『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

新木優子と高良健吾がダブル主演を務める木曜劇場『モトカレマニア』(フジテレビ系)の放送が、10月17日にスタートした。高良が演じる元カレのマコチこと斉藤真を忘れられず、暴走と混乱を繰り広げる“モトカレマニア”の主人公・難波ユリカを新木が熱演しているほか、浜野謙太や田中みな実といった今をときめく豪華キャストで話題を呼んでいる。


そんな『モトカレマニア』の原作コミックを手がけるのは、『臨死!!江古田ちゃん』をはじめとした作品で、女子の生態や恋愛感情の機微をリアルかつユーモラスに切り取ってきた人気漫画家の瀧波ユカリ。ポップでキュート、それでいてどこか身につまされる異色のラブコメディを生み出した彼女に、個性的な人物造形やストーリーテリングの秘訣、さらにドラマ版の見どころについて、たっぷりと語ってもらった。

取材・文/曹宇鉉(HEW) 撮影/ナカムラヨシノーブ

元カレが忘れられないのは悪いことばかりではない?


『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――『モトカレマニア』は瀧波先生の過去の作品に比べて、かなりポップで明るい作風のように感じられます。とりわけ、主人公のユリカのデザインがとてもキュートですよね。

自分の気持ちを素直に表現する女の子を描いたら、なんだか自然にかわいくなっちゃいましたね(笑)。私の場合、同世代の女性を扱うとどうしてもエグくなってしまいがちなんですけど、ユリカは10歳くらい下なので若干エグみが抜けているのかもしれません。

――『臨死!!江古田ちゃん』の読者としては、絵のタッチや人物造形の変化に思わず「おお!」と膝を打ってしまいました(笑)。


江古田ちゃんで描けることは飽きるほど描いたので、ユリカに関してはまったく異なるキャラクターにしたかったんです。それに『モトカレマニア』の主人公が江古田ちゃんのような女の子だったら、一瞬で元カレと寝てそこで話が終わってしまう(笑)。マコチのことがずっと大好きで、せっかく再会したのになかなか進展せずに身悶えるユリカの姿に、見た目だけではないかわいらしさ、いじらしさを感じていただけたら嬉しいです。
『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――“元カレ”や“元カノ”をテーマにしようと思った理由を教えていただけますか?

ちょっと逆説的なんですけど、私の場合は思い返してあたたかい気持ちになれる元カレが全然いないんですよ(笑)。そもそも昔のことはあまり考えないタイプですし、過去を振り返ると、いい思い出でも悪い思い出でもニュートラルなメンタルに負荷がかかるじゃないですか。だからこそ、元カレのことを思い出して「幸せだったな……」と遠い目をするような女の子の日常ってどんな感じだろう、と想像力を働かせてみたかったんでしょうね。


――実際、瀧波先生の周りに“モトカレマニア”はいるのでしょうか?

マニアというほどではないにせよ、たとえば大学時代から付き合っていたカップルが大学を卒業して別れて、社会人になって別の人と付き合ったときに「あれ、なんか違う!」と感じるパターンは多いようで、その現象自体が面白いなと思ったんですよね。大学の学部やサークルのように同じコミュニティに属している場合は、共通の趣味や話題について特に努力をしなくてもすり合わせが完了していますけど、社会に出てまったく違うノリや考え方の人と合コンとかで出会ってなんとなく付き合ってみて、「こんなに噛み合わないものだったのか!」とショックを受ける、みたいな。
『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――まさに作中に出てくる「逃した魚は大きかった」という話ですね。ユリカもマコチと別れた後にべつの男性と付き合って、深い失望を味わっています。

私としてはダメ男たちとのエピソードをがっつりと描きたいくらいなんですけど、そこにボリュームを持たせたら新木優子さんには出演してもらえなかったかもしれませんね(笑)。

――恋愛について真正面から描くにあたって、特に気を使っている部分はありますか?

「あまり自虐的にはならないようにしよう」とは思っています。
「元カレが忘れられない」って後ろ向きに捉えられることもあるし、自虐っぽく話をしちゃう子も結構いるじゃないですか。漫画を読んで「わかる!」と思ってもらうのは嬉しいけど、自虐の部分まで共感させてしまうのは読者の精神衛生上あまりよろしくないのかな、と。無理に忘れなければいけないものでもないですからね、元カレなんて。過去が美化されてハードルが上がることで、ひどい人に引っかからないようになるという効果もありますし(笑)。

悪気がなくても失敗するのが恋愛の難しさ


『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――ユリカの元カレであるマコチはちょっと不思議なタイプというか、なかなかとらえどころのない男性ですよね。

