こうの史代原作の日曜劇場「この世界の片隅に」
がスタートした。2016年には片渕須直監督による「この世界の片隅に」(アニメ映画)が高い評価を受け、異例のロングランヒットを記録している。
大傑作だったアニメ版の印象を頭に残したまま、このドラマを見ている人も少なくないだろう。正直言えば「大丈夫か?」と思いながら見ている人がほとんどだと思う。
日曜劇場「この世界の片隅に」正直言えば「大丈夫か?」1話をじっくり検証してみた
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今回のドラマ版の脚本は『ひよっこ』の岡田惠和、演出は『カルテット』の土井裕泰、プロデューサーは同じく『カルテット』の佐野亜裕美。こちらはこちらで強力な布陣だ。どんな作品になるのか見守っていきたい。

現代パートが登場


『この世界の片隅に』は、太平洋戦争のさなか、広島県の呉市に嫁いだ19歳のすず(松本穂香)と周囲の人々の生活を描く物語。

いきなり原作とアニメ版にはない榮倉奈々と古舘佑太郎による現代パートが登場して視聴者を驚かせたが、いわゆる「戦争もの」にはこうした演出が少なくない。たとえば、戦争映画の『永遠の0』や『男たちの大和』、『プライベート・ライアン』などにはそれぞれ現代パートがある。過去と現在を結びつけて、過去の出来事である戦争をより身近に感じてもらおうという狙いなのだろう。

ところで、この榮倉奈々演じる佳代という人物と、主人公のすずとの関係がはっきりしない。なんだか要領を得ない問答を繰り返すばかりの佳代なのだが、彼女の行動とすずとの関係が一つの大きな謎としてドラマ全体に仕掛けられているようだ。賛否両論ある現代パートだが、これ自体をゆるいミステリーとして楽しみたい。あと、佳代はもっと人の話を聞いたほうがいいと思う。


素の部分がすずに近かった


主人公のすずを演じるのは、約3000人のオーディションを勝ち抜いた松本穂香。『ひよっこ』の食いしん坊のメガネっ子、青天目澄子役で注目を集めた女優さんだ。そういえば吉岡里帆も朝ドラのメガネっ子役で注目されて主演級の女優へと駆け上がっていった。そういうジンクスが生まれそう。

最初に登場した昭和15年の学校のシーンでは、まだ普通の女の子といった風情だったが、徐々にすずのぼんやりとした味を身にまとうようになっており、結婚式の後、義姉の径子(尾野真千子)と向かい合うシーンでは見事なまでにぼんやりした表情を見せていた。

なお、佐野プロデューサーによると、起用の決め手は松本の素の部分がすずに近かったからなのだとか。オーディションの最中にカバンをひっくり返してしまったり、サツマイモの品種の話を延々と話し続けたりしていたらしい。松本自身も「私も結構ぼーっとしてるって言われがちなので、すずさんと似ている部分が多いのかもしれません」と自己分析している。

ピエール瀧感さえ


第1話は思いのほか、原作、アニメ版に忠実に進んでいった。幼い頃のすず(新井美羽)が風呂敷包みを壁を使って背負うシーンも再現されていたし、祝言のシーンのようにまったく同じアングルのカットもあったほどだ。

それにしても新井美羽の広島弁は違和感がなかった。さすが大河ドラマ(『おんな城主 直虎』)、朝ドラ(『わろてんか』)、日曜劇場(本作)で主人公の子ども時代グランドスラムを達成しただけのことはある。

脇を固める俳優陣も宮本信子、尾野真千子をはじめ、非常に豪華かつ堅実。儲け役はすずの父・十郎を演じたドロンズ石本だろうか。
非常に朴訥とした良い味を出していた。ほとんどドラマ出演歴がないのが信じられない。ピエール瀧感さえ感じる。

注目なのは、幼い頃のすずが出会った“座敷わらし”の存在だ。原作やアニメ版では、さまざまな断片的な情報をかけあわせると、座敷わらしの正体が遊女の白木リン(二階堂ふみ)だとわかるようになっていた(アニメ版ではエンドロールでも示唆されている)。一方、ドラマ版では、最初からはっきりと座敷わらしがリンだということが明示されている。

これはこの後、すずとリンの関係がじっくり描かれるという布石だろう。割愛せざるを得なかったというリンとのエピソードが復活するアニメの「長尺版」と見比べてみるのも面白そうだ。

「地続き感」をどこまで出せるか


ドラマの最大の利点は、尺が長いということだ。長い時間を費やすことができる分だけ、ストーリーに追われることなく、人間関係の中の感情の機微や日常生活の中の喜びや悲しみを丹念に描くことができる。だからかつてはホームドラマと呼ばれるジャンルが隆盛をきわめた。『この世界の片隅に』も戦争という時代を舞台にしたホームドラマになるだろう。


アニメ版の片渕須直監督はかつて「すずさんはいま91歳。いまも元気に広島カープの応援していますよ!」と発言したことがある(2016年11月、109シネマズ富谷での舞台挨拶にて)。作品の中の世界と現代は地続きであり、すずが今もどこかで生きているように感じてもらいたい、という意図の発言だ。一方、本作の演出の土井裕泰は前作の『カルテット』について、「“ドラマが終わってもどこかで彼ら(主人公たち)の人生は続いていくんだな”という思いが自然に生まれました」と語っている。両者の発言はとても似通っている。

アニメ版『この世界の片隅に』も『カルテット』も、見ている側との「地続き感」がとても強い作品だった。どこかにこんな人たちがいるのかもしれない、いたらいいな、と思わせるような作品だ。今回のドラマ版『この世界の片隅に』も、すずと周囲の人々と現代を生きるわれわれ視聴者との「地続き感」をどこまで出せるかがカギになるだろう。第2話は今夜9時から。
(大山くまお)

「この世界の片隅に」
(TBS系列)
原作:こうの史代(双葉社刊)
脚本:岡田惠和
演出:土井裕泰、吉田健
音楽:久石譲
プロデューサー:佐野亜裕美
製作著作:TBS
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