
米倉利紀/1月23日に23thアルバム『analog』をリリース
さまざまなことがデジタル化される時代のなか、いまや最大のアナログは人という存在なのかもしれない。なかでも人の心はアナログの最たるもの。
(取材・文/前原雅子)
現代は人間のアナログな心や思考がデジタルに蝕まれている
──2年ぶりになるオリジナルアルバム『analog』は、そのアルバムタイトルにすべてが集約されているのだとか。
米倉:そうなんです。この1年、人間の心ってすごく“脆くて弱い”半面、“強くてしなやかな柔軟性がある”と考えさせられることが多くて。そのなかで感じたものを曲にしながら、最後に辿り着いたテーマが“アナログ”ということだったんです。
──留まることを知らずにデジタル化していく時代のなかで。
米倉:今回「SOCIAL NETWORK SERVICE」っていう曲を書いてます。僕、スマホが大好きで。デジタルの世界って、データを簡単に削除できるじゃないですか。
──そういうことは以前から感じていました?
米倉:感じていたと思います。でも昨年、自分ってこんなに脆いんだ、弱いんだと思い知る大きな出来事があるまで、本当の意味ではわかってなかったですね。なぜならそのとき僕を支えて助けてくれたのは、デジタルの力ではなくアナログなものだったから。

──友人をはじめとする人の力、みたいなことですか?
米倉:でしたね。アナログな感情とアナログな想いとアナログな生き方、というか。でもよく考えてみたらデジタルといっても、それを作っている人間の心は一生アナログですから。やっぱりアナログな心と、アナログな脳みそと、アナログな思考回路がデジタルを作っているんだっていうことを再確認させてもらった感じでした。
──大きな出来事があって初めて気づくことってありますよね。
米倉:本当にそうだと思います。大阪で生まれて「音楽をやっていくんだ、人前に立つんだ、人に何かをメッセージしていくんだ」って15歳でこの業界に入って。そのあとも「アメリカに行くんだ、アメリカで得たものを東京で発信するんだ」って、常に強気強気強気で走り続けてきたんですけど。それがたった一つの愛が崩壊してしまっただけで、こんなにも脆くなってしまう自分を目の当たりにしたとき、初めて本気でアナログを実感したんですよね。もうそのときは、曲を書いたり歌詞を書いたり歌を歌ったりするエネルギーがどこにある?っていうくらいボロボロになっていて。すべてを投げ出してしまいたかったし、投げ出す以前に何も持てないっていうほどひどい状況だったんです。食べていないことにも寝ていないことにも気づけない、そんな数ヶ月だったので。だけどそこで一つだけ僕が守ったのが「この状況から逃げない」っていうことだったんです。
──逃げたかったでしょうに。
米倉:逃げたかったです(笑)。でもそういう僕を支えてくれたのは、僕を取り巻く環境でした。友人、スタッフ、そして何よりも歌だったんです。

──そういう状況でも歌うことはできましたか。
米倉:『メンフィス』というミュージカルのお稽古中でした。関わる全ての人たちに迷惑はかけられない、その責任感も支えになってくれたんですよね。そうやって誰かのために歌ったことが自分にプラスに返ってくることも実感できたし、逃げなかったことで自分の心が少しずつ満たされていったし。もちろんなくした恋愛の寂しさは消えないんですよ、けれどそれ以外のもので心がどんどん満たされていきました。それで「NOTHING LEFT」でも歌っているように、終わった愛に対して、もうあなたにあげるものは何も残ってないですっていう感情に行きついたんですね。
──別のもので満たされたから。
米倉:そうなれたから崩れ落ちなくてすんだというか。
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