「人前で泣いたりして、私、ちょっとおかしかったみたいで」
「おかしくありません」
「私は人前で泣いたりしません」
「さっき泣いてました」

高橋一生主演のドラマ「僕らは奇跡でできている」。変わり者でマイペースな動物行動学者・相河一輝(高橋一生)と彼をとりまく人々の姿を描く。
脚本は『僕の生きる道』シリーズの橋部敦子。

先週放送の第6話では、真面目に頑張っているのだが毎日が楽しそうじゃない歯科医の育実(榮倉奈々)の心のひだに分け入るエピソードだった。第5話のラストで育実が流した涙という「とても大きな謎」に一輝が迫る。

冒頭の会話は育実が涙を流した直後の一輝とのもの。育実が主張している「私」は「なりたい私」だ。事実を淡々と指摘している一輝は、育実がなぜそんな態度をとるのか理解できない。

高橋一生「僕らは奇跡でできている」どうしたら自分と仲良くなれるんですか?」自分が嫌いなのは辛い6話
イラスト/Morimori no moRi

「なりたい自分」と「なれない自分」


家政婦の山田さん(戸田恵子)の提案で、食事会が開かれることになった。山田さんから指示されて育実を誘いに来た一輝だが、育実は料理教室があるからと誘いを断る。多忙な育実は料理教室に入会したものの、まだ一度も行けていなかった。

「行きたいのに、どうして行かなかったんですか?」
「だから! 行きたかったのに、行けなかったんです」

料理教室に行けないたびに、自分に苛立ったり落ち込んだりするので、なんとしても料理教室に行こうとしている育実に対して一輝はこう声をかける。

「自分にイラッとしたり、落ち込んだりしたくないんですか?」
「はい」
「僕が水本先生なら料理教室をやめます」

「そういうことじゃなくて!」とため息をつく育実だが、彼女はここでも冒頭と同じく「なりたい自分」と「なれない自分」のギャップに苦しんでいる。

目の前にあるイヤなことを避けるために現実的に対応する(場合によっては先送りにする)一輝と、「なりたい自分」になるため辛いことでも引き受けようとする育実。あるがままを受け入れてアクシデント(自転車のパンクとか)さえ楽しんでしまう一輝と、こうでなければいけないと思い込んで苦しくなってしまう育実。
カメとウサギのように対照的なふたりだが、育実のほうが自分に近いと感じてしまう人も少なくないはずだろう。

52ヘルツで鳴くクジラと破れたギョーザ


鮫島(小林薫)、樫野木(要潤)、沼袋(児嶋一哉)にいつも怒ってばかりの事務長・熊野(阿南健治)まで揃った食事会。水本歯科からは育実、あかり(トリンドル玲奈)、祥子(玄覺悠子)が参加して賑やかだ。

上機嫌な鮫島は、珍しいクジラの話をみんなに語って聞かせる。クジラの鳴き声には特定の周波数があるが、30年ほど前にたった1頭だけ52ヘルツで鳴くクジラが見つかったのだという。

「でもね、僕は52ヘルツのクジラがいたらいいなって思うんだよ。もしいたらだよ、周波数が違うから他のクジラとコミュニケーションがとれない。
自由なのか孤独なのか、そもそも自由とか孤独の概念のない世界に住んでいるのか」

52ヘルツで鳴くクジラとは一輝のこと。鮫島の話の間、みんなが集まる食事会なのに、自分の部屋でカメのジョージと戯れる一輝の姿がカットインする。

「そして興味深いことにこのクジラ、年々周波数が少しずつ変化しているんだよ」と鮫島は言う。「僕はこのクジラが毎年成長している証だと思う」。徐々に自分との付き合い方を覚え、みんなの間に溶け込むことができるようになった一輝も日々成長している。

山田さんにけしかけられて、一輝と育実は一緒にギョーザをつくることになる。
一輝のギョーザは形が不揃いで今にも皮が破れそうなものもあるが、それさえ楽しんでいる。育実は、他人に食べてもらうギョーザは形を揃えることが大事だと考えている。

一輝がつくったギョーザは結局破れてしまうが、山田さんは迷わずスープに入れてしまう。破れたギョーザ入りのスープはいい旨味が出て大好評。鮫島は「破れても順調」とご満悦だ。

破れたギョーザも、もちろん一輝のこと。
ひとつだけ取り出せば不格好かもしれないが、スープの中に入れれば旨味が出て素晴らしい味を醸し出す。不揃いな人間だって、周囲と調和すれば良い影響を与えることがある。イギリスのロックバンド10ccの名曲「人生は野菜スープ(Life is a Minestrone)」を思い出した。ロマンスもいいけど人生は野菜スープのようなもの。世の中みんなごちゃまぜになって流れていくのさ、という歌詞だった。

