また、つぎのシーズン6で完結するので、必要に応じてシーズン1からのおさらい情報も入れてみよう。
領地経営と貴族の沽券
『ダウントン・アビー』は、1910-20年代のグランサム伯爵家の「家督継承問題」と「領地経営問題」を描いたドラマである。
本来は家の財産を守るためにできたはずの限嗣相続制が、逆に家族の継続性を脅かす桎梏となって、伯爵家を苦しめる。
シーズン3以降クローズアップされてきたのが、伯爵ロバート・クローリーと長女メアリとの世代間対立だ。
かつてはそれでも、三女シビルと、メアリの夫マシューが、伯爵とメアリのあいだを取り持つようなところがあった。
そのふたりが、生まれたばかりの娘シビーと息子ジョージをそれぞれ残してシーズン3で命を落とすと、シビルと駆け落ち同然で結ばれた身分違いのアイルランド人運転手トム・ブランソンが、もともと社会主義者だったので伯爵の「敵」だったはずなのに、前シーズン、今シーズンをつうじて、領地経営における伯爵と長女の冷静な調停者として、頭角をあらわしてくる。
こういうのを見ると、「孫はかすがい」なのだな、と思う。
前シーズンで伯爵家は養豚に乗り出し、今シーズンでは宅地造成問題がシーズン全体の大文字の主題として浮上した。
また今シーズンは大戦戦死者慰霊碑の件で、建設委員長が伯爵ではなく、村で人望のある執事カーソンになってしまうなど、伯爵は踏んだり蹴ったりだ。
大人のロマンスと危機
本作は歴史ドラマであると同時に、ロマンスでもある。
今シーズンを含め、伯爵家の3人娘と、メアリの侍女アンナと伯爵の従者ベイツ、料理人助手デイジーと第2下僕ウィリアム(シーズン2で戦傷のため死亡)、第1下僕から軍務を経て副執事となったトーマス・バロウ、下僕のジミー(醜聞で解雇)、アルフレッド(料理修業のため退職)、アンドリュー、そして伯爵の従妹の娘ローズ、といった比較的若い世代の恋が描かれた。
しかしロマンスがオトナ世代にも容赦なく襲いかかったのが今シーズン。
伯爵夫人コーラが、チャラくて胡散臭い美術史家ブリッカー氏の猛攻に靡きそうになったのは、伯爵が彼女のことをおろそかにしたからだった。
その伯爵の母であるレイディ・ヴァイオレットの前には、若妻時代(ヴィクトリア期)にモスクワで淡い思いを寄せ合ったクラーギン公爵が、革命で祖国を追われた亡命者として姿をあらわした。
香港で看護師として働いていた公爵夫人イリーナの捜索に、なぜヴァイオレットがローズの父シュリンピーの手を借りてまで乗り出したのか、というのもまた、今シーズンの興味あるフックだった。
使用人では、プライドが高くヘマばかりやらかす第一下僕のモールズリー(かつてマシューの従者だった)が、オブライエンに代わって伯爵夫人の侍女となったバクスターに心惹かれていく。
それにつれてモールズリーがだんだんイケメンになっていき、重い過去を持つバクスターも「陰のある謎めいた女」から今シーズン終盤ともなると「落ち着いた魅力のある女性」へと変貌するのが感動的。
前シーズン終盤から急接近したカーソンと家政婦長ヒューズの今後も気になる。なにしろ引退後は村の不動産物件を買い取ってホテルを経営しようというのだから。
と思っていたら、ヒューズはこの話を降りると言いだした。聞けば、彼女には介護が必要な妹がいるのだというが……。
イザベルとヴァイオレット、そしてマートン卿
そしてなにより、亡きマシューの母イザベルが、上品な老貴族マートン卿(ディッキー)に熱く求婚されながらも、卿の息子たちの猛反対を目にして、求婚を退けようとするのがまた、印象に残る。村の医師クラークソン先生との軽い三角関係も見ものだ。
シーズン1でイザベルとマシューが登場したときに、あれだけ軽侮の態度を取っていたヴァイオレットが、いまやイザベルを無二の親友と見なしているあたりもまた、胸が熱くなる。
ふたりの娘の結婚は?
