もっとも、玉山は以前よりクルマのCMで、ゴルフバックを積むためクルマの屋根をチェーンソーで切断してしまったり、ビーチに手製のボードを彼女と漕いでやって来たりなどといったバカなあんちゃん役を演じている。
玉山の周囲を固めるキャストを見ても、赤塚の元妻の登茂子を演じる長谷川京子は、いかにも年下の夫と再婚した女性らしい妙な色香を漂わせているし、浅香航大が演じる、しょっちゅう赤塚のわがままに振り回されっぱなしの編集者・横山も見事にハマっている。

赤塚のバカで家族の危機を回避
そんなふうに俳優の好演が光る「バカボンのパパよりバカなパパ」だが、先週放送の第3話では、赤塚と登茂子の一人娘・りえ子(森川葵)が、ようやく自分の夢を見つけたと、イギリスの大学でアートを学びたいと言い出した。登茂子はそんな娘に、本当にその道で生きていく覚悟はあるのかと再考をうながすのだが、その矢先、病気に倒れてしまう。がんだった。元夫の赤塚はそれを知るや、すぐ病院に駆けつけ、りえ子を「おまえが心配ばっかりかけるから、ママがこんなことになったんだぞ!」と叱りつける。
登茂子は入院するも、自らの意志で家に帰る。赤塚は彼女を療養させようと、温泉旅行へ連れて行った。りえ子や赤塚と登茂子の互いの再婚相手であるキータン(馬場徹)と眞知子(比嘉愛未)も一緒だ。旅館には立派な鯛の料理が用意されていたが、赤塚と眞知子は勝手に庭でバーベキューを始め、登茂子たちを呼ぶ。
その食事中、登茂子がりえ子の留学を認めたので、赤塚も許すが、りえ子は母の病気を理由に行かないと言い出した。
その後、海辺の砂浜にほかの家族が集まったところへ、何事もなかったかのように赤塚が現れると、「俺はムササビだ」と言って、シーツをパラシュート代わりに塀の上から飛びあがった。当然ながら、真っ逆さまに落下してしまうのだが、命懸けの赤塚のバカに、思わず笑ってしまう登茂子。それを見てりえ子も父を許すのだった。
その後、登茂子のがんは消えてなくなったことが判明。りえ子も留学に向けて英語の猛勉強を始める。ラストでは、完治を祝って登茂子たちの家にやって来た赤塚に、りえ子が、彼の昔馴染みのスナックに掲げてある夕日の絵について質問したところで「つづく」。あの絵については第1話から引っ張ってきたが、今夜放送の第4話でようやくその秘密があきらかになるようだ。
事実はドラマより修羅場だった?
それにしても、がんが消えるなんてあるのか!? と思ってしまったのだが、ドラマの原作である赤塚りえ子のエッセイによれば、事実というから驚く。
このほか、りえ子がイギリス留学の準備を始めようとしていたときに登茂子ががんになったこと、また、赤塚が家族を伊豆の温泉に連れて行ったというのも本当にあった話だという。ただ、原作を読むと、イギリス留学の実現や登茂子の病気をめぐってのりえ子と両親の対立には、ドラマ以上に激しいものがあったらしい。
そもそもりえ子は24歳で結婚したが、留学は夫と離婚してまで決めたことだった。高校時代にYMOにハマった彼女は、やがてイギリスのエレクトロニック音楽に傾倒し、90年代に入ってクラブカルチャーに興味を抱くようになったのを機に、その本場であるイギリスでアートを学ぼうと思い立ったのだという。離婚と前後して、本気で英語の勉強を始め、下見を兼ねたイギリス旅行にも出かけた。このときの旅行は、案内役のイギリス人の男友達と待ち合わせたタイの小さな島での体験を含め、自分の価値観をぶっ壊すほど強烈な体験になったと、彼女は書いている。
原作によれば、留学したいというりえ子に、登茂子が反対したのは「危ないから」との理由だった。ドラマでは、登茂子は娘を理解しようと努めていたのに対し、現実には、母娘でこの話になると必ず大ゲンカになり、最後はりえ子が泣き出して怒鳴るというのがお決まりのパターンだったとか。それでも最終的に母は、娘が自分の熱意をつづった手紙を読んで(同様の手紙はドラマでも登場したが)、1年間様子を見るとの条件付きで留学を許してくれたのだった。
家族での温泉旅行は、りえ子がタイ経由でイギリスへ下見に行った直後のことらしい。このとき、父・赤塚は娘に対し《お前は親のすねをかじって、ふらふら好き勝手やって。不良外人なんかと付き合いやがって。
こうして原作を読むと、りえ子の留学話に赤塚と登茂子が反対したのは、純粋な親心からであったことがうかがえる。それをドラマでは、登茂子が「覚悟はあるの?」と問いただし、赤塚は赤塚で「中途半端なやつは成功しない」と言い放つという具合に、どちらかといえばクリエイターの先輩(登茂子も赤塚と結婚前に彼のアシスタントを務めていた)の立場から叱咤するという形に変えたというわけだ。
それはそれで異論はないものの、欲をいえば、りえ子がなぜアートの道に進みたいと思ったのか、そこにいたる経緯ももう少し丁寧に描いてほしかった。イギリスに行きたいと言い出すのも、いささか唐突な気がした。これが以前の回から、りえ子がYMOの曲を聴いたり、イギリスへ下見に出かける場面は無理でも、ディスコなどで外国人と交流する場面があったのなら、もっと説得力が増したように思うのだが。
両親との対立も今回の話だけで完結したが、もっと激しい応酬に発展し、旅館が修羅場と化したまま次回へ続く……とでもしたほうが、ドラマに緊張感が生まれてよかったのではないか。何しろ、面倒くさい女の子を演じさせたら、いま右に出る者はいない森川葵が娘役なのだ。正直、彼女がもっと泣いたりわめいたりするさまを見たかった。
ちなみに、第3話に出てきた、赤塚がムササビになったつもりで飛び上がるというエピソードは、彼が雪の軽井沢でタモリと素っ裸で遊びまわったときの実話がもとになっていると思われる。このとき、赤塚は木に登ったかと思うと、隣りの木に「ムササビ!」と叫んで飛び移ろうとするも、「ムサッ」と言いかけたところで、あっさり雪上へ落下したという。
ともあれ、家族のなかで起こるどんな問題も赤塚の馬鹿力(「ばかぢから」ではなく「ばかりょく」)で乗り越えてきたこのドラマも、いよいよ終盤。今夜7時半から第4話と最終回が一挙に放送される(台風接近で番組の変更の可能性もあるけれど)。全5回というのはいかにも短く思えるが、最後の最後で、赤塚不二夫らしいパンチの効いた展開があるものと期待したい。
(近藤正高)
【作品データ】
「バカボンのパパよりバカなパパ」
原作:赤塚りえ子『バカボンのパパよりバカなパパ』(幻冬舎文庫)
脚本:小松江里子 幸修司
音楽:大友良英 Sachiko M 江藤直子
演出:伊勢田雅也(NHKエンタープライズ) 吉村昌晃(ADKアーツ)
制作統括:内藤愼介(NHKエンタープライズ) 佐藤啓(ADKアーツ) 中村高志(NHK)
プロデューサー:野村敏哉(ADKアーツ)
※各話、放送後にNHKオンデマンドで配信中