90s

大沢啓二「現場復帰のきっかけは幻の『日本ハム王監督』プラン? 90年代の親分旋風を振り返る」



2度の監督就任、さらにフロントと計19年間を日本ハムで過ごした野球人生。常務時代に力を入れたのが12球団ワーストとも言われた練習環境の改善だ。
当時、日本ハムの多摩川グラウンドは老朽化で水はけは悪くトイレもボロボロ、他球団の2軍からは「日ハムの多摩川グラウンドではやりたくない」なんてクレームを入れられる始末。

ここで大沢親分は立ち上がる。「球団を持って、イメージアップやPRにしようと考えるなら金を惜しんじゃいけない」と本社と交渉。その甲斐あり、土地買収費を含め総工費約130億円を投じ、千葉県の鎌ケ谷市に2軍練習場が建設された。大沢親分も自著の中で、「この鎌ケ谷球場だけは、大沢の置きみやげと思ってもらえればありがたいね」と書き残している。

2010年に78歳でその生涯を閉じたが、今も「大沢の置きみやげ」は日本ハムの選手育成のベースとして機能している。


(参考資料)
『「人たらし」の管理術 どんな部下でも動かせる<オレ流>心のつかみ方』(大沢啓二/徳間書店)
『週刊プロ野球セ・パ誕生60年 1993年』(ベースボール・マガジン社)

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