動画の内容は、前回の東京五輪が開催された1964年にタイムスリップした交際中のカップルが、五輪をきっかけに結婚した祖父母の様子を見て、自分たちも結婚を考えるストーリーになっており、最後は小池百合子知事が「東京2020オリンピック・パラリンピック あなたは誰と観ますか?」というメッセージを視聴者に投げかけるものです。
これに対して当然ながら、インターネット上では様々な批判の声があがりました。「結婚を押しつけられているように感じて不快」「五輪を独りで観てはいけないの?」「これを見て結婚したいと思える人なんていないでしょ」等の指摘がありますが、どれも本当にその通りです。
都は「気運の醸成」というマイルドな表現を使っていますが、実態は「社会的に結婚圧力を作り出すこと」であり、「官製マリハラ(マリッジ・ハラスメント)」でしかありません。直接的に「産めよ増やせよ」とは言えないから、じんわりと圧力をかけているようにしか思えませんでした。即動画の放送は中止するべきでしょう。
都の動画は「生涯未婚者差別」です
報道によると、小池百合子知事は公開日の記者会見で、「結婚は個人の自由、人生観に基づいて決めること」としつつも、「そういう人(結婚を望みながら未婚の人)の背中を押して応援することも必要」と述べたとのことです。
でも、未婚を継続する人の背中を押して応援することはせず、結婚しようという人だけを応援するというのは 片方の選択肢に対してのみテコ入れをしているわけなので、とても不公平ではないでしょうか? 明らかに「生涯未婚者差別」です。
確かに子を持つ親を支援しなければならないのは分かりますが、であれば子育てそのものに支援を行えば良いだけのことです。おそらく「イエ制度」の枠組みでしか考えられないから、子育て支援策と結婚支援策を混同し、このようなマリハラをしたのではないかと思います。
ちなみに、「生涯未婚者が老後をどう過ごすのか」という課題はこれまで人類が経験したことのない「未体験ゾーン」であるため、もし応援をするのであれば、むしろ生涯未婚者のほうではないかとすら思います。「結婚したい」と回答する人の中には、生涯未婚の生き方に関するロールモデルが見えないために、消極的に「結婚したい」を選択している人もいることを見落としてはいけません。
単なる結婚奨励は未婚者を崖から落とす政策
次に、「官製マリハラ」であることと並んで、今回の動画で最も批判を浴びた点は、「結婚したくてもできない未婚者」のことを何も分かっていない点だと思います。言わずもがな、結婚をしたくとも踏みとどまる理由には、経済的な側面やワンオペ育児等の問題があるからです。
それは本人の問題以上に、非正規雇用が増加したことや、崩壊した終身雇用に代わる安心できる社会保障制度が未整備のままであること、夫の長時間労働や根強い性別役割分業によって妻がワンオペ育児を強いられること、離婚後に養育費を支払う夫が2割しかないこと等の社会構造的な問題であって、国や自治体に大きな責任があります。
それなのに、動画の中では、「『お金がない』が口癖だった友人が入籍した」「『一人の方が気楽』と言ってた親友もなんだか楽しそう」というセリフが入れ込まれただけで、根本的な問題をどう解決したのかは完全にスルー。都が政策としてどう取り組むかの姿勢が全く無く、本人の気分任せでしかありません。
「俺たちだって経済的に貧しくても結婚したぞ!」「私たちだって気楽さを犠牲にして育児をしたんだ!」と思っているから、気運さえ上げれば結婚するだろうと考えたのかもしれないですが、政策の意思決定をしている彼らの時代は、今と比べて非正規雇用もグローバル競争も倒産も離婚も女性のフルタイム勤務も、今ほど多くありませんでした。
とりわけ、若者が言う「経済的な理由で結婚ができない」というのは、決して「現時点での所得が少ないから結婚ができない」という意味ではなく、「生涯賃金を継続的に獲得することの不確実性が高いから結婚ができない」という意味です。時代状況や社会構造が当時とは全く違うわけです。

行政はただ欧州の真似をすれば良いだけ
2016年12月には、職場が独身社員の婚活に口出しすることを奨励する内閣府の婚活支援案が、大きな問題になり、私も批判記事を書いたり、参議院議員会館での記者会見で反対意見を述べたりしました。その際も同じことを言いましたが、「結婚したくてもできない未婚者」が必要としているのは、少子化をV字回復させたヨーロッパの国々が行っているような、以下のような「王道の政策」です。
