広瀬すず主演、坂元裕二脚本のドラマ『anone』。いろいろなものを失ってしまった人たちが、社会の片隅で疑似家族として暮らしはじめる……と思ったら、先々週放送の第6話で大きく様相が変わってしまった。


問題は中世古理市(瑛太)という男だ。かつて年商400億円の会社を経営していたが、解任されて零落した男。偽札づくりに異様な執念を燃やす男。彼の言葉と行動が、ハリカ(広瀬すず)、亜乃音(田中裕子)、持本(阿部サダヲ)、るい子(小林聡美)、そして彼らを取り巻く人々の運命を動かしていく。
「anone」6話「気にしなければ平気」「食べた日が賞味期限です」人間の余命も?
イラスト/Morimori no moRi

『anone』の偽札はCGだった!


亜乃音の家に集まって暮らしはじめたハリカたち。しかし、楽しげに食卓を囲める日々は、厳しい現実という冬の中の「小春日和」に過ぎなかった。「生きなくたっていいじゃない、暮らせば。暮らしましょうよ」と亜乃音は呟いたが、どうやらそうはいかないようだ。

ハリカたちの前に偽札づくりという大それた目的を持つ中世古が現れる。中世古はささやかな「暮らし」を営もうとしていたハリカと亜乃音たちにとって明らかな異物だ。そしてひどく無機質な表情で、彼らに偽札づくりに協力してもらうと宣言する。

中世古の語り口は元IT会社社長らしく、無駄がなくて合理的だ。しかし、さりげなく嘘が混じる。
たとえば、亜乃音の夫・林田(木場勝己)は「そのうち」協力しはじめたわけではない。後に中世古が林田に協力を強いていたことが判明する。

「この世界には本物のふりをしたニセモノが紛れ込んでる。この手でそれを作ってみたい。そう思いました」

彼が語るひどく漠然とした動機も、本当かどうかわからない。逆に言えば、単なる金目的かどうかもまだよくわからない。ただ、彼が本物と見分けのつかない偽札を見て、言い知れない高揚を感じたのは確かだろう。会社も地位も何もかも失った中世古を世界につなぎとめたのは「完璧な偽札」の存在だったのだ。

「大人になっても探検したら怒られる。でも、大人になったらお金が稼げる。お金で自由が買える」

これは中世古が亜乃音の血のつながらない孫、陽人(守永伊吹)に語った言葉。幼い子どもに嘘をつく必要はないので、これは彼の本心ということになる。
今の彼にとっての「探検」とは、偽札づくりのことだろう。IT企業の社長でいたときも何か「探検」をして、周囲や社会の怒りを買ってしまった経験があるのかもしれない。

「悪い子なんていないよ。そう決める人がいるだけだよ」

これも中世古が陽人に語った言葉だ。中世古は「偽札に被害者はいません」と言い切った。彼は偽札づくりを悪事と捉えていないが、人の弱みを握って協力を強いる手段は悪辣だった。中世古はハリカたちをどこへ運んでいくのだろう?

ところで、偽札はドラマの小道具として作るだけでも通過及証券模造取締法に引っかかる。そのため、『anone』では本物のお金を撮影に使い、CGでニセモノに加工しているのだという(『TV Bros.』次屋尚プロデューサーインタビューより)。

みんなと仲良くできなくても大丈夫


坂元脚本らしい会話も健在だ。鍋の続きをするシーンでは、第5話の続きのような楽しげな会話が繰り広げられた。

「みなさん、ちょっと賞味期限をおろそかにしすぎじゃないですか?」
「少しぐらい古いほうが美味しいのよ」
「気にしなければ平気」
「食べた日が賞味期限です」

賞味期限を気にする持本はさすが元飲食店経営者。でも、自身の賞味期限である半年の余命はどうなったんだろう? でも、あの家に住んでいる人たちは誰も気にしていないようだ。持本の余命も自分を支えるためのニセモノだったのかもしれない。


『Mother』『Woman』と坂元が演出家・水田伸生と一緒に作り上げたてきた、母と子の物語も色濃く表現されている。玲(江口のりこ)の義母・亜乃音への強烈な不信感と、息子・陽人への深い愛情。お風呂上がりに「チェックチェック」と抱き合う姿だけで、母が子を愛し、慈しんでいることがよくわかる。

一方、母親から捨てられてしまったのがハリカだ。ハリカは学校になじめず孤立している陽人と自分を重ね合わせる。陽人には玲がいるが、ハリカには誰もいなかった。だからニセモノの記憶で自分を支えていた。今はニセモノの母親のような亜乃音がいる。るり子と持本もいる。そしてSNSでつながった彦星(清水尋也)もいる。

「みんなと仲良くできなくても、きっといつか仲良くできる人が現れるよって」

ハリカの言葉は、すごくシンプルで、洒落た言い回しでも何でもないけど、とても心に響く言葉だ。自分の子が辛い思いをするようなことがあったら、こんなことを言ってあげたい。


偽札をめぐる冒険


「僕は30年真面目に働いてきたけど、今何も持ってないんですよ!」
「あなたには借りがあるんで、どこへ行こうとついていく覚悟がありますけど」
「私、東京の一等地のマンションが手に入るなら、どんなことでもしたいと思ってます」

大切な娘と孫を人質にとられた亜乃音、彦星のために東京の一等地のマンション並みの莫大な治療費を稼ぎたいハリカ、何かを生み出すことに執着する持本、亜乃音についていく覚悟を示したるり子。中世古の思惑どおり、4人は偽札づくりに協力することになる。

第6話では中世古が偽札づくりに手を染めてきた経緯が描かれた。これまでゆっくりと進んでいた物語を大きく動かすための、溜めのようなエピソードだった。しかし、中世古による説明が多かったエピソードのわりには、彼がどんな人物なのかは描かれなかった。ハリカたちにとって中世古は、わかりあえない他者なのか? それともいつか寄り添える存在なのか?

「君の冒険は僕の心の冒険です」と彦星は言った。偽札をめぐるハリカたちの冒険に目を凝らしたい。今夜10時から。

なお、現在発売中の『TV Bros.』の『anone』特集は、広瀬すず、次屋尚プロデューサーへのインタビュー、阿部サダヲと小林聡美の対談などが掲載された、ドラマを読み解くための最良のサブテキストなので『anone』ファンは必読。メインライターは木俣冬さんですよ。
(大山くまお)

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