東京都北部に流れる石神井川。今から20数年前、この河川で発見された一羽のカモが、国民的関心事となった騒動を覚えているでしょうか?

クロスボウで射抜かれた“矢ガモ”に衝撃を受ける


1993年2月1日。マスコミが公開した一枚の写真に、世間は衝撃を受けます。
映し出されていたのは、背中に大きな矢が刺さったままのカモ。この個体はメスのオナガガモで、どうやら何者かにクロスボウで射抜かれたらしいのです。

痛々しいその姿が報道されるや否や、このカモを保護しようと試みる板橋区役所へ「早く救助しろ」との電話が殺到。さらには翌2月2日。カモを一目見ようと、石神井川付近に200~300人もの人が集結。時を同じくしてマスコミの報道も過熱し、ここに空前の「矢ガモフィーバー」が幕を開けたのでした。

記念撮影をする人、餌を投げつける人も…


動物愛護の観点からして、矢ガモ“フィーバー”とは、かなり不謹慎な表現かも知れません。しかし、そんな言い表し方が適切だと思えるほどに、当時のマスコミと世間は、たった一羽のカモに、狂乱の気色を見せていたのです。

2月2日以降、見物人でごった返した石神井川付近は、一種の祭り状態と化しました。もちろん、純粋に矢ガモの安否を心配してやってきた人もいたことでしょう。
しかしながら、記念撮影をする人、餌を投げつける人、さらには物見遊山的レジャー感覚で家族連れやカップルまでやってきたものだから、もはや収拾がつきません。

2月7日~8日にかけて、矢ガモが上野の不忍池に移動したあとも、群衆は増え続け、最終的に1000人にまで膨れ上がったというのだから、異常というほかないでしょう。

行き過ぎた報道、その原因は?


こうした世間の熱を煽ったのは、もちろんマスコミです。人を警戒して逃げ出すカモを無暗に追いかけたり、保護しにやってきた職員を取り囲んで業務妨害したり……。

いい映像・いい写真を撮りたいがためとはいえ、まさにやりたい放題でした。

後年、元フジテレビアナウンサー・八木亜希子は「残酷な事件でしたが、よってたかって報道するほどのことなのか、と、報道する側の人間として疑問に思いました」と語っています。
八木アナ以外にも、報道の過熱ぶりに疑問を抱いていたマスコミ関係者は、当時から数多くいたようです。けれども、社会的関心事となっていて、さらには他社もトップニュース扱いで報道している以上、無視することはできません。

結果、メディアスクラムが生まれ、それに世間が扇動されるという悪循環が生まれていたのです。

無事保護された矢ガモ、野生へとかえる


こうした喧騒の中、保護活動にあたっていたのは、板橋区環境保全課・上野動物園の各職員。連日残業と徹夜続きで、担当スタッフは疲弊しきっていたといいます。そして2月12日。上野動物園の職員が、不忍池にいた矢ガモを捕獲。
保護の報がニュースで流れると、上野動物園には労いの電話が殺到し、中には涙ぐみながら感謝の気持ちを述べる声もあったとのこと。

捕獲された矢ガモは、上野動物園の動物病院へと運び込まれます。その体を調べてみると、エアガンでも撃たれていたことが判明。手術は無事成功し、みるみるうちに回復。
そして保護されてから11日後の2月23日。矢ガモは野生へとかえっていったのでした。

ちなみに、捕獲作戦につかわれた費用は300万円、その後、同年11月に板橋区が製作したカモの記念碑には960万円を費やしたといいます。

大衆とマスコミの共作だった矢ガモブーム


時は流れて2017年。あれから何度、私たちは、矢が刺さった野生動物のニュースを目にしてきたことでしょうか。

2015年に兵庫県伊丹市で発覚した事件などは、吹き矢の刺さったカモが4羽相次いで見つかるというもので、見方によっては1993年の事件よりも悪質です。にも関わらず、あの時の騒動ほど、社会の関心を得ることはできませんでした。

20余年前、「矢ガモ」のビジュアルは衝撃的かつ新鮮であり、見る人のあわれみ・同情を誘い、結果的に“フィーバー”となりました。
その中心にあったのは紛れもなく「動物愛護の精神」。けれどもそんな正義感も、結局はブームのように一瞬高まるだけで、またすぐにしぼんでいく……。そんな人の業の深さも、この騒動を通して見えてくるというものです。
(こじへい)
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