「いいか、どんなに若くて可愛い子も、いずれはおばさんになる。でも、可愛いおばさんは、もうおばさんにならない!」
「どのおばさんも、みんな誰かの姫なんだよ」

宮藤官九郎脚本、小泉今日子主演の火曜ドラマ『監獄のお姫さま』の最終回は見事な大団円! 緻密な伏線の回収っぷりもさることながら、カヨ(小泉今日子)をはじめとするおばさんたちが板橋吾郎(伊勢谷友介)への復讐を完遂し、姫(夏帆)を救出するというハッピーエンドに、グッときてスカッとした視聴者も多かったはずだ。


放送後のツイッターでは「今クールのドラマベスト1」という声が相次いだ。さすが「おばさん犯罪エンターテインメント」を標榜するだけあって、エンタメ精神に貫かれた作品だった。
「監獄のお姫さま」最終回 「おばさんも、みんな誰かの姫」誰かが決めた「おばさん」なんてこの世にない
イラスト/まつもとりえこ

板橋吾郎に逮捕状! おばさんたちの大逆転!


最終回は冒頭から小気味よく時制をシャッフルしていく。

沖縄へ証拠の動画を探しに行った検事の長谷川(塚本高史)と今池(上川周作)が「爆笑ヨーグルト姫」がなぜ爆笑していたかの謎を発見(吾郎の乳首が立っていた!)。その後、東京にいるカヨたちに電話して「動画見れました?」と聞く。

一方、実行犯のプリンスから新たな証言が得られず、吾郎から自白も引き出せなかったカヨたち。先生(満島ひかり)は吾郎に「参りました」と頭を下げて撤収するが、「被害届を出さない」という約束を吾郎があっさり反故にしたことで、カヨたちは次々と逮捕されてしまう。
やっぱり吾郎はクズだった! 警察署に自ら出頭した財テクは集まった報道陣にスマホを掲げていたが……。

実は長谷川たちは決定的な証拠の動画を掴んでいた。長谷川からの電話で動画の存在を知らされたカヨたちは、動画を警察に届けるために撤収することにする。逮捕されるのは承知の上。財テクが掲げていたスマホにはその動画が入っていたのだ。証拠の動画を見たときのカヨたちのわちゃわちゃした喜びぶりが可愛い。


「板橋吾郎に逮捕状が出ました!」

拘置所の面会室で長谷川から知らされたカヨは歓喜の叫び声を上げる。長谷川が見つけた動画が証拠として認められたのだ。「バカじゃなかった~! のぶりん、バカじゃなかった!」。

「あれ? ヤバイんじゃない?」と視聴者に心配させつつ、後から「なんだ、そうだったの!」と安心させる構成がニクい。1話から行ってきた時制シャッフルを最終回ではショートレンジでやったというわけだ。

ドラマの舞台は法廷に移る。
傍聴席にはカヨ、先生、財テク、女優(坂井真紀)、姐御(森下愛子)、リン(江井エステファニー)、小しゃぶ(猫背椿)が勢揃い。被告人席には吾郎、証人としてプリンス、そして姫も審理に立ち会うためにやってきた。全員が一つの場所に揃ったのは最終回にして初めて全員が揃った! 刑務官の高山(大幡しえり)もいるぞ。

法廷では吾郎の悪事が次々と暴かれていく。ついに自らの犯行を認める吾郎。それでも情状酌量を狙い、家族について語り始める。
吾郎の父は江戸川乳業の工場で働く労働者で、吾郎は「えどっこヨーグルト」のCMに出演していた「チビ社長」だった! しかし、吾郎の父親はリストラされ、一家は社宅を追い出されてしまう。この頃から社長になるという野望にとりつかれてしまう。

ユキ(雛形あきこ)を殺した実行犯はプリンスではなく、吾郎本人だった。社長になるという野望のため、自らの背中にナイフを突き立て、元恋人を殺し、妻になるはずだった女性に罪を被せる吾郎。まさに狂気じみたクズ。出世欲と自己顕示欲のモンスター。


「私がやったんだよ。横山ユキを殺したのはこの私だ! これで満足か。お疲れさん!」

かくして「爆笑ヨーグルト姫事件」は「微笑チビ社長事件」として一件落着した。

女は会社と世の中のための生贄なのか?