(1)子どもの社会保障を北欧並みにすること
(2)所得と再配分の世代間格差、正規非正規格差や男女の賃金格差等を解消すること
(3)安心して働き続けることのできる職場や、失業から再就職に至るまでの間の手厚い支援・再教育の仕組みを整えること
(4)長時間労働を是正して、育児をしやすい環境や自分自身の余暇を取りやすい環境を整えること
(5)多様で、ジェンダー平等で、現代社会の価値観に合った様々なパートナーシップが実現できるよう、現行の結婚制度や文化を見直すこと
確かに東京都は待機児童になってしまった人に対して、ベビーシッター代の9割を補助する制度を2018年から実施することを決定しましたが、これは方向性として大変素晴らしいと思います。ただし、ベビーシッター代を税額控除にしたフランスのように、ヨーロッパの国々が行った施策には到底及びません。
それらの「社会的阻害要因」に対してしっかりと対策を充実させるより前に、ただ気運を盛り上げようと結婚を奨励するのは、リスク(不確実性)の大きい結婚生活に、独身者を崖から突き落とす政策ではないでしょうか? ある意味貧困推進策と言えます。そんなことに貴重な税金をつぎ込んでいるわけですから、大きな批判が寄せられるのも当然でしょう。

着々と大きくなる官製マリハラ関連事業
今回、東京都は動画という可視化されたコンテンツを制作したため、ネットから多くの批判を浴びることになりましたが、官製マリハラ関連の事業は着々と予算を獲得しており、規模を拡大しています。
たとえば、2017年3月4日には、結婚応援の気運を醸成する大規模なイベント「TOKYO縁結日2017」を開催しました。今年は同時期には開催しないようですが、おそらく今回の予算以上の金額が投じられたことでしょう。
しかも官製マリハラ関連事業に予算が投じられているのは、東京都だけではありません。近年、内閣府が積極的に動いていることもあり、各自治体で様々な官製マリハラのプロジェクトが着々と進行しています。今回の動画はその氷山の一角にしか過ぎないのです。
新規性の面を被ったイエ思想に要注意
しかもこれらの官製マリハラ事業は、中身は家父長制的なイエ思想であるのもかかわらず、さも新しくて素晴らしい概念かのような面を装うことが非常に上手いです。たとえば、東京都のホームページで前述のイベントの説明文を見てみると、以下のように書いてありました。
誰もがいきいきと活躍できる「ダイバーシティ」の実現に向けて、結婚を希望する方々に様々な情報を提供し、一歩を踏み出す機会とする、また社会全体の結婚応援の気運を醸成するイベント
「ダイバーシティ(多様性)を実現する」というのは、本来これまで社会的な不利を強いられることが多かったマイノリティーにスポットを当てて、彼らの自由を阻む様々な社会的障壁を取り除き、マジョリティーもマイノリティーも、すべての人が輝ける社会を実現することのはずです。ところが東京都は、マジョリティーである結婚を応援することを、ダイバーシティ(多様性)を実現すると表記しており、完全に誤用です。
たとえば、日本企業のダイバーシティ経営応援と言いつつ、それが大卒の日本人男性を応援する施策だったらどうでしょうか? また、ダイバーシティ教育と言いつつ、セクシャルマイノリティー(LGBTQ等)を扱うのではなく、ヘテロセクシャル(異性愛者)やシスジェンダー(性自任が生物学的な性と一致した人)だけを教科書でピックアップしたらどうでしょうか?
確かにマジョリティーもダイバーシティの一つですが、マジョリティーだけを扱うのならば、それはダイバーシティとは言いません。このように、言葉の意味を無理やり歪めて、少数派が不利な状態を正当化する手法は、決して許されるべきものではないでしょう。
間違った行政は正さねばならない
以上、東京都の動画について批判してきましたが、このような官製マリハラ事業に対しては、その都度批判の声を大きくして、徹底的に改めさせなくてはならないと思います。2016年の内閣府の婚活支援案は反対の署名活動も盛り上がり、一応表向きは大きな動きにはなりませんでしたが、今回も中止にするよう要請していきたいものです。
そして少子化をV字回復させたヨーロッパの国々が行っているような「王道の政策」を実施することで、子を望む人がリスクを最小限に抑えて子育てができる社会に近づけることを強く望みたいと思います。
(勝部元気)