2018年4/28(土)、デジタルハリウッド大学駿河台ホールにて、第4回日本翻訳大賞授賞式が行われた。

翻訳書の振興を目的にスタートした同賞も、今年で4年目。
チケットは、数日前の段階ですでにソールドアウトと、すっかり人気イベントだ。
第4回日本翻訳大賞は、1200ページ超えの大著『人形』と人気の韓国文学『殺人者の記憶法』
写真:tatsuki nakata

第4回の大賞受賞作は、『殺人者の記憶法』(キム・ヨンハ/吉川凪訳 CUON)、
第4回日本翻訳大賞は、1200ページ超えの大著『人形』と人気の韓国文学『殺人者の記憶法』

『人形』(ボレスワフ・プルス/関口時正訳 未知谷)の2作。
第4回日本翻訳大賞は、1200ページ超えの大著『人形』と人気の韓国文学『殺人者の記憶法』

今回も金原瑞人、岸本佐知子、柴田元幸、松永美穂、西崎憲という、日本を代表する翻訳家たちが選考委員として集結。ゲーム作家/ライターの米光一成の司会のもと、恒例の西崎バンドの演奏を皮切りに授賞式はスタートした。

今年もインターナショナルなラインナップに


まず、本賞の基本的な流れはこうだ。

前年に刊行された翻訳書のなかから、一般からの推薦作上位10作&選考委員推薦作5作の計15作が二次選考の候補作となり、それを選考委員が手分けして読み、最終候補を5作にまで絞る。そして選考会を開き、大賞を決定する。


西崎 本賞には3つの評価軸があると思っています。1つ目は翻訳の正確さと、そこに+αの芸があるかどうか。2つ目は、作品自体が面白いかどうか。3つ目は、日本の読者に紹介する意義があるかどうか。この3つのバランスを取るのが難しいですね。

ちなみに今回は、10位が4冊あったため、二次の候補作は計18冊にのぼった。
また回を重ねるにしたがって、本のジャンルや内容、言語などもよりバラエティに富んだものになりつつあるという。

金原 今年は、『嘘の木』(フランシス・ハーディング/児玉敦子訳 東京創元社)、『サイモンvs人類平等化計画』』(ベッキー・アルバータリ/三辺律子訳 岩波書店)といったヤングアダルト小説も候補作に入ってきた。これは、本賞において新しい流れですね。

松永 『マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語』(ビルギット・ヴァイエ/山口侑紀訳 花伝社)のようなグラフィック・ノベルも入ってきて、よりラインナップに幅が出てきた感じがあります。

金原 英語圏はもちろんのこと、韓国、中国、台湾といったアジア圏の作品もあれば、イタリア、スペイン、カザフスタン、イラク、ポーランド……と、じつにインターナショナルなラインナップになりましたね。

そして、最終選考まで残ったのは以下の5作(☆マークは大賞受賞作)。


『オープン・シティ』(テジュ・コール/小磯洋光訳、新潮社)
『殺人者の記憶法』(キム・ヨンハ/吉川凪訳、CUON)
『死体展覧会』(ハサン・ブラーシム/藤井光訳、白水社)
『人形』(ボレスワフ・プルス/ 関口時正訳、未知谷)
『ビリー・リンの永遠の一日』(ベン・ファウンテン/上岡伸雄訳、新潮社)

翻訳を通して、作品と「出会い直す」


続いて、受賞作の評価へと話は進む。

金原 まず、『人形』のこの分厚さはすごい。なんせ6センチありますから。ちなみに、最終候補の5冊の中で、一番薄い本が『殺人者の記憶法』でした。

松永 見た目はVery Heavyですが、読み始めたら文章自体には重苦しいところがなく、ちょっと風俗小説的なところもあったりと、ひじょうに面白かったです。また『人形』は、漢字の使い方もユニーク。わざと、ちょっと古い感じの使い方をしているんですけど、それは、本書が19世紀の新聞小説であることを意識してのことですよね。
そうした工夫が光る翻訳でした。
 また、舞台となるワルシャワという都市には、当時さまざまな民族が混在していました。例えば、身分の高い人はフランス語を話していたりといった具合に、みんながポーランド語を喋っていたわけではなかった。多言語であるという難しい状況を、工夫して、うまく訳文に反映させていたように思います。

岸本 『人形』は、訳注の素晴らしさも特筆に値すると思います。異様に熱がこもっていて、もはや訳注の範疇を超えている。
すごく勉強になりましたし、読みでがありました。

本賞の審査員たちは、英語とドイツ語が専門であるため、それ以外の言語については、原文に当たることができない。そのため、今回の受賞作に関しては、代わりに原文と訳文の比較を担当したチェッカーの役割も大きかったという。

岸本 チェッカーの方たちのレポートがすごく面白いんですよね。みんなスタイルが自由で、エッセイ風だったり、箇条書きの人もいて、バラエティに富んでいる。

松永 『殺人者の記憶法』を担当したチェッカーの方の、「原文に対して持っていたイメージが、翻訳を通して変えられた」というコメントがすごく印象的でした。
つまり、すでに原文で読んでいた作品にもかかわらず、翻訳を通して、また新たに出会い直すような感覚があったということですよね。それって翻訳者の力だな、と感じました。

