こうの史代原作、松本穂香主演の日曜劇場『この世界の片隅に』。太平洋戦争さなかの広島県呉市を舞台に、主人公・すずと周囲の人々が織りなす日常を描く。

「この世界の片隅に」松本穂香と松坂桃李夫婦が幸せそういい夫だなあ、アイスクリーム3話
原作上巻

先週放送された第3話では、すず(松本穂香)と夫の周作(松坂桃李)、すずに想いを寄せる幼馴染の哲(村上虹郎)、かつて周作と浅からぬ仲だった遊女のリン(二階堂ふみ)の4人が交錯するさまが描かれていた。

夫に恋するすずさん


昭和19年6月、戦争は激しさを増し、ついに呉市にも空襲警報が鳴り響く。周作の父・円太郎(田口トモロヲ)が「敵の狙いは八幡じゃろ」と言うが、これはB-29による初めての日本本土空襲が福岡県の八幡製鉄所めざして行われたことを指している(八幡空襲)。このときは75機のB-29が出撃し、270名以上が犠牲となった。

防空訓練を行うすずたちの衣服にも名札が縫い付けられている。これは顔の判別ができないくらいひどく損傷しても誰かわかるようにするもので、名前のほかに血液型などが書かれていた。

一方、すずはというと、周作を見てポヤ~ッとすることが増えていた。防空壕をつくっている最中も、汗を流している周作にポヤ~ッと見惚れるすず。どうやらあらためて周作に恋をしているようだ。それを見て呆れた小姑の径子(尾野真千子)は、周作にかつて結婚を約束していた女性がいたことをすずの前で言ってしまう。

尾野真千子はキャストの中でも断然、顔面情報量が多い。表情を見るだけでどんな感情か一発でわかる。すずが棒で同時に径子と幸子(伊藤沙莉)を倒してしまう動きは、モンティ・パイソンやドリフがコントでよくやっていたもの。


対象的なふたり、すずとリンの出会い


砂糖を台無しにするというドジをやらかしたすずは、闇市へ砂糖を買いに行く。闇市というと戦後のイメージが強いが、配給不足が厳しかった戦前でもこうした闇物資を扱うことがあった。ドラマ版では明らかに露店の店が並んでいるが、アニメ版では商店が並んでいるように描かれている。すずが行ったのは、呉市の庶民の台所と言われた「東泉場(とうせんば)」。

その帰りにすずが迷い込んでしまったのが、リンのいる遊郭だ(朝日遊郭)。すずが道を尋ねても女性たちが何も知らないのは、彼女たちが遠くから売られてきたため。そんな中、リンだけはすずが住んでいる長ノ木のことを知っているという。二階堂すずの原作のリンのルックスの再現度がすごい。

リンが長ノ木のことを知っていたのは、かつて周作から長ノ木の話をよく聞いていたからだった。リンはすずにアイスクリームの絵を描いてくれるように頼む。リンにとって、アイスクリームは幸せな頃の――たぶん、周作と一緒に食べた――思い出の味なのだろう。話は飛ぶが、アイスクリームは径子にとっても、サン(伊藤蘭)にとっても幸せの象徴の味だった。

長ノ木のことを知っているけど行ったことのないリンと、長ノ木に住んでいるのに帰り方がわからないすず。
どこにでも行けるし、何でも描けるけど、アイスクリームを知らないすずと、遊郭にいることしかできないけど、アイスクリームのことを知っているリン。対象的なふたり。

リンがすずの名札を覗きこむが、字の読めない彼女は「北條すずです」と言われて、すずが周作の妻だということに気づく。

「さ、帰り。急いで帰り。走って帰り。でないとつかまってしまうけん、ここの人に。旦那さんのもとに帰れんようなるよ。さ、はよう。ほら」

歌うように言いながらすずを送り出すリン。「旦那さん」という言葉が見ているこちらの胸に響く。見送っているとき、リンの一瞬口角が下がって微妙な表情になる。


周作とすずが分け合うアイスクリーム


周作は同僚の成瀬(篠原篤)と飲みに行くが、水兵たちに絡まれて殴られる。それを仲裁したのが哲だった。

部屋で周作の手当をするすず。さりげないラブシーンが可愛らしい。アイスクリームを知らないと言うすずの話を楽しそうに聞く周作。2人の様子をそれぞれの部屋で壁越しに聞く径子とサン。径子は亡き夫のことを想い、サンは自分に関心を示さない夫を一瞥して深いため息をつく。

翌日、周作はすずを呼び出す。待ち合わせの場所ですれ違う、周作とリン。一礼して行こうとするリンは毅然としている。それを見送る周作だが、「周作さん」というすずの声を聞いて振り返ったときのリンは少し動揺しているように見える。二階堂すずの細かな演技が目を惹く。


周作はすずと初めてふたりで食事をして、特別に頼んだアイスクリームをすずに振る舞う。幸せの味を分かち合うふたりの姿は誰が見ても幸せそうだ。なにより、相手が美味しいと感じているときに、より嬉しそうな顔になるのが良い。相手の幸せが自分の幸せなのだ。

橋の上で幸せを噛みしめるすずの言葉を聞き、周作は感慨深そうに語る。

「人にはみんな、過ぎてしもうたことや、選ばんかった人生、いろいろあるけど、ほいでもわしゃあ、すずさんを選んで、幸せだと思うちょる。そう思うちょる」

周作はリンとの過去をかみしめながら言ったのかもしれない。周作が前を見ながら言っているのは、彼が未来を見つめていることの象徴である。それにしても周作はいい夫だなぁ……。

今夜放送の第4話は、すずが憲兵(『anone』で拳銃自殺した川瀬陽太)に捕まったところから話が始まる。今夜9時から。
(大山くまお)

「この世界の片隅に」
(TBS系列)
原作:こうの史代(双葉社刊)
脚本:岡田惠和
演出:土井裕泰、吉田健
音楽:久石譲
プロデューサー:佐野亜裕美
製作著作:TBS
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