ずっと一輝の世話をしていた山田さんは、破れたギョーザの取り扱い方もよく知っている。
破れたギョーザの取り扱い方がわからない育実に、山田さんが料理を教えようとするのは示唆的である。

「あっちの世界」へ渡る方法


育実の歯科医院で、虹一(川口和空)が橋をリスが渡っている絵を描いていた。橋は人間がつくった道のせいで行動範囲が制限されているリスのために一輝がつくったものだ。

「リスは渡らないのか渡れないのか謎だけど、一輝くんの橋、渡るといいな」

虹一の言葉を聞いた育実は、夜、ひとりで自分が登場している雑誌を見ながら一輝の数々の言葉を反芻していた。

「自分をいじめてしまうんですね」
「自分はすごいって証明したいんです」
「やらなきゃいけないっていうから、やりたくないかと思いました」
「昔の僕は僕が大嫌いで、毎日泣いてました」
「本当はどうしたいんですか?」

自分は何のために頑張っているのだろうか? 自分は自分のことが好きなんだろうか? 自分と仲良くやれているだろうか? 本当は何をしたいんだろうか? 

育実が見つめている雑誌のページの見出しには「患者さんが審美できれいになって喜んでくれることが一番の喜び」と書いてあったが、嘘である。仕事が本当に「一番の喜び」なら料理教室も平気でキャンセルできるはずだ。

「自分」という言葉が何度も出てくるが、一昔前に流行った「自分探し」とはちょっと違う。彼女が見失っているのは「本当の自分」ではなく、「自分との付き合い方」だ。それさえわかれば、毎日楽しく上機嫌でいられるようになるのに、それが育実にはわからない。だけど、本当に自分がやりたいことだけはわかっていた。

「本当は彼と別れたくなかったんです」

一輝に頼んで森に連れて行ってもらった育実は、初めて自分に正直になる。育実は恋人を信じることができず、本心を打ち明けることもできなかった。彼女の行動を妨げていたのは「自信のなさ」だ。

「自信がないから、本当の気持ちが言えなくて。全部自分でぶち壊すようなことしかできなくて。自信がないから、自分がどうしたいかより人にどう思われるかが重要で、こうしなきゃダメ、ああしなきゃダメって、いつも自分を責めて。そうやって、自分をいじめてました」

自信がないから一生懸命歯科医としての腕を磨き、いろいろなことを勉強した。だけど、いつまでも自信は身につかず、さらに新たな勉強でツギハギのように自分を支えようとした。それがうまくいかないときは自分を責め続けた。時には他人を見下ろすことまでした。

「相河さんの言う通りです。私はウサギです。自分は凄いって証明したいんですよ。本当は自信がないから」

涙を流しながら語り続ける育実の告白を、一輝は真剣に受け止めている。過去の自分の姿と重なる部分もあったのかもしれない。

「本当は自分が嫌いみたいです。どうしたら自分と仲良くなれるんですか?」
「……わかりません」

一輝は何かを言いかけたようにも見える。でも、言わなかった。もともと安易なアドバイスなどしない一輝だが、自分と仲良くなる方法は自分で見つけるしかないのだろう。

するとそのとき、リスが現れて一輝の橋を渡っていく。育実そっちのけで大喜びの一輝。「あっちの世界とこっちの世界がつながりました!」

リスだけでなく人間にも「こっちの世界」と「あっちの世界」がある。「こっちの世界」とは常識や誰かが考えたルールで縛られた場所。「あっちの世界」とは自分が本当にしたいことができる場所(もちろん法律の範囲内でだが)。両者は自在に行き来できるはずなのに、向こう側には行けないと思い込んでいる人は多い。でも、誰だって最初にちょっとしたきっかけがあれば、向こう側に渡れるようになる。向こう側に渡るための橋をつくる一輝のような人もいる。育実はきっかけを掴むことができるだろうか?

本日放送の第7話は、一輝が少年時代のことを語る。どうやって彼は自分との付き合い方を学んだのだろうか? 今夜9時から。
(大山くまお)

「僕らは奇跡でできている」
火曜21:00~21:54 カンテレ・フジテレビ系
キャスト:高橋一生、榮倉奈々、要潤、児嶋一哉、田中泯、戸田恵子、小林薫
脚本:橋部敦子
音楽:兼松衆、田渕夏海、中村巴奈重、櫻井美希
演出:河野圭太(共同テレビ)、星野和成(メディアミックス・ジャパン)
主題歌:SUPER BEVER「予感」
プロデューサー:豊福陽子(カンテレ)、千葉行利(ケイファクトリー)、宮川晶(ケイファクトリー)
制作協力:ケイファクトリー
制作著作:カンテレ