マコチについては、つかみどころがないのに学生時代にモテていた男の子をなんとなく思い出しながら描いています。人当たりがよくて、見た目もシュッとしているけど、ある意味でクセがなさすぎるタイプというか。
もちろん本人が努力していないとか苦労していないとか、そういうわけではないですよ。たまたまコンプレックスやルサンチマンを抱くことなく、人間関係にもさほど苦労せずに生きてきたように見える、というだけで。

――“脳内会議”が開かれるまでは、「マコチという人はいったいどんなことを考えて生きているのだろう」と思っていました……。

基本的に、恋愛って想われる側は考える必要がないですからね。自分のことを好きと言ってくれる人がいて、その人と付き合うのは自分の返事次第なので、極端な話どんなふうに扱ってもいいわけじゃないですか。私自身はそんな立場になったことがないから、実際のところはよくわからないんですけど(笑)。

『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――マコチにしても山下にしても、悪人ではないにも関わらず、大事なところで悪気なく無神経なことを言ってしまうのはどうしてなのでしょうか?

男性に限った話ではなく、「こういうふうに振る舞ってもいい」と思い込んでいる側の人のほうが、やっぱり失敗はしやすいじゃないですか。たとえば山下の場合は「結婚をしたら女の人は仕事をやめて、とりあえずついてきてくれるだろう」とか「自分が務めている会社は安定した企業だから問題ないだろう」とか、そういった油断があったんだと思います。もちろん提案自体がダメなわけではありませんが、提案するにしても慎重さが必要だというところまで考えが至っていない。本当におっしゃる通り、悪気はないんですけどね。

――それぞれ決して褒められた言動ではありませんが、ある意味でとてもチャーミングな、人間らしい不完全さを感じます。

マコチも「一緒に寝ているのがOKだったら、ここまではセーフだろう」とか「まだ付き合うとは言ってない」とか、ところどころでやらかしていますよね。
でも、そうやって失敗した人を悪者にしたいわけではないんです。そもそも一般常識的になんとなくOKっぽいようなグレーゾーンなことって、世の中にいっぱいあるじゃないですか。お店に並んでいる商品を黙ってポケットに入れたらそれは明確に悪いことですけど、セーフなのかアウトなのかはっきりとわからないことに関しては、どんな人でも失敗するものですから。

――山下の元カノであるムギや、マコチと同居する小説家の丸の内さくらなど、しっかりと自分自身の意志を貫く女性たちの描かれ方も印象的です。

今まであまりフォーカスされてこなかったタイプの女性を描きたいと思ったんです。そういう人のほうが、やっぱり描いていて楽しいですし。ムギは「結婚が前提だからといって、自分のやりたい仕事を辞めるわけにはいかない」と考えていて、さくらは「ただただ一緒に住んでいればそれでいい」というタイプですね。最初に設定を考えて、それに当てはまるのはどういう人だろうか、とイメージを膨らませていきました。食品系で本社が東京じゃないとなると、ジンギスカンのタレの会社かな、みたいな(笑)。

尖っていた『臨死!!江古田ちゃん』の時代


『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――瀧波先生が漫画を描きはじめたころのことを教えていただけますか?

子供のときからずっと漫画家になりたかったんですよ。でも当時は漫画を専門に教える大学があまりなく、ガーリーフォトのブームに乗って写真学科に進んだら、なんとなく4年経ってしまって(笑)。卒業後も漫画家以外の職業につくことはあまり考えていなかったので、「ちょっとやばいな、そろそろやらなきゃな」と……。ストーリー漫画は全然ダメでしたけど、4コマの『臨死!!江古田ちゃん』を描いたらデビューが決まって、気がついたら10年くらい続いていました。

――『臨死!!江古田ちゃん』でデビューした当時と比べて、ご自身の中で大きく変化した部分はありますか?

最初のころはかなり辛辣な作風でしたけど、今はとてもそんなことまでは描けないですね。若いときはやっぱり恐いもの知らずというか、「これを描くことで一部のだれかが傷つくかもしれないけど、そんなの構っちゃいられない!」くらいの勢いで、自分が正しいと思ったことを表現していましたから。しんどいからあまり読み返したくないんですけど、あらためて読むと「この4コマは抜きたいな……」みたいなところも結構あります。そんな作風でも怒られないギリギリの時代だったんでしょうね。

とはいえ今の感覚で過去の自分をジャッジしたら、みんな死ぬしかないじゃないですか(笑)。私にはもうできないことですが、若い世代の作者は縮こまらず、感じたことをまっすぐに描いてほしいです。「これはおかしい」という違和感や憤りは、周りを気にせずに表現したほうが後悔は少ないと思うので。

――経験を重ねたことで、世の中との適切なバランスを見つけていった、ということでしょうか?

