広瀬すず主演、坂元裕二脚本の水曜ドラマ『anone』。“偽札づくり”という犯罪を通して、世の中からこぼれ落ちてしまったような人たちの人間模様を描く。
キャッチコピーは「私を守ってくれたのは、ニセモノだけだった。」。

先週放送された第8話では、ハリカ(広瀬すず)、亜乃音(田中裕子)、持本(阿部サダヲ)、るい子(小林聡美)、そして中世古(瑛太)による偽札づくりが破綻するまでが描かれた。起承転結でいえば“転”にあたるエピソード。彼らの目論見は無残に転んでしまう。
「anone」8話。偽札づくりの破綻が迫る、広瀬すずと清水尋也のラブストーリーだけが救いだ
イラスト/Morimori no moRi

『anone』を覆う「得体の知れない何か」


第7話では偽札づくりそのものの楽しさが描かれたが、第8話では楽しい日常生活と非日常的な偽札をめぐる非日常的な行為が対比されていた。苺大福を食べながら持本とるい子の間にスマホアプリでハートを浮かべて笑い転げる亜乃音とハリカは、どこにでもある日常の光景。自販機に入れた偽札を回収するために、1万円札を持って続けざまに酒屋でおつまみを買うのは、不自然な光景。彼らの不自然さに気づいたのは、亜乃音に好意を抱く弁護士の花房(火野正平)だ。

「ちょっと変っていうのはな、得体の知れない何かが隠れてるときに感じるものなんだ」

わずかな異変は、大きな隠しごとの表れだということが多い。昨今の政治ニュースを見ているときにも感じることだ。さすが花房先生である。

彼が言う「得体の知れない何か」の正体はわからないが、法律を遵守する弁護士である花房にとって、“ニセモノ”が本物に入れ替わっていくこと自体が「得体の知れない何か」なのかもしれない。

“母”に甘える義理の娘・玲


第8話の前半では、ニセモノの人間関係が交錯する。

「本当のことを言ってほしいんだよ」
「本当、本当だよ」

中世古は妻の結季(鈴木杏)にも、もっともらしい顔をして平気で嘘をつく。
家族への愛情より、お金への執着が勝っているように見える中世古の食卓は、到底楽しげなものには見えない(中世古は亜乃音たちとも楽しく食事することができない)。彼は偽札づくりという目的のために、亜乃音の義理の娘、玲(江口のりこ)にも近づいていた。人間関係などすべてニセモノでいいと考えているのだろうか。

「彼に救われたんだよ」

一方、母子家庭で辛い生活に耐えてきた玲にとって、中世古とのニセモノの関係でさえ救いになっていた。しかし、それも破綻に近づいていると薄々感じていたようだ。玲は距離を置いていた亜乃音に思いのたけをぶちまける。

「あのね、間違ってるのわかってるんだよ。許されないことしてるのわかってるよ。でも、もしかしたら……だけは認めてくれるかな、って、ちょっと思っちゃってたの」

どうしても「お母さん」と言えない玲。助けてほしいのに、素直に口にすることができない。息子を育てるために張り詰めていたものが、一気に緩んでしまったかのようだ。これは「お母さんなら何もかもわかってくれる、お母さんならすべて認めてくれる」と思い込んでいた玲の子どもじみた甘え。
逆に言えば、それだけ亜乃音は母の優しさを十分に玲に与えて育ててきたとも言える。しかし、母の優しさは子どもが求めるものと一致するとは限らない。

「やっぱりあなたはお母さんじゃなかった。あーあー、なんで来ちゃったんだろ」

悲しげな捨て台詞を吐いて、その場を立ち去る玲。亜乃音たちと一緒に食卓を囲むことができないところが象徴的だ。娘のために出してきて、丁寧に洗って拭いたマグカップが使われないまま置かれているのが悲しい。血のつながらないニセモノの親子関係が、再び玲を守るようになるには、彼女がもう少し大人になる必要がありそうだ。上ずった声を出して、駄々っ子じみた甘えの感情を的確に表現してみせた江口のりこの演技力はさすがの一言。

