『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか?』

このタイトルを目にした人のうち、おそらく9割以上が、2016年の初頭に世間を騒がせた、あのミュージシャンの顔を思い浮かべるだろう。ここで名前を出そうとは思わないが、バンドがブレイクした途端に人気女性タレントと恋仲になり、アマチュア時代から支えてくれた妻を裏切ってしまった彼。

『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか?』そうか、だから捨てるのか…凄い、書名に偽りがない

結局、糟糠の妻とは別れ、浮気相手の女性タレントとも縁が切れてしまった。世間からは「ゲス不倫」と散々にバッシングを受け、しばらく表舞台からは距離を置いていたようだが、およそ一年ほど経て、最近はまたバンドとして再始動しはじめているようだ(メンバーの生活もあるのだから、バンドの復活は良いことだと思う)。

ミュージシャンという職業は、下積み時代は苦労の連続でありながら、ひとたび成功すると億単位のお金が入ってきて生活が一変する。また、売れれば芸能界の一員として、美人女優やモデルらと知り合う機会も増える。すると中には、過去の生活を捨て去り、新しく見つけた恋人に乗り換えてしまう者もいるだろう。

それはミュージシャンに限ったことではないが、彼らばかりが目立つのもまた事実だ。そして、そんな“糟糠の妻を捨てたミュージシャン”を、世間は良識とやっかみの混じり合った剣で叩く。自分の生活には1ミリも関係ないのに、だ。

書名に偽りのない本


本書が刊行されることを知ったとき、そうした無慈悲な離婚劇の事例をおもしろおかしく紹介した本のひとつかと、最初は思った。ところが、著者の興味はそうしたスキャンダラスな部分には向かっていない。それより、前書きで「芸風や気風が千差万別であるように、(離婚の)理由も等しく同じというわけでもないのではないか。彼らには彼らなりの離婚事由があったはずなのだ」と述べているように、その理由を掘り下げることに多くページを割いている。

新書には、このように『なぜ○○○は□□□なのか?』といった書名のものがすごく多い。
そのくせ実際に読んでみると、表題で提示されている疑問にはほとんど触れないままで終わってしまうものが少なくない。そういう点から見ると、この『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか?』は、新書界では珍しく、書名に偽りのない本だとも言える。

本書に登場するミュージシャンは5人。TERU、布袋寅泰、桜井和寿、小室哲哉、矢沢永吉。いずれもビッグネームである。それぞれがどのような理由によって前の妻と別れたのか、その理由は様々だ。著者は対象となる人物の自伝や評伝をつき合わせ、その離婚に至った状況を浮き彫りにする。

ただ、その真実はいくら本を読んでもわからない。それは当たり前のことだ。人は自分自身の心だってすべて分かるものではない。ましてや他人の心の中までは。

それでも、著者は可能な限り真相に迫ろうと試みる。
調べ上げた状況証拠から、こうであったのではないか、という推論を展開させる。その際に、必ず「ここからは、筆者の推論になるが」と断り書きを入れているのが、とても誠実であるとともにバカっ正直すぎて笑う。この著者、きっといい人なんだろうな。

香山リカの対談が!


ちなみに、巻末には精神科医であり、リベラルな活動家としても知られる香山リカ氏との対談も収録されている。この人選に疑問を抱かれる読者がいるかもしれないが、彼女は若かりし頃にとあるバンドに関わっていた過去がある。そのためか、精神科医として捨てられた女性の心に寄り添ったものの見方をすると同時に、捨てたミュージシャン側の気持ちにも理解を示す。そういう意味では、適任だとも言える。

しかし、なんといっても傑作なのは、香山リカ氏が自身の経験として、かつて付き合っていたミュージシャンと別れたきっかけが全日本プロレスの分裂にあったと告白するところ。電車の中で読んでいたにもかかわらず、おもわず吹き出してしまいましたね。著者には申し訳ないけど、そこを読むだけでも十分に元は取れる!
(とみさわ昭仁)
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