自分の中にも、昔と同じ考え方をする部分は残っています。でも、今の時代に反射的な怒りを見せてしまうと、いろいろな角度から反論や意見が寄せられることが簡単に想像できるじゃないですか。もちろん怒りがないわけではないんですけど、激情を執筆の原動力のメインに据えることはなくなりましたね。

原作者の目線で語るドラマ版の見どころ


『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――新木優子さんや高良健吾さんをはじめとした豪華キャストでのドラマ化について、最初に話を聞いたときはどのように感じましたか?

ドラマ化が決まる前も今も、自分がやっていることは毎月の原稿を描いているだけで変わっていないですね。私はなにもしていないのにサクサクと話が進んでいって、「なんだかすごく得しているな」という気分です(笑)。

――ドラマ版『モトカレマニア』のどんなところに期待していますか?

原作ではページ数的にもユリカ、マコチ、山下、さくらの絡みを勢いよくガーッと描くことに精一杯で、会社内のワイワイした感じや、どういう仕事をしているのかをあまり見せられていないんですよね。私自身も「もっとそういうシーンを入れられたらなぁ」とは常々考えているんですけど、そのぶん実写の個性的なキャストの方々がワイワイさせてくれると期待しています。脇を固める登場人物たちのサイドストーリーや、ユリカの“脳内会議”のシーンは個人的にすごく楽しみです。
『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

――キャストの中で、瀧波先生が特に注目している方はいらっしゃいますか?

バーのマスター、増田隆志役の加藤虎ノ介さんですね。朝の連ドラの『ちりとてちん』を見ていて、単純にすごく好きな俳優さんなので……。原作ではなんとなく恋愛にオクテそうで、かつ気が弱そうな感じですけど、加藤さんが演じるマスターはたぶんあそこまで臆病な印象にはならないと思います(笑)。

――ありがとうございます。最後にこれからの『モトカレマニア』の展開について、ちょっとしたヒントをいただけますか?

恋愛の関係性について、今後もいろいろなバリエーションを見せていきたいと思っています。ユリカとマコチのパワーバランスが変わる部分もあるかも……。なんにしても、そう簡単にはうまくいかない感じです(笑)。

「いきなり告白するのはアリか」とか「話しているときに黙り込むのはアリか」とか、恋愛においてあまり問題視されていないけど、実はグレーゾーンかもしれない行為ってたくさんありますよね。家まで行ってキスしちゃったけど、「まだ付き合うとは言ってない」と突き放すとか(笑)。私自身グレーな部分を描くのが好きですし、そういう話って意外と多くの人に思い当たるところがあるんじゃないでしょうか。タイトルこそ『モトカレマニア』ですけど、元カレや元カノが忘れられない人じゃないとわからない話では全然ないので、ぜひドラマも原作も楽しんでいただけると嬉しいです。

放送情報


『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

木曜劇場『モトカレマニア』
https://www.fujitv.co.jp/motokaremania/

フジテレビ系にて、10月スタート 毎週木曜22:00~22:54放送
出演:新木優子、高良健吾ほか
原作:瀧波ユカリ『モトカレマニア』(講談社『Kiss』連載)
脚本:坪田文
プロデュース:草ヶ谷大輔
演出:並木道子ほか
制作著作:フジテレビジョン

書籍情報


『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”

瀧波ユカリ『モトカレマニア』(Kissコミックス)
https://kisscomic.com/c/motokaremania.html

難波ユリカ・27歳。22歳のときに別れた元カレ・マコチの存在を引きずり、彼の名前を検索したり、心の中で会話したりと、順調にマコチを神と崇めつつ、元カレのマニアとしての日々を過ごしていた。ところが心機一転、新たに働くことになった不動産店には、愉快なメンバーとあの人がいて…!? 元カレの存在が気にかかる全女子必見!! 崇拝と恋愛の間で揺れ動く、爆笑必至のノンストップ・ラブコメディ。

Profile
『モトカレマニア』原作者の瀧波ユカリが描く“恋愛のグレーゾーン”
瀧波ユカリ

タキナミユカリ

1980年3月28日生まれ、北海道出身。日本大学芸術学部を卒業後、2004年に24歳のフリーター女子の日常を描いた4コマ漫画『臨死!!江古田ちゃん』で、『月刊アフタヌーン』の冬の四季賞・大賞を受賞しデビュー。以降、漫画とエッセイを中心に幅広い創作活動を展開している。東京での活動を経て、現在は札幌市在住。『臨死!!江古田ちゃん』は2011年と2019年にアニメ化されたほか、『Kiss』にて連載中の『モトカレマニア』が10月よりドラマ放送中。その他の代表作に『あさはかな夢みし』『ありがとうって言えたなら』など。

関連サイト
@takinamiyukari