普段は日本列島を西から東へ進むはずの台風が、東から西へ異例の進路をたどった先週末。観測史上初めての事態と聴いて、ふと「西から昇ったおひさまが東へ沈む」というアニメ「天才バカボン」の主題歌を思い出した(まったく同じことを東京新聞のコラムが書いていた)。


奇しくも、その常識はずれの台風の情報が伝えられるなか、NHK総合で「バカボンのパパよりバカなパパ」の第4話と最終話が一挙放送された。第2回の放送が地震報道のため1週延期となったため、今月中に終わらせるには、このような変則的な形での放送にせざるをえなかったのだろう。つくづく自然の猛威に振り回されたドラマであった。
東から西へ変な台風が進むなか一挙放送「バカボンのパパよりバカなパパ」4話・最終話を振り返ってみたのだ
最終回でその制作過程が描かれた点字マンガ『赤塚不二夫のさわる絵本 よ〜いどん!』(小学館)。著者の赤塚はこの本の印税を辞退し、その分を制作費に回すようにしたという

赤塚不二夫、「バカの人生は短いんだぞ」と娘を叱る


第4話では、赤塚(玉山鉄二)の一人娘のりえ子(森川葵)がバイト先の先輩の杉本(藤原季節)と結婚を前提につきあっていることがわかり、急遽、赤塚やりえ子の母・登茂子(長谷川京子)に紹介する席が設けられる。だが、前回描かれたとおり、りえ子はアートを学ぼうとイギリス留学を決意していた。当然、杉本もそれは了解済みで、一緒にイギリスに行くのだろうと思いきや、りえ子の返事はどうもはっきりしない。これに怒った赤塚は「本当にやりたいことをやってくれ。バカの人生は短いんだぞ」と叱りつける。ここからりえ子はいま一度、自分の行く道を考え直す。杉本は、いつでも待っていると言ってくれたが、彼女は結局それに甘えず、単身でイギリスへと旅立ったのだった。

前回のレビューで書いたように、現実のりえ子は留学を決めたとき、すでに結婚しており、夫はいつでも待っていると言ってくれたにもかかわらず、離婚してイギリスに渡っている。第4話では、その話を踏まえ、細部や時系列を変えながら描いたというわけだ。

最終回の元ネタは「おそ松くん」のあのエピソード?


最終話では、赤塚が目の不自由な子供たちのため、点字で読めるマンガ絵本『赤塚不二夫のさわる絵本 よ〜いどん!』を手がける話を中心に描かれた。

ドラマにおいて赤塚が点字の絵本を描こうと思い立ったのは2000年、入院先の病院で、盲目の少年・弘人(寺田心)と出会ったのがきっかけだった。
その数年前に赤塚はがんを告知され、このときは頭を打って入院していた。それでも彼の情熱に押されて、妻の眞知子(比嘉愛未)や元妻の登茂子、入院の報を受けて急遽帰国したりえ子は、病室で絵本づくりを手伝い始める。

しかし、ためしにつくった絵本に対し弘人の反応はかんばしくない。赤塚は、病院を抜け出し、どうしたらいいのかわからなくなったと行きつけのスナックで潤子ママ(草笛光子)にぼやくも、やがていいアイデアを思いつく。が、その場で倒れて、そのまま意識を失ってしまった。

この事態に、赤塚の家族のほか、元アシスタントや元担当編集者の横井(浅香航大)たちが再結集し、彼に代わって作業を続ける。はたして赤塚が再び目を覚ますと、原画ができあがっていた。それはまさしく彼がめざしていた、目の見えない子供もそうでない子供も一緒に楽しめる絵本だった。横井の尽力で出版も決まる。

できあがった絵本を、弘人やほかの子供たちが一緒になって楽しむ様子を眺めながら、赤塚は家族に語りかけた。「み〜んなさ、一緒に生きなきゃだめなんだよ。恵まれてる人もハンディを背負ってる人も。
バカも利口も。ぜーんぶ、ごちゃ混ぜになってるんだよ」と──。

なお、ドラマの原作となった赤塚りえ子の『バカボンのパパよりバカなパパ』によれば、この点字絵本は、赤塚が食道がんで大手術を受け、退院したあと、親しい編集者にアイデアを打ち明けたのが発端だという。それをドラマでは盲目の少年を登場させたのは、ひょっとすると赤塚の代表作『おそ松くん』で、イヤミが盲目の少女を救おうと奔走する一話「イヤミはひとり風の中」を念頭に置いてのことだろうか。このエピソードは赤塚のお気に入りで、今年、アニメ「おそ松さん」でもリメイクされている

闘病生活はなぜそのままドラマ化されなかったのか?


このドラマを観ていてつくづく感じたのは、実在の人物、それも最近まで生きていて、映像もたくさん残っている著名人の人生をドラマ化することの難しさだ。

現実の赤塚不二夫は50歳のころアルコール依存症となり、酒を抜くためたびたび入退院を繰り返した。60歳をすぎて食道がんになってからも、医者から酒を禁じられたが、なかなかやめることができなかった。

その後も赤塚は入退院を繰り返した。食道がんの手術後、筋力が戻らず、転倒してけがすることもしばしばであった。ドラマで触れられていたように、頭を打って手術を受けたのもこのころである。

2002年には、アルコールを抜くために入院中に脳内出血で倒れた。緊急手術を受けて一命を取りとめたものの、以後、ほぼ意識不明となってしまう。
妻の眞知子は懸命の看病を続けたが、2006年に死去。元妻の登茂子も2008年7月30日、急逝する。そして赤塚も、りえ子が母の通夜を準備するなか容態が急変し、8月2日に亡くなった。

