「飲んで死ぬか、飲まずに生きるか。結局、彼らはその二択なんですわ」

柏木ハルコ原作、吉岡里帆主演の『健康で文化的な最低限度の生活』。
新人ケースワーカーの目を通して、生活保護の実態を描く。

先週放送された第8話のテーマは「アルコール依存症」。現在、日本でのアルコール依存による生活保護受給者は1万人に上るという。「生活保護を受けている分際で酒を飲むなんて!」と腹を立てる人もいるかもしれないが、そんな人のためにつくられた回だった。
「健康で文化的な最低限度の生活」生活保護を受けながら酒を飲んでも許されるのか8話
イラスト/まつもとりえこ

アルコール依存症の音尾琢真登場!


ケースワーカーのえみる(吉岡里帆)は働きはじめてから1年が経った。「私は人とかかわることがそんなに嫌いじゃない」と語るように、仕事ぶりは熱心でその面白さもわかってきたようだ。厳格な係長の京極(田中圭)も、えみるの迫力に押され気味。

そんな折、えみるが担当する生活保護利用者の赤嶺(音尾琢真)がすい臓を壊して緊急入院する。異様に明るくてお調子者の赤嶺だが、彼にはアルコール依存症の疑いがかけられていた。まぁ、あの酒の空き瓶や空き缶が林立していた部屋を見れば一目瞭然。このまま飲み続ければ死に至ることになる。

元ホストだった赤嶺には妻と娘がいたが、ホストを辞めて勤めた会社の社長が金を持ち逃げして仕事を失っていた。それ以来、酒に溺れるようになったようだ。


ホスト時代のヒゲを剃ってヅラを被った音尾の写真がまるで別人のよう。明らかにノリノリで写真を撮ったことがわかる。

えみるの説得で禁酒を誓った赤嶺だが、光の速さで約束を破って酒に溺れる。そもそもアルコール依存症は「説得」やら「誓い」で治るものではない。先輩ケースワーカーの半田(井浦新)はえみるに「断酒会」のメンバー、金森(遊井亮子)を紹介する。自身もアルコール依存症だった金森は、えみるに語りかける。

「アルコール依存症は病気だから。お酒に対しては無力になってしまう病気」

「生活保護のカネで酒を飲むなんて!」と怒っても仕方がないことがわかる。アルコール依存症は病気で、なにより治療が必要なのだ。半田もえみるにアドバイスを送る。

「まずは、正しい知識を伝えること。そして、治療につながるよう、本人が自分の状況と向き合えるように働きかける、そうやってつながり続けること。
介入のチャンスが来たら、それを逃さないことです」

利用者と粘り強く「つながり続けること」はえみるの得意技だ。利用者を突き放しがちな先輩ケースワーカーの石橋(内場勝則)も、えみるの能力を認めていた。なお、本記事の冒頭のセリフは、かつてアルコール依存症の生活保護利用者を担当した石橋が絞り出すように言ったもの。

「完全に絶縁されてんだよ!」


再び酒を飲んでぶっ倒れた赤嶺は、アルコール医療センターのある病院に転院することになる。当初はアルコール依存症であることを認めず、依存症自助グループにも否定的だった赤嶺だが、大人しく治療を受けて退院までこぎつけた。

今度こそ酒をやめて、真面目に働いて別れた娘と会いたい――。えみるにそう誓った赤嶺は、(なぜか)居酒屋で働きはじめる。しかし、赤嶺にはえみるにも語っていない過去があった。別れた妻にDVを働いていたのだ。

あえなく酒に走り、失踪してしまう赤嶺。(なぜか)川原で酒をあおりながら釣りをしていたところを偶然、えみるに発見される。娘に会いたいのではなかったのかと叱責するえみるに、赤嶺は逆ギレする。

「何も知らねぇくせに、娘、娘、言ってんじゃねぇよ! どうせ再会なんてできねぇんだよ! 15年間、連絡しても返事なんて来ねえ! 顔も見れねぇ、声も聞けねぇ。
わかんだろ? 完全に絶縁されてんだよ!」

酒を断とうが、真面目に働こうが、娘には会えないということだ。

「俺には酒以外何もない! 頼れる人も、家族も、誰もいない! 俺なんか生きてたって……」

家族も仕事も友人も何も持っていない中年男の赤嶺に残されたのは、絶望の2文字だ。酒は一時的に絶望を忘れさせてくれる。

なぜ人はアルコール依存症になるのか?


アルコール依存症(アル中)だった経験を克明に描いた中島らもの小説『今夜、すべてのバーで』の冒頭には、こんな小話が挿入されていた。

「なぜそんなに飲むのだ」
「忘れるためさ」
「なにを忘れたいのだ」
「……。忘れたよ、そんなことは」

同書にはこのような一文もある。「アル中になるのは、酒を『道具』として考える人間だ。おれもまさにそうだった。この世からどこか別の所へ運ばれていくためのツール、薬理としてのアルコールを選んだ人間がアル中になる」。

赤嶺は、妻を殴ったこと、娘に会えないこと、自分には何もないことを忘れようとして酒に溺れた。酒を「道具」にしていたのだ。ゆるやかな自殺と言ってもいいだろう。


川の向こう側(つまり、彼岸)に行こうとする赤嶺を川のこちら側(此岸)につなぎ止めたのは、もう会えない家族の記憶ではなく、えみるだった。

「私は、赤嶺さんのこと、信じてましたよ。何度も何度も。それは、私が赤嶺さんに生きてほしいと思ってるからです。生きることを諦めてほしくないからです」

先週のレビューでも書いたように、『健康で文化的な最低限度の生活』というドラマのクライマックスは、生活保護の利用者が「生きたい」と自分の意志を示すところだ。えみるの言葉に心動かされた赤嶺は、生きる決心をする。

川につかりながら音尾琢真の手を両手で握りしめ、涙を流しながら話す吉岡里帆の表情がとても良かった。それこそ『カルテット』の有朱役の呪縛から脱したようにも見えた。だけど、赤嶺の娘の顔や娘が描いた絵とオーバーラップさせる余分な演出が惜しい。吉岡里帆の表情に賭けてもよかったんじゃないだろうか。

ただ、アルコール依存症の治療の苦しみを描いていないのは、それがドラマの主眼ではないからいいとしても、赤嶺が1週間どこで何をしていたのかも不明だったし(特に汚れてもいなかった)、彼を偶然えみるが発見するところもちょっとご都合主義的だった。1回1時間で生活保護に関する情報を詰め込みつつ、職場の仲間たちのちょっとしたワチャワチャを描き、サイドストーリーも走らせる……となると、多少の無理が生じてしまうのかもしれない。


今本日送の第9話はいよいよ最終章。生活保護利用者の子、ハルカ(永岡心花)を育児放棄したモンスター母親(松本まりか)が現れる。松本の「怪演」に注目。今夜9時から。
(大山くまお)

「健康で文化的な最低限度の生活」(フジテレビ系列)
原作:柏木ハルコ(小学館刊)
脚本:矢島弘一、岸本鮎佳
演出:本橋圭太、小野浩司
音楽:fox capture plan
プロデュース - 米田孝(カンテレ)、遠田孝一、本郷達也、木曽貴美子(MMJ)
制作協力:MMJ
製作著作:カンテレ
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