「だめなお母さんだね……」
「ううん、亜乃音さん、今、すごくお母さんだったよ。やさしいお母さんだったよ」

涙を拭く亜乃音にすかさず寄り添うハリカ。こんなにわかりやすくて説明的なセリフもないと思うが、観ている側としてはちょっと救われる。

ほのぼのとした大人の恋とたどたどしい若者の恋


中盤では、ふたつの恋心が描かれる。

「本人も気づいてない魅力を見つけちゃったときに、人は人を好きになるんです」

みかん色のニットを着ている持本と、彼にみかんを持っていくるい子。
小心で愚直で自己評価が低い持本だが、るい子はそんな彼の魅力を見つけたようだ。そんな2人の関係をハリカと亜乃音が楽しそうに見守っている。

自虐的にヒュー・ジャックマンと自分を比べる持本に、ほんのわずかに視線を送ってから「魅力ありますよ」と言うるい子。持本はるい子の視線に気づかない。みかんを一房手渡して持本が口に入れると、今度は熱をはかるようにみかんを持本の額にあてる。さりげなく距離を縮める2人。見ていられないよとばかりに目を覆い隠すハリカ。

広瀬すずがツイッターに「あーあの持本さんと青羽さんのシーンまだかなぁ」と記すだけある、ほのぼのとした名シーンだった。

もう一つは、ハリカと彦星のシーンだ。2人は初めてSNSアプリではなく、電話で会話を交わす。彦星はハリカに同級生の香澄(藤井武美)のことを「友達」だと説明したくて、意を決して電話してきたのだ。SNSと比べて圧倒的に少なく拙い言葉で、それでもお互いに心を通わせようとするハリカと彦星。


「僕がこういう風に思っているのは……ハリカちゃんだけだから」
「……」
「こういう風っていうのは、説明しづらいんだけど……。意味、わかるかな?」
「わかるっていうか、わかんないけど……」

カメラはもどかしい2人の会話を愚直に交互に映し出す。

「わ、たしも……私も、です」
「……」
「私も、彦星くんと同じ風に思ってる。たぶん、同じ」
「(顔に手をあてて)マジか……」
「うん」

るい子のような気の利いた言葉はないけれど、お互いの気持ちがつながった瞬間、じわっと何かが溢れ出すのを感じた。ほのぼのとした大人の恋と、たどたどしい若者たちの恋。どっちもいいものだ。ハリカは他人の恋路にはニッコニコできるのに、自分の恋についてはほんの少ししか笑えないところが何だかリアル。偽札づくりの破綻が徐々に迫る中、ホッとできるシーンだった。

唐突にやってくる破綻


完成した偽札を、それぞれ両替機に差し込む持本、るい子、ハリカ、中世古。彼らは“ニセモノ”と引き換えに“本物”を得ようとするが、どうにもうまくいかない。唯一、ハリカだけが両替に成功する。彦星を助けたいというハリカの気持ちだけが“本物”ということなのだろうか? 

焦った中世古が印刷所の機械を動かしたところへ花房がやってきて、ついに偽札づくりが露見してしまう。
かなり唐突に破綻が訪れるので、あっけにとられてしまう。あの温厚な花房の取り乱しぶりが、偽札づくりの罪の重大さを表している。ハリカたちを守りたい一心の亜乃音は「見逃してください! お願いします!」と聞いたことのないような大声で懇願する。しかし、花房は見逃してくれない。そこへ中世古の手が伸びて、花房の首を締め上げる……! 猫舌に悪い人はいないはずじゃなかったのか……!

とても幸せな結末を迎えられそうにない終わり方の第8話だったが、公式サイトの「ストーリー」によると、花房はこのまま死んでしまうわけではないようだ。しかし、警察の捜査の手がハリカたちに迫る……。最終回目前の第9話は今夜10時から。
(大山くまお)

Huluにて配信中
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