直接の死を描かなかったことは違う気がします」

そこにも虚構と現実のせめぎあいがあるように思う。まだまだ謎多き「シン・ゴジラ」なのだった。豪華本の超ロングインタビューですべてが明かされるのだろうか。とり急ぎ、もう1回観に行くか。
(木俣冬)

[プロフィール]
やまうち・あきひろ
東宝株式会社映画企画部部長。近年、エグゼクティブ・プロデューサーとして携わった作品に、「進撃の巨人」、「バクマン。」「orange」「アイアムアヒーロー」「世界から猫が消えたなら」「怒り」「何者」など。


[作品情報]
脚本・総監督:庵野秀明
監督・特技監督:樋口真嗣
准監督・特技統括:尾上克郎
音楽:鷺巣詩郎
出演:長谷川博己 竹野内豊 石原さとみ
製作・配給:東宝株式会社
(C)2016 TOHO CO.,LTD.

全国東宝系にてロードショー中

公式サイト

「ゴジラ FINAL WARS」以来約12年ぶりの日本が製作したゴジラシリーズで、第29作にあたる。海から現れた謎の巨大生物から日本を救うため、官僚、政治家、研究者たちが立ち向かう。2016年7月29日公開するやいなや口コミで評判が拡散され大ヒット、まだまだ上映が続く。総監督:庵野秀明、監督:樋口真嗣、出演:長谷川博己、竹野内豊、石原さとみほか総数329人。