井上真央はいい女優だなぁ(いまさら)。寅次郎を抱きしめるシーンで全部持ってかれたよ。


岡田惠和脚本のNHK土曜ドラマ「少年寅次郎」。タイトルの通り、国民的人気を誇った映画「男はつらいよ」の主人公・車寅次郎の少年時代を育ての母・光子(井上真央)との関係を中心に描く。

原作は山田洋次による『悪童(ワルガキ) 小説 寅次郎の告白』。映画とドラマの関係については、前回の記事をご覧ください。
井上真央圧巻、あれは泣く「少年寅次郎」寅次郎は自己肯定感が低い子どもだった2話

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子どもを飢えさせて何が……だ!


先週放送された第2話は、車一家が戦火に巻き込まれていく様子が描かれていた。昭和18年7月、寅次郎(藤原颯音)は7歳。すでに太平洋戦争は始まっており、葛飾柴又の帝釈天参道にも「皇軍感謝」「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ!」などと書かれた紙があちこちに貼られていた。

寅次郎が通っている国民学校の授業では子どもたちに「日本ハ 春 夏 秋 冬ノナガメノ美シイ国デス」と唱和させているが、寅次郎は廊下に立たされていて蚊帳の外。戦中はろくに食べ物もないようで、立たされている寅次郎もクボチンも腹をグーグー鳴らしている。子どもを飢えさせておいて、何が「美シイ国」だ。ん? なんだか最近の話みたいだって? 誰だい、そんなこと言うのは。

寅次郎が教壇で「見よ校長の禿げ頭~」とふざけて笑いをとるが、これは「愛国行進曲」の替え歌。原作小説では「ミヨ、トウジョウノハゲアタマ」(トウジョウとは東條英機首相のこと)と歌って、教師にボコボコに殴られていた。
また、教育勅語で悪ふざけをして、教師に顔が腫れ上がるまでぶん殴られている。ドラマはかなり描写がマイルド。

寅次郎とクボチンは御前様(石丸幹二)のところでスイカを食べさせてもらうが、御前様の娘・冬子(朝ドラ、大河ドラマ、日曜劇場で女主人公の子供時代グランドスラムを達成した新井美羽)は、「男はつらいよ」第1作に登場した初代マドンナである。演じたのは光本幸子。

寅さんそっくりの父・平造


相変わらず悪態をついてばかりのろくでなしの父・平造(毎熊克哉)は、家を訪れたしっかり者の弟・竜造(泉澤祐希)にも、弟はいなくても困らないから真っ先に赤紙(召集令状)が来るなどとひどいことを言って、竜造の妻・つね(岸井ゆきの)を泣かせてしまう。このくだりでも語られていたが、やはり平造は大人になった寅さんそっくり。そんな折、本当に赤紙が届く。あて先は平造だった。

わかりやすいぐらい動揺して、酒びたりになる平造。一方、妻の光子は気丈を絵に描いたような態度で、居丈高な憲兵さえ追い払う。酔っ払った平造が悲しげに歌っているのは戦時歌謡の「父よあなたは強かった」。威勢のいいタイトルだが、「泥水すすり草を噛み 荒れた山河を幾千里」など、悲惨な前線の模様が歌われている。平造は自分の運命を薄々感じていたのかもしれない。


本当は好きではないが、愛する母が好きな父を好きになると決めた寅次郎は、平造が出征する日、思わず「車平造君、万歳!」と叫んで、周囲からたしなめられる(この頃は派手な見送りは禁じられていた)。その後、寅次郎の頭に手を置く平造。初めて父子の情愛が見られるシーンだった。原作小説ではもっと酷薄な別れ方をしている。やっぱり岡田惠和が作り出す世界は優しい。そして、さくら役の赤ちゃんがたまらなく可愛い。ものすごく可愛い。

その2か月後、今度は竜造のもとへ赤紙が来る。竜造夫婦の前で、あなたたちのような夫婦になりたかったと語る光子。ここはまさに井上真央の独壇場だった。父・正吉役のきたろうと黙って酒を酌み交わすだけで、なんともいい空気を醸し出す泉澤祐希も見事。良い役者を揃えているドラマだ。


いなくなっていい人間など一人もおらん


病に伏せっていた寅次郎の異母兄・昭一郎(山時聡真)が息を引き取る。涙にくれる寅次郎。正吉に「申し訳ありません」と何度も泣きながら詫びる光子の姿がせつない。誰よりも一番悲しいのは光子のはずなのに。

寅次郎は御前様のところへ行き、「お母ちゃんが可哀想だよ」と訴える。愛する夫は戦地へ行き、息子は死んでしまった。

「ねえ、御前様。おいらなんか、いなくてもいいのにさ。お母ちゃんとさくらが可哀想だよ。おいらしか残ってなくて」
「バカもんが。いなくなっていい人間など一人もおらん」

御前様のゲンコツをくらって、てへへと笑う寅次郎。寅次郎は今風に言えば、自己肯定感がとても低い子どもだ。実の母は姿を消し、実の父からは嫌われてネグレクト同然。
育ての母・光子のことは大好きだが、屈託なく母の懐に飛び込むことができない。御前様は寅次郎のもう一人の父親のようだ。「いなくなっていい人間など一人もおらん」というシンプルな教えが良い。

寅次郎、母の懐に飛び込む


昭和20年3月10日、東京大空襲。この日だけで死者は10万人を超えた。柴又の人々も防空壕に逃げるが、大きな被害はなかった。これは柴又あたりに大規模な軍需工場がなかったから。寅次郎が江戸川の土手に上がって見つめているのは、中小の軍需工場がひしめきあっていた墨田区(当時は本所区と向島区)の方角。空襲に遭った人々は、荒川放水路を超えて葛飾区にまで避難してきたという(葛飾区史より)。

大空襲の翌朝、朝まで土手で呆然と街を包む炎を眺めていた寅次郎を必死の思いで探していた光子は、寅次郎を見つけるとビンタを一閃。

「あんたいなくなったりしたら……あんたいなくなったりしたら、私は……私はどうしたらいいんだよ! バカ!」

泣きながら寅次郎を抱きしめる光子。このときの井上真央の泣き顔だけで泣ける。
寅次郎の涙を指で拭き取る光子。そこであらためて、寅次郎は光子の懐に「お母ちゃん!」と飛び込むことができた。自分と光子は、血はつながらなくても親子だということを幼い寅次郎は初めて実感したのだろう。いいシーンをたっぷり見せてくれて嬉しい。

戦争は終わったが、平造はまだ帰ってこない。第3話は今夜9時から。寅次郎も大きくなるよ! 初恋の相手は「天気の子」の森七菜だ。
(大山くまお)

作品情報
NHK土曜ドラマ「少年寅次郎」
脚本:岡田惠和
演出:本木一博、船谷純矢、岡崎栄
音楽:馬飼野康二
出演:井上真央、毎熊克哉、藤原颯音、泉澤祐希、岸井ゆきの、きたろう、石丸幹二
制作統括:小松昌代、高橋練
制作:NHKエンタープライズ
製作:NHK
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