くわしくは原作に書かれているので、ぜひ読んでいただきたいが、闘病生活は赤塚本人にも家族にも過酷なものだった。そのままドラマ化したところで、観る側にもかなりつらいものになったはずだ。

NHKではBSプレミアムが、この手の実在人物ものをたびたび放送している。なかにはハードな内容のドラマも結構あり、横山やすしが晩年、やはりアルコールで体を壊しながらも、漫才師として再起をかけるさまを滝藤賢一が演じたときは、あまりの似せっぷりに鬼気迫るものがあった。

しかし、今回は地上波、それも家族で観る視聴者も多い土曜のゴールデンタイムとあって、さすがにそこまでリアルに描くのはそぐわないとの判断からか、原作のエッセンスを活かしながら、あくまで赤塚と家族の関係に焦点を絞ったホームドラマという形になった。

放送中、私はこのドラマについて疑問を呈したこともあった。だが、いざ終わってみれば、これはこれでいいのかも、とも思えてきた。たしかに、玉山鉄二演じる赤塚不二夫は、巷間伝えられる赤塚像とくらべると、酒についても女性関係についてもかなり抑えめだった。それでも、ドラマのなかで赤塚が体現していた「バカになって生きる」というのは、まぎれもなく当人が生涯貫き通したものである。
そこにブレがなかったからこそ、いくら脚色されていようとも、これはこれで一つの赤塚像だろうと納得できたのだと思う。

「昇る夕日」を胸に抱いて


ところで、このドラマではことあるごとに、赤塚の行きつけのスナックの壁に掛けられた夕日の絵が登場し、赤塚の人生の謎を解く鍵の役割を果たしていた。

第4話では、潤子ママが、かつて赤塚が絵を指して「これは昇る夕日なのだ」と言っていたと明かす。元アシスタントの長瀬(マギー)はそれを聞いて「そう思うことで前を向けるのかな」と言い、ママも「悲しさも温かさに変えてしまうのね」と感心するのだった(「昇る夕日」という言葉からは、どうしても「西から昇ったおひさまが〜」というあの歌詞を思い出さずにいられない)。

最終回ではさらに、この夕日が満州(現在の中国東北部)の夕日だということが、やはり潤子ママによって明かされる。赤塚が意識不明となったあと、りえ子のほか元スタッフや編集者の横井が集まったときだ。赤塚もママも、敗戦前後、満州から命からがら日本に引き揚げてきた体験を持つ。そこからママは次のように皆に語って聞かせた。

「満州の大地はどこまでもどこまでも続いていてね。そんななかで逃げて逃げて、まあ日が暮れて辺りが真っ暗になるのが、そりゃあ怖かった。だからバカ言って笑って、みんなで励まし合って歩いたんだよ。そうしなきゃ生きていけなかった。
不二夫ちゃんもきっとそうだったと思うよ。あの満州で生き延びられたのは仲間と笑いがあったからなんだよ」

事実、満州の大地に真っ赤に燃える夕日は、その空に飛んでいたカラスの大群とあわせて赤塚の原風景であった。原作の文庫版の巻末にも、「赤い空とカラス」と題する赤塚の小文が収録されている。それによれば、彼は小学4年のときに見たこの風景を思い出すたび、《いまの世のもろもろのことが実であって虚、虚のように見えて実。固定したものはなく、すべてが動いているのではないか》と思え、《ぼくは何でも出来るような気持ちに》なったという。

余談ながら、ドラマの最終回で、赤塚の元アシスタントたちが車座になって点字絵本の作業を進める様子を見て私は、赤塚が還暦を迎えた1995年、久々にアシスタント経験者と集まってマンガを一本描きあげたのを思い出した。都内の旅館で作業が進められるなか、赤塚の飲み仲間である芸能人なども続々と訪れ、その一部始終はテレビ番組として放送されている。このとき描かれたのは、この年、世を騒がせたオウム真理教事件に着想を得た「シェー教の崩壊」という読み切りだった。

赤塚不二夫の大半の作品が、彼が一人で手がけたのではなく、アシスタントや編集者とアイデアを出し合いながら生み出されたものであることは、ドラマでも描かれていたとおりだ。やはり「仲間と笑い」なしに赤塚の傑作の数々は生まれなかった。そのことをあらためて知らしめたという点でも、このドラマが彼の没後10周年に放送された意義は十分にあった。あえて欲をいうなら、同じキャストで、ゴールデンタイムでは抑えめだった女性関係なども盛り込んだ「“裏”バカボンのパパよりバカなパパ」をBSででも放送してくれたらうれしいのだが。
赤塚が意識を失う前に発したという「あっ、オッパイだ!」という言葉も、ぜひ玉山鉄二の口から聞きたいものだ。
(近藤正高)

【作品データ】
「バカボンのパパよりバカなパパ」
原作:赤塚りえ子『バカボンのパパよりバカなパパ』(幻冬舎文庫)
脚本:小松江里子 幸修司
音楽:大友良英 Sachiko M 江藤直子
演出:伊勢田雅也(NHKエンタープライズ) 吉村昌晃(ADKアーツ)
制作統括:内藤愼介(NHKエンタープライズ) 佐藤啓(ADKアーツ) 中村高志(NHK)
プロデューサー:野村敏哉(ADKアーツ)
※各話、放送後にNHKオンデマンドで配信中
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