このドラマを通して、カヨたちは一体何と戦っていたのだろうか? 敵は板橋吾郎ただ一人だったが、吾郎を代表する男たちの価値観と、それが形作ってきた男社会と戦っていたような気がする。

「歴史が証明しているじゃないか。優れた一人の英雄が、劣る100万の凡人を犠牲にして、人類は進化を遂げたんだ。しのぶには罪をかぶってもらう。
俺は社長になる。君はその生贄だ。何も間違っちゃいない。それが会社のため、世の中のため」

吾郎がユキを殺そうとしたときに言った言葉だ。英雄気取りの男が、女たちを踏みつけにして出世の階段を駆け上ろうとする。吾郎を殺人にまで駆り立てたこの考え方は、実は一昔前までの男たちが持っていた価値観とそれほど違いはない。ただ、吾郎のほうが圧倒的にクズ度が高かったというだけだ。

自分勝手で、理不尽な嫉妬をし、妻を裏切り、借金を作り、何かというと「おばさん」と蔑む。無論、男全員が悪いわけではない。自分を慕ってくれる男もいるし、夢を見させてくれる男もいる。だが、それでも無自覚に男社会の一員として振る舞うことが多い。また、年をとるとそういうことが増えるようだ。大洋泉(AMAMIYA)は女優に性暴力をふるい、若えの(尾美としのり)はラストで親分そっくりになっていた。

前科のあるおばさんたちは、男社会においてはゴミ同然。居場所すらない。それでも彼女たちは果敢に戦いを挑んでいった。武器は女たちの連帯と声を上げる勇気、そして余計なお節介だ。

誰かが決めた「おばさん」なんてこの世にない


このドラマのキャッチフレーズは「おばさん犯罪エンターテインメント」だった。では、ここで繰り返し語られていた「おばさん」とは一体何だったのだろうか?

これまで「おばさん」という呼称は、男性から女性に貼られる一方的かつ差別的なレッテルだった。カヨたちは「おばさん」を自称しつつ、男からの「おばさん」という蔑みには敏感に反応し、執拗に異議を申し立てている。

年をとれば、女は誰だっておばさんになる。そのこと自体は避けられないし、どっちかというと「40代女子」みたいなごまかしのフレーズのほうが居心地悪い。年をとれば物忘れするようになるし、老眼にだってなる。でも、どんなおばさんになるかは、その人の自由だ。財テクのようにお金のために働くのもいいし、女優のように好きなことのために生きるのもいいし、先生のように社会のために働くのもいいし、姐御のようについ悪い男に惹かれてしまうのもいい。

『監獄のお姫さま』は女性がおばさんであることを全肯定しつつ、おばさんの魅力と多様性を描き、おばさんにだってそれぞれの生き方があることを示して、誰かが決めつけたレッテルとしての「おばさん」なんてこの世に存在しないことを高らかに謳い上げた。アンチ・アンチエイジングの代表的存在でありながら、いつだって魅力的な小泉今日子を主演に据えたキャスティングは非常に意図的なものだ。なにより、常に嘲笑の対象とされてきた“おばさんの集団”をこんなに魅力的に描いたドラマはほかにない。

もう一度、冒頭の言葉に立ち戻ってみよう。「どのおばさんも、みんな誰かの姫なんだよ」。これ以上の言葉はないと思う。のぶりん、バカじゃなかった!

ただし、姫が姫であり続けるには、童話「エンドウ豆の上に寝たお姫さま」の姫のように、何重にも重ねた敷布の下にある、ささいな違和感にも声を上げ続けなければいけない。おかしいものはおかしいと、「おばさん!?」と声を上げ続けたカヨたちのように。

ドラマのラスト、6年ぶりに出所した姫は、ついに勇介と再会する。しかし、勇介に生みの母の記憶はない。姫に「おばさん、だあれ?」と言う勇介。カヨは勇介にこう言う。「お姫さまよ」。

「はじめまして、お姫さま!」

知らないおばさんが、勇介にとってのお姫さまになった瞬間だ。勇介と3人で手をつなぐ姫と晴海(乙葉)。その後ろを「朝ごはんの歌」を歌いながら歩くカヨたち。ということは、彼女たちは新しい家族ということになる。ママと子とお姫様とおばさんたち。こんな家族も自由でいいじゃないの。

ギャグ満載、泣きどころも満載、考えさせられるところも満載。パズルのような複雑な構成で現代のデリケートな問題に切り込んで見せた『監獄のお姫さま』は、今年のドラマの中でもベスト級の作品だった。宮藤官九郎の次回作は大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺~』は打って変わって男たちの話になる。今度はどんなドラマを作ってくれるのか、今から楽しみでならない。
(大山くまお)

『監獄のお姫さま』動画は下記サイトで配信中


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『監獄のお姫さま』キャスト、スタッフ、主題歌


<キャスト>
小泉今日子 満島ひかり 伊勢谷友介 夏帆 塚本高史 猫背 椿 乙葉・池田成志・坂井真紀 森下愛子 菅野美穂

<スタッフ>
脚本:宮藤官九郎
企画・編成:磯山 晶
プロデューサー:金子文紀 宮崎真佐子
演出:金子文紀 福田亮介 坪井敏雄 渡瀬暁彦
音楽:ワンミュージック
主題歌:安室奈美恵「Showtime」 (Dimension Point)