領地経営と並ぶドラマのメインディッシュが、長女メアリの結婚(再婚)問題。マシューを交通事故で失ったトラウマは、メアリを果てしなく慎重にしている。ギリンガム子爵トニーやチャールズ・ブレイクなど、その後に彼女に接近する男性はそれぞれ魅力的ながら、いずれもクセが強い。
それもそのはず、メアリ自身が性格が悪いのだ(←これはマシューと結婚する前から)。
また、妹にたいしては傲岸、寄ってくる男はお預けを喰わせて手玉に取るというしたたかな女でありながら、同時にきわめて使用人思い、小作人思いでもあるあたりがメアリの魅力。なんだか20世紀というより中世の人間のようだ。
長女が中世の意地悪な姫なら、次女イーディスは僻み根性のモダンガールですね(3姉妹で唯一性格がよかった三女が早逝している)。
婚約者グレッグソンは渡独後ナチス一揆に巻きこまれ落命、イーディスは伯母ロザムンドの協力でスイスで遺児マリゴールドを出産したはいいものの隠し子なので堂々とシングルマザーになれず、小作人ドリュー夫妻に育ててもらうが、あまり頻繁に会いに行くため「ノイローゼ」気味になったドリューの妻(マリゴールドを実子と分け隔てなくかわいがる超いい人)に警戒されてしまう。
そしてこの厄介な長女と次女は、ことあるごとに対立しあう。たがいに「相手に弱みを見せたら終わり」だと思っているのだ。怖い。
ローズの今後は? ブランソンは?
シュリンピーの娘ローズは、イーディス同様に障碍の多い恋ばかり選んでいる。前シーズンは黒人ジャズマン、今シーズンは貴族とはいえユダヤ系新興成金の息子アティカスと恋に落ちた。
好青年アティカスと結婚したが、アティカスの父シンダビー卿が超偏屈で、彼女のことも伯爵家のこともまったく認めてくれない。ここんち、どうなるんだろう? と心配になるのが先週放送された第5シーズン第9話。なお、アティカスはニューヨーク勤務が決まった。
ローズは毒母を持ち、アティカスは毒父を持ちながら、ふたりとも心清い若者に育っている。視聴者の同情がこの若夫婦にどっと押し寄せる音が聞こえてきそうで、橋田壽賀子ドラマそのもの。
なお前回、シンダビー卿も、その有能で傲慢な執事ストーウェルも、訪れたグランサム伯爵家一同(使用人含む)にたいして傲岸そのものの態度を取った。
メアリはバクスター経由でバロウに指令を出し、ストーウェルを〈ぎゃふんと言わせ〉よと命じた。このあとの展開は痛快!
いっぽうトム・ブランソンは今シーズン、渡米計画を進めながら、社会主義者のバンティング先生(デイジーに勉強の機会を与え、間接的にはモウルズリーの隠れた能力も引き出した、ドラマ中の重要な触媒)と恋に落ちそうになった。これも身分制への大きな挑発である。
アンナ拘留!
今シーズン、ベイツの妻でメアリの侍女であるアンナが、グリーン殺害容疑で拘留された。
グリーンはトニーの従者で、前シーズンでダウントン滞在中に、同じくダウントンを訪れたオーストラリア出身のソプラノ歌手ネリー・メルバ(1861-1931、ドラマではニュージーランド出身のソプラノ、キリ・テ・カナワが演じた!)の生歌にみんなが聴き惚れているあいだに、アンナをレイプした最低野郎である。
この事件はメアリと家政婦長ヒューズによって秘密にされたが、アンナの夫ベイツは真相を嗅ぎつけた。その後グリーンはピカディリーサーカスで変死、ベイツに容疑がかかるがアリバイが証明された。と、ここまでが前シーズン。
今シーズンでは、アンナ本人に殺害容疑がかかる。アンナは過去、母の再婚相手に性的虐待を受け、自衛のために相手に切りつけたことがある。
面会に訪れたベイツはアンナに強く言う。
〈太陽の存在と同じくらい、きみを信じている〉
シーズン6への布石
第9話、クロウリー家の人々がローズの夫アティカスのシンダビー家の人々と狩を楽しんでいるところに、アティカスの友人チャーリー・ロジャーズが木曜に合流することが告げられた。さらにその友人ヘンリー・タルボットと、ブランカスターの領地管理人バーティ・ペラムも来る。シーズン5最終話にして男キャラ3人投入というあたりに注目。
またヴァイオレットの執事スプラットは観察力に優れ、かつ尊大で滑稽な人物だが、そのスプラットと、ヴァイオレットの奸智に長けた侍女デンカーも、バチバチに対立中。
スプラットにたいする売り言葉に買い言葉で、デンカーは作れもしないチキンスープを作ることになり、あろうことかダウントン・アビーのパットモアとデイジーに頼ることになるのだ。このあとどうなる?
また前々回でマリゴールドがイーディスとグレッグソンの子だと見抜いた伯爵は、前回、ヨークの病院で狭心症の疑いがあると判断された。
差し迫ってはいないにしても、死を覚悟した伯爵は、次女イーディスのもとを訪れ、マリゴールドのことに気づいていると打ち明ける。この場面は感動的。
〈マイケルは誠実な男だった〉。〈だからお前と彼の子どもはたいせつに育てよう〉。
翌日の場面でほんの1秒ほど、父にべったりのイーディスが映るのが、この親子関係の新局面をみごとに表現している。
今夜放送の最終回が、シリーズ全体のフィナーレであるシーズン6へとどうつながるか。1秒たりとも目を逸らせません。
(千野帽子)