『広辞苑』より分厚くて製本不可能な本


そして、いよいよ贈呈式。本日の主役である受賞者が登壇する。

だが『人形』の翻訳者である関口は、前々から決めていた旅行の都合で欠席。代わりに、版元である「未知谷」の社長にして同書の編集者である飯島徹が賞状を受け取り、スピーチを行った。

飯島 本日の配布物の中に、関口さんからの受賞の挨拶文があります。そこで彼は「本が出て5ヶ月たちますが、僕の知り合いで読了したと言ってくれた人はたったの6人」と、少々自虐的なことを書いています。でもこんなことを書くのも、渾身の仕事をやってのけたという自信の裏返しだと、私は思いました。

吉川 感謝の念に堪えないのですが、同時にちょっと申し訳ないような気もしています。というのも、『殺人者の記憶法』は翻訳するのにあまり苦労した覚えがないのです。重ねて言えば、特に技巧を凝らした覚えもございません。しかし考えてみると、翻訳するのに苦労しないというのは、原作がそれだけ明確なメッセージを持っていたということでもあるのでしょうね。

続いて、柴田と受賞者によるクロストークがスタート。いつもなら同業者トークになるところだが、今回は代打で担当編集者(飯島)が登壇するというレア回につき、内容も翻訳にとどまらない。

飯島 『人形』は、『広辞苑』を作っている製本屋さんにお願いしたのですが、当初は、そのサイズすら超えてしまっていて、製本不可能と言われてしまいました。なので、まずはよく小説で使っている紙をやめて、もっと薄い紙を使って2センチほど縮めました。が、それでもダメ。そこで通常1ページ18行で組むところを、3行足して、1ページ21行にしました。それで250ページくらい縮めることができ、何とか製本機にかけられるようになったんです。

薄くなったとはいえ、それでも『人形』はちょっとした箱くらいの厚みがある。ゆえに定価6,000円+税と、本としては高価な部類に入る。

柴田 でも、1250ページくらいあってその値段というのは、ページ単価でみたら、最終選考に残った5冊の中で一番安いのでは。

飯島 普通に作ろうとしたら、この本は12,000円くらいの定価になってしまいます。でも、関口さんは「それは高い! 人に紹介できない」と。それでこちらも、大きく考え方を変えました。そもそもこれだけの分量のある本だから、いくら面白いと人から勧められても、たぶんひるむと思うんですよ。買うことにも、読むこと自体にも。だから、せめて値段というところではひるんでもらいたくないな、と。

日本以上に、日本文学を読む国 韓国


次いで『殺人者の記憶法』の吉川は、韓国文学を取り巻く現状と、韓国における日本文学の人気について語った。

柴田 日本では近年、韓国文学の翻訳が盛んですが、韓国での文学の置かれている状況はどんな感じなのでしょうか。やはり、活気がある?

吉川 作家はすごくたくさん出てきていますね。ただ、書き手はたくさんいるんですけど、全体の売れ行きということになると、やっぱり微妙なところではあります。作品の質は良くなってきているんですけども。

柴田 最近の韓国の文学は、日本と同様に、いわゆる現実的な話と、幻想とか妄想とかの間を自由に行き来するような作品がすごく多いという印象があります。『殺人者の記憶法』もまさにそういう話ですし。

吉川 もともと韓国の現代文学は、リアルで重たいテーマのものが多かったんですが、最近だと、そういう感じのものが増えてきましたね。

柴田 その影響源は何なんでしょうか。

吉川 1つには、日本の作家であると言えると思います。日本の小説は、韓国では日本以上によく読まれています。例えば村上春樹。彼の小説の影響を受けていない若い作家は、韓国にはいないのではないでしょうか。人気のある日本の作家の作品は、出たらすぐに翻訳されますし、ちょっとでも話題になった本は、すぐ韓国語版で出ますね。

町田康の落語調(?)朗読


そして、いよいよ授賞式のハイライト。受賞者による、作品の朗読が始まった。

作家が自作を朗読することはあっても、翻訳者が自身の訳した小説を人前で読み上げるという機会は稀だろう。ゆえに貴重だし、何より、訳者がその作品の言葉とどのように向かい合ってきたかが垣間見えて、ひじょうに興味深い。

『人形』の朗読は、引き続き「未知谷」の飯島社長が担うことに。静かに、しかしじわじわと熱を帯びていく声が心地よい。『殺人者の記憶法』吉川の発する雰囲気のある声は、バックを務める西崎バンドの演奏と相まって、作品の言葉の、新たな魅力を引き出していたように感じた。

しかも、今回はこれでは終わらない。

なんと、ゲストとして作家の町田康が登場、自身が現代語訳を担当した「宇治拾遺物語」の朗読を披露したのだ。テキストは、もちろん『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』(伊藤比呂美/福永武彦/町田康訳 河出書房新社)より。朗読と言いつつ、ほとんど落語のような味わいに、会場は笑いに包まれた。贅沢なサプライズである。

※※※

こうして今回も、あっという間の2時間が過ぎ去った。
第4回日本翻訳大賞は、1200ページ超えの大著『人形』と人気の韓国文学『殺人者の記憶法』
写真:tatsuki nakata

はたして、来年はどんな素晴らしい翻訳作品に出会うことができるのだろうか。回を重ねるごとにパワーアップし続ける日本翻訳大賞から、今後も目が離せない。
(辻本力)