
最高のシチュエーション設計に驚愕せよ
もともとは韓国語で『釜山行き』というタイトルだった本作。韓国での記録的な動員と「超面白い」という評判だけが伝わってきた上に、邦題がダジャレということで色々と物議をかもした。が、蓋を開けてみればそんなことはどうでもよくなるくらいのとんでもない傑作だった。
主人公ソグは激務に追われるファンドトレーダー。妻とは離婚し、幼い娘スアンを自身の母親とともに育てている。学芸会にも来てくれなかった父に対し、スアンは自分の誕生日に遠く離れた釜山に住む母に会わせてくれとせがむ。渋々了承するソグは、娘を連れて早朝のKTX(韓国の新幹線的な高速鉄道)に乗り込む。
車内のテレビから漏れ聞こえてくるのは、韓国全土で発生した大規模な暴動のニュース。 KTXの車窓からは人間が人間に飛びかかる様子が一瞬見えるが、ほとんどの乗客はそれに気がつかない。トイレからは怯えきって「みんな死んじまった……」とだけ繰り返す途中乗車の男が見つかる。不穏な空気が広がる中、駅員が目を離した隙に皮膚が異様に血走り瞳が白濁した少女が、KTXの車両内部に入り込んでしまう。
全身を痙攣させのたうちまわる少女。
古今東西で大量に作られ続けたゾンビ映画だが、まだこんなに開拓されていない状況設定があったか! と感服した次第。「時速300kmで走る列車の中でゾンビの群れに襲われる」というシチュエーションだけで一億点ながら、それに付随して駅や線路、操車場やトンネルといった鉄道につきものの施設が軒並みスリリングなロケーションとして立ち上がってくる。ひたすら見事。
さらに鉄道の内部に関して言えば、列車の中身は「左右に椅子があるチューブ状の空間」なのでゾンビの群れと対決するにしても一度に大量のゾンビと当たることにはならず、1対1を何回も繰り返すことになる。これが「ロクな武器もなく、ほぼ素手でゾンビに立ち向かわなくてはならない乗客たち」という描写を説得力あるものにしているのだ。さらに言えばKTXは新幹線的な乗り物なので連結部ごとに扉があり、これがゾンビと生存者を隔てる隔壁となる。この隔壁をどう扱うかでドラマを発生させているところも抜群にうまい。とにかくシチュエーションの入れ込み方とそれに付随するプロットの立て方が秀逸すぎて、見ている最中なんども膝を打ちそうになった。周りに迷惑なのでやめましたが。
KTXは韓国を縦断している列車なので、映画自体のスケールは大きい。だが、よく考えれば映画のほとんどは車両の内部で撮影されているし、そのほかのシチュエーションも駅や線路上がほとんどだ。要するにセット代やロケ撮影時の手間をあまりかけることなく、スケールの大きいゾンビパニックを描き出しているのである。もう頭が良すぎて、何も言うことがありません……。
脅威のバランス感覚で生まれた「泣けるゾンビ映画」
この完成されたシチュエーションで展開されるのが乗客たちによる極限のサバイバルなのだけど、『新感染』では2組の家族がその主軸となっている。
1組は主人公ソグとその娘スアン。ソグは常識の範疇で利己的な男で、「とりあえず自分と娘だけは助かる」という目的のためにトレーダーとしての人脈を使い、他の乗客とは違うルートで助かる道を模索する。打って変わって娘のスアンは大人びていつつも心優しく、パニックの中でも老人に席を譲ったりする性格だ。
もう1組の親子が、やたらとガタイが良くてヤクザっぽい男サンファと、その臨月の妻ソギョン。サンファはちょっと下品で乱暴だけど情に厚く腕っ節も強い男で、身重のソギョンを心から気遣う。そんなサンファのキャラクター性を「子供に向かってちょっと下品な冗談を言う」「妻が車両のトイレに行くのに付き添い、ドアの前に立って待っている」というアクションだけでさらりと紹介してみせるのが非常にスマートである。
この2組の家族が周囲の生存者とともにゾンビから逃げ惑うのだけど、ひとつひとつその要素を拾っていくと、それ自体はベタ中のベタである。なんせ「ここは俺に任せて先に行け!」みたいな映画の時のジャイアンみたいなシチュエーション(車内はチューブ状で隔壁がある構造なのでこの状況を発生させやすい)を、大真面目にやるのだ。
しかし、ベッタベタな展開に至るまでのキャラクターの立ち上げやシチュエーションの積み重ねがうますぎて、オイオイ泣かされてしまう構造になっているのがこの映画のすごいところである。ドラマの組み立てにおける面白要素の選択の仕方が的確で、盛り上げるべき時はちゃんと盛り上げる。ゾンビ映画にしては新奇なシチュエーションで展開されるのは、王道のストーリーテリング。恐るべきバランス感覚と言えるだろう。
特に終盤の展開はべちょべちょに泣いてしまった。まさかゾンビ映画に泣かされるとは……。(しげる)
『新感染 ファイナル・エクスプレス』キャスト、スタッフ
<キャスト>
コン・ユ キム・スアン チョン・ユミ
マ・ドンソク チェ・ウシク アン・ソヒ キム・ウィソン チョン・ソギョン
チャン・ソクファン チェ・グィファ シム・ウンギョン
<スタッフ>
監督:ヨン・サンホ
製作:イ・ドンハ
製作総指揮:キム・ウテク
脚本:パク・ジュソク
撮影:イ・ヒョンドク
<あらすじ>
ソウル発プサン行きの高速鉄道KTXで突如起こった謎の感染爆発。疾走する密室と化した列車内で凶暴化する感染者たち--そんな列車に乗り合わせたのは、妻のもとへ向かう父と幼い娘、出産間近の妻とその夫、そして高校生の恋人同士…果たして彼らは安全な終着駅にたどり着くことができるのか--? 目的地まではあと2時間、時速300km、絶体絶命のサバイバル。愛するものを守るため、決死の闘いが今はじまる!
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