『ナチス第三の男』で題材となっているラインハルト・ハイドリヒとその暗殺は、全て第二次大戦中に実際にあった作戦である。ハイドリヒは1904年に生まれ、ドイツ海軍を経てナチスの親衛隊に入隊。
ドイツの警察権力を掌握し、またホロコーストに関しても"最終的解決"の名の下に絶滅政策を推し進めた人物だ。
ナチスで一番やばい奴、ハイドリヒを殺せ!「ナチス第三の男」

"金髪の野獣"ラインハルト・ハイドリヒを暗殺せよ!


ハイドリヒは1942年、ベーメン・メーレン保護領(現在のチェコにあたる)の副総督を務めていた際に、イギリスおよびチェコスロバキア亡命政府が秘密裏に送り込んだ部隊によって暗殺された。この作戦は「エンスラポイド(類人猿)作戦」と呼ばれており、これは戦時中に唯一成功したドイツ高官の暗殺作戦である。

映画の原作はこのエンスラポイド作戦とハイドリヒを描いた小説『HHhH プラハ、1942年』。近年では同じ作戦を扱った『ハイドリヒを撃て』という映画もあったが、暗殺部隊にスポットを当てた『ハイドリヒを撃て』と比べると、今回の『ナチス第三の男』はエンスラポイド作戦と同じくらいのバランスでハイドリヒ本人にフォーカスした作品となっている。

映画は1929年のキール軍港から始まる。海軍の通信将校であるハイドリヒはとあるパーティでリナ・フォン・オステンという貴族階級の娘に一目惚れし、交際していた女性がいたにも関わらず婚約を決断する。しかし当然ながらこれはトラブルになり、おまけに元カノの父親が海軍上層部にコネクションを持っていたため、軍法会議の上で不名誉除隊を余儀なくされる。

出世のための武器だった軍籍を奪われ、荒れるハイドリヒ。しかし婚約者リナはナチ党員であり、その伝手で親衛隊(SS)指導者であるハインリヒ・ヒムラーと面接。SS内部に情報部を作ることを考えていたヒムラーはハイドリヒに目をつけ、情報部を一任することとなる。

SS情報部を掌握したハイドリヒは瞬く間に共産主義者などの政敵や党内の反対分子を粛清。ヒトラー政権成立後は警察とSS保安部のトップに上り詰める。
必要とあれば党内にも銃を向け、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)を率いてユダヤ人虐殺を指揮するハイドリヒは、いつしか絶大な権力を手にする。

しかし、チェコに対するハイドリヒの容赦ない統治に危機感を抱いたのがイギリスとチェコの亡命政府である。彼らは極秘にハイドリヒ暗殺計画を立案。実行部隊として亡命チェコスロバキア軍人のヤン・クビシュやヨゼフ・ガブチークら数名を選抜する。厳しい訓練の後にパラシュートでチェコに降下した彼らは、現地のレジスタンスの協力も得つつハイドリヒを徹底的にマーク。暗殺のチャンスを狙う。

映画は、まず冒頭で暗殺直前の瞬間を描き、そこから過去に遡って「ハイドリヒって誰?」というのを掘り下げ、そしてまた暗殺の瞬間に至ったところで今度は「じゃあこの暗殺犯って誰?」という点を掘っていく構成。なのでハイドリヒと暗殺チームの両方に、等分にスポットが当たる形となっている。

何と言ってもホロコースト実行に関する最重要人物兼戦線後方でのユダヤ人狩り実行犯の話なので、最悪ナチス要素がてんこ盛りである。占領下の住民たちを全員引きずり出しては穴を掘らせ、掘り終わったところでバンバン銃殺して放り込むのは序の口。納屋に住人を押し込めて手榴弾を放り込むは村に火はつけるわ、やることなすことウンザリするほど悪い。もう勘弁してくれないかな〜とゲンナリしつつ、なぜハイドリヒの暗殺が決定されたのかを心から理解させてくれる構成となっている。
こんなド外道、生かしておいちゃならねえ……!

ハイドリヒを「最悪の人間」として描く誠実さ


エンスラポイド作戦自体の顛末と、ハイドリヒ暗殺後のドイツ軍による報復、そしてチェコ人の暗殺実行部隊のその後がどうなったのか……という部分も、本作ではしっかり描かれる。しかし最も印象的なのは、前半戦での「なぜハイドリヒは"あの"ハイドリヒになったのか」を描くパートである。

ハイドリヒは上昇志向の強い青年将校であり、女たらしであり、すぐ激昂する性格であることが、この映画では最初から示される。冒頭のフェンシングの試合ではハイドリヒは対戦相手と乱闘になりかけるし、そもそも交際相手がいるのに貴族の娘に手を出しているんだから後から揉めないわけがない。軍籍がなくなった時も自業自得なのに、家の中のものを手当たり次第に投げまくっては怒鳴る。大変困った奴である。

しかし、ハイドリヒは死ぬほど疑い深く、また仕事熱心な人間でもある。陸軍高官の弱みを握るために自ら売春宿に潜入するし、新たな任地がチェコであれば妻に反対されると考え赴任直前まで黙っていたりもする。上昇志向を持つ女たらしだが極めて猜疑心が強く、自分の得意分野には非常に熱心。加えて他人のことを考えず、目的のためにはなんだってやる男……。あの時期のナチスドイツでハイドリヒが要職にいたのは、ある意味では究極の適材適所だったのではないかという気がしてくる。

『ナチス第三の男』が絶妙なのは、「ハイドリヒがなぜこうなったのか」はきっちり説明しつつも、ハイドリヒを理解可能な人間として描こうという意思があんまり感じられないところである。
人間味のある描写ということなら、暗殺のために母国に戻ってきた亡命チェコ軍人たちと、その協力者たちの関係に盛り込まれている。しかしハイドリヒのパートに関しては、徹底して「めちゃくちゃやばい奴」以上の印象がない。ハイドリヒは任務のためなら妻も子供も泣かす仕事の鬼だが、その仕事というのは虐殺部隊の指揮とか政敵の抹殺である。さすがにこのレベルの人間になると、どうしてこうなったのかはわかっても感情的に理解したり共感することは難しい。

ナチスドイツのダークサイドを象徴する人物を描く際に「絶対的な悪は存在する」という見識を表明するのは、やはり重要なことであると思う。『ナチス第三の男』で最も印象に残ったのは、この「ハイドリヒを徹底して傲慢かつクソみたいな人物として描いた」という点だった。やはり誰がなんと言おうと、悪いものは悪い。そう断言したという点で、これは誠実な映画だと思う。
(しげる)

【作品データ】
「ナチス第三の男」公式サイト
監督 セドリック・ヒメネス
出演 ジェイソン・クラーク ロザムンド・パイク ジャック・オコンネル ジャック・レイナー ほか
1月25日より上映中

STORY
1942年、ナチスドイツの高官であるラインハルト・ハイドリヒが暗殺された。その瞬間を起点に、ハイドリヒはなぜその地位まで上り詰めたのか、そして暗殺の実行部隊はどのようにして作戦を成し遂げたのかを描く
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