池井戸潤原作、役所広司主演の日曜劇場『陸王』。先週放送された第6話の視聴率は16.4%と高値安定。
好調を維持したまま後半戦に突入しようという構えだ。

マラソンなら折り返し点とも言える第6話は、前半と後半にくっきり別れた構成だった。前半はここまでのクライマックスともいえるニューイヤー駅伝、後半は今後のためのフリだ。

タスキで受け継がれる技術と伝統


『陸王』はランニングシューズの世界を舞台にしたビジネスの話だが、あからさまな悪役が登場しない。こはぜ屋のライバル、アトランティスの小原(ピエール瀧)と佐山(小籔千豊)だって自分たちの考えるビジネスを行っているだけで、罪を犯しているわけではない(性格は悪い)。むしろ、小原などは日本支社営業部長という役職のわりに現場によく足を運ぶ仕事熱心な男だと思う。性根まで腐ったヤツなら正月はニューイヤー駅伝など見ず、ハワイあたりで豪遊しているだろう。

「悪者を倒す」という物語の推進力はないが、その代わり、毎回「(エピソードの中で)達成しなければいけない課題」がドラマの最初のほうで提示される。宮沢(役所)ら、こはぜ屋の面々は課題をクリアするために悪戦苦闘するわけだが、視聴者にとってはクライマックスに向けた運びが非常にわかりやすいし、課題が達成されたときは宮沢たちとともに快哉を叫ぶことになる。思えば『小さな巨人』は本当に課題がわかりにくかった。

そういう意味では、第6話には課題が設定されていなかった。あるとしたらニューイヤー駅伝で「陸王」を履いたダイワ食品の茂木(竹内涼真)が、いけ好かないライバルの毛塚(佐野岳)に勝つことぐらい。宮沢、大地(山崎賢人)、飯山(寺尾聰)、村野(市川右團次)らは、それを見守るだけである。
彼らがこれまで5話にわたって積み重ねてきた努力の結果が出るのが6話の前半ということだ。

スタート前の茂木を見たときの飯山の言葉が良い。

「そら、少しは緊張してるんだろうがな。だが、今のあいつはそれ以上に感じるものがあるはずだ。あの場所に戻れた感動や、また走れる喜びだ。あんたに誘われて、陸王のソールを作り始めたときの俺がそうだった。へっへ」

故障からレースに復帰した茂木と、倒産からものづくりの第一線に復帰した飯山。茂木の今の気持ちが、飯山には誰よりもよくわかっている。

沿道にいるこはぜ屋の応援団が見守る中、茂木がスローモーションでタスキを受け取る。タスキの受け渡しは、100年の間、足袋を作り続けてきたこはぜ屋の技術と伝統が後世に引き継がれていく象徴である。だから、これほどまでにじっくり描かれるのだ。

演出の福澤克雄が得意な「物量」作戦が遺憾なく発揮されたニューイヤー駅伝の様子はさすがの一言。
竹内涼真のたたずまいも本物のランナーのようだった。走っている姿はもちろん、タスキを待っている姿も様になっていた。
「陸王」6話。竹内涼真快走を見せて視聴率快調、音尾琢真の股間にスタッフの愛を感じた
イラスト/Morimori no moRi


和田正人の激走に泣き、音尾琢真の股間に笑う


茂木は快走を続け、先行する毛塚とデッドヒートを繰り広げる。途中、無音になったり、スローモーションになったりすると、「♪エビデ~」が聴こえてくるんじゃないかと身構えるようになってしまったが、そんなことはなく、ついに茂木は毛塚を抜き去る。

しかし、前半のクライマックスは茂木ではなく、引退を決めた先輩ランナーの平瀬(和田正人)に用意されていた。レース前の円陣で、監督の城戸(音尾琢真)に促されて平瀬がチームメイトたちに宣言する。

「俺が死ぬとき、今日のことを必ず思い出す。そんな走りを約束する。みんな、悔いのない走りをしよう!」

この平瀬のセリフも、先ほどの飯山のセリフも、原作にはないドラマオリジナルのもの。セリフがいちいち良いだけでなく、ちゃんと「ここが重要だよ」とマーキングする役目も果している。脚本の八津弘幸の筆が冴え渡る。

泣きながら走る平瀬を応援する監督の城戸も泣いている。ここで「♪エビデ~」が入りました。
これも優れたマーキング。ドラマからの「泣いていいですよ」というサインだ。そこまで親切にしてくれなくても……という気もするが、それでも泣けてしまう。ダイワ食品陸上部一同、泣いて泣いて、視聴者も泣いて、前半は終わり。

風呂場で今後について語り合う茂木と平瀬。そこへ登場する城戸監督だが、なぜか股間が平瀬の頭や風呂桶で絶妙に隠れるアングルが続く(映画『オースティン・パワーズ デラックス』のオープニングでやっていたやつ)。良いことを言っているんだけど、“音尾アングル”が気になって仕方ない。一連のカットを見ると、この人はきっとスタッフに愛されてるんだろうなぁ、と感じる。『陸王』で一番お茶の間に顔を売ったのは、音尾琢真だと思う。

これまでの努力がフイに……こはぜ屋、大ピンチ!


後半はまるごと、こはぜ屋の面々が直面する課題が描かれた。

まず、満を持して商品化した「陸王」がまったく売れなかった。茂木の激走も話題にならず、売り場の反応も芳しくない。
一方、評判を知った選手たちが次々とサポートを志願してきた。彼らをサポートするには膨大なコストがかかる。もちろん、茂木へのサポートも続けなければならない。

そしてもう一つ、「陸王」のアッパー素材を供給していたタチバナラッセルの橘社長(木村祐一)が、アトランティスの小原に籠絡されてしまった。今後、タチバナラッセルは、こはぜ屋ではなく、アトランティスにだけアッパー素材を提供することになる。社員を食わせていくための苦渋の選択だった。

今後、こはぜ屋にとっても、ドラマ『陸王』にとっても、正念場が訪れる。

こはぜ屋の正念場は、すでに明らかだ。技術的に素晴らしいシューズを完成させ、一流の陸上選手がそれを履いてレースで素晴らしい成績を残す。彼らがずっと目指してきたゴールにようやくたどり着いたのに、その先は暗黒がぽっかりと口をあけて待っていた。

商品は売れない、選手のサポートはしなければいけない、アッパー素材は手に入らない、アトランティスの妨害は始まる……。彼らは残り話数を使って、これらの窮地を乗り越え、逆転しなければならない。


では、ドラマの正念場とは何のことか? 『陸王』原作小説は588ページの大著だが、今回のエピソードで450ページ分を消化した。ドラマが全10話だとすると、残り4話分はかなりドラマを膨らませていかなければならない。これまで何度も脚本の八津弘幸の手腕を褒め称えてきたが、実はここからが本番だと言っていい。

予告にはついに松岡修造が登場! こはぜ屋再生のカギを握る巨大アパレルメーカーの社長という大役だ。3日(日)の午後3時30分からは『陸王ダイジェスト』も放送予定(一部地域を除く)。第7話は今晩9時から。♪エビデ~。
(大山くまお)
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