『グリーンブック』は軽妙でよくできたコメディである。と同時に、なかなか難しい問題も孕んだ作品でもある。

アカデミー賞はもらったものの…「グリーンブック」が抱える黒人差別問題の困難

ニューヨークのバウンサー、黒人ピアニストと旅に出る


『グリーンブック』は、第91回アカデミー賞で作品賞、助演男優賞、脚本賞を受賞した。批評家からは評価された(まあ、そうじゃなきゃ作品賞とかは取れませんね)一方で、スパイク・リーやチャドウィック・ボーズマンなど、黒人の映画関係者は不快感を表明。ロサンゼルス・タイムズでは「『クラッシュ』以来最悪のオスカー作品賞」とまで書かれた。そこまで言われると、どんな映画か気になる。

舞台は1962年。主人公はイタリア系白人のトニー・"リップ"・バレロンガだ。ニューヨークのナイトクラブで用心棒をしていたトニーは仕事を失い、やむなく運転手の仕事を紹介される。その雇い主は、高名な黒人ピアニストのドクター・ドナルド・シャーリー。彼がアメリカ南部へとツアーに赴く際のドライバーとして、数ヶ月の間行動を共にするのが仕事内容である。

なんせトニーはニューヨークのど真ん中で育ったイタリア系白人である。黒人のことはナチュラルに差別しているし、信用もしていない。そんな彼だったが、仕事として仕方なくシャーリーに付き合い、そのピアノの腕に聞き惚れるうちに徐々に打ち解けていく。そして根強く差別が残る南部でひどい扱いを受けるシャーリーを見て、トニーの考えは少しづつ変わり始める。


タイトルにもなっている「グリーンブック」とは、黒人でも宿泊できるモーテルなどの情報をまとめた、旅行ガイドブックの名前である。そのタイトルが示すように、この作品では黒人の公共施設使用を禁止・制限したジム・クロウ法が残存していた当時の差別が大きな題材となっている。有名ピアニストとして演奏の場ではチヤホヤされる一方、シャーリーはレストランに入ることができず、泊まることができるのも汚い安モーテルだ。

とはいえ、『グリーンブック』は深刻な映画というわけではない。トニーとシャーリーがギクシャクしつつも打ち解けていく様は丁寧に描写されているし、ギャグも滑ってない。特にトニーの手紙をシャーリーが添削するくだりは微笑ましい。車窓に映るアメリカ南部の風景も魅力的だし、ロードムービーとしても見応えがある。

トニーを演じたヴィゴ・モーテンセンは特にすごい。モーテンセンはこの役のために体重を大幅に増やしたそうで、腹回りはタプタプの中年太り。しかも肩から腕にかけては厚みがあり、ちゃんと「ニューヨークの有名クラブのバウンサー」に見える体格だ。このモーテンセンの首から肩にかけての丸みから猛烈に暴力の匂いが漂っており、なんだかマイケル・マドセンみたいな雰囲気である。コメディ色の強い『グリーンブック』だが、トニーがイラッとするたびに「暴力が飛び出すのでは!?」とつい期待してしまうような迫力があった。


いや~しかしこの映画、難しいですね……


ただ、前述のように、『グリーンブック』はけっこう難しいところもある作品だ。そもそも、「ニューヨークの下町で暮らし、粗暴で品はないが暖かい家庭を持っているイタリア系白人」と「高級で広い家に住み、博士号まで持つインテリの有名ピアニストだが、孤独を抱えている黒人」の組み合わせである。この2人が打ち解けることで互いの抱えている問題が解決する……という筋立ての作品だ。

つまり、トニーは散々差別を繰り返していた側(劇中にはトニーが黒人に対して差別感情を抱えた人間であることを示すシーンが散りばめられている)でありながら、シャーリーの問題を解決する立場でもあることになる。更に言えば、劇中にトニーの行動がしっかりと断罪されるシーンはない。一方でシャーリーは声高に差別に対して怒りを表明するでもなく、単純に毅然とした態度を取り続けるだけである。

そのあたりの難しさの象徴が、中盤に挟まるフライドチキンをめぐるワンシーンだろう。トニーが買ってきたフライドチキンに、育ちのいいシャーリーは抵抗を覚える。「こうやって食うんだよ!」と手づかみでチキンを食べるところを見せるトニーと、「衛生的に問題がある!」と抵抗するシャーリー……という、2人の育ってきた環境などをフックにしたギャグである。

しかし、そもそもフライドチキンというのは黒人由来の食べ物である。牛肉や豚肉を食べることができなかった黒人たちが、なんとか鶏肉を美味く食べられる方法として編み出したものだ。例えば『ブルース・ブラザーズ』でマット・マーフィとアレサ・フランクリンの夫婦がフライドチキンを売っていたのも偶然ではない。
アメリカの黒人文化に根ざした、文脈を背負った食べ物なのである。『グリーンブック』ではそんな食べ物を出しつつ、「黒人なのに育ちがいいからフライドチキンをうまく食べられないシャーリーと、白人なのに平気でチキンを食べるトニー」みたいな図式のギャグが飛び出す。

いやあ、これは難しいぞ……と、映画を見ながら唸ってしまった。『グリーンブック』には、日本人の目から見ても「もうちょっと丁寧にやったほうがよくないですか……?」と言いたくなるような場面がある。しかも困ったことに、黒人差別に対して直接の関係が薄いおれの立場からすると、この映画はけっこう面白く見られるのである。よくできた洒脱なコメディではあるのは間違いない。手放しで褒めたい部分もたくさんあるのだが、しかしなんでこの映画が怒られているのかもわかる……という気持ちもある。

1962年を扱った映画でありながら、『グリーンブック』には現在の差別を巡る問題が滲んでいる。この難しさはアカデミー賞も巻き込んだ場外乱闘という形で示されることになってしまったが、差別問題に関して期せずして最前線と言える作品になってしまったことは間違いないだろう。現代の差別について何かを考えるなら、ぜひ見ておきたい一本である。
(しげる)

【作品データ】
「グリーンブック」公式サイト
監督 ピーター・ファレリー
出演 ヴィゴ・モーテンセン マハーシャラ・アリ リンダ・カーデリーニ ほか
3月1日より全国ロードショー

STORY
1962年、ナイトクラブの用心棒だったトニーは、アメリカ南部へとツアーに赴くピアニストのシャーリーの元で運転手の仕事を得る。黒人に対して差別感情を抱えていたトニーだったが、共に旅をする中で少しづつ意識が変わっていく
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