岡山県を舞台に、発展途上のローカル地下アイドルのメンバー市井舞菜と、舞菜を熱狂的に推しているアイドルオタクのえりぴよ。二人を始めとしたアイドルとオタクの関係性をギャグテイストも交えて描いた人気漫画「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(推し武道)

先日、待望のアニメ第1話も放送され、さらに注目を集めている。
エキレビ!の「推し武道」連載を締めくくる山本裕介監督インタビューの後編では、第1話についても振り返りながら、メインキャラクターの描写やキャスティングに関するこだわりなどを語ってもらった。

(前編はこちら
アニメ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」山本監督に更に聞く「笑いとエモを上手く両立できてたら」
握手会での舞菜とえりぴよを描いた「推しが武道館いってくれたら死ぬ」第2弾キービジュアル。本作の主人公とメインヒロインとも言える二人だが、基本的に会話をする機会は、握手会などの接触イベントしかない

立花さんのお芝居の成長は、舞菜と重なる感じになっている


──えりぴよのオーディションの時点では、ファイルーズあいさんは、ほぼ無名の新人声優だったと思います。

山本 そうですね。(初主演作の)「ダンベル(何キロ持てる?)」の放送前でしたし、おそらく、ファイルーズさんはほぼ同時多発的に、あちこちの現場で認知されたのだと思います。だから、プロフィールを見た時も何の先入観も無かったのですが、生のオーディションでのお芝居にはかなりのインパクトがありました。

──オーディション用の台詞は、やはり、えりぴよらしく振り幅の大きい台詞を選んであったのでしょうか?

山本 喜怒哀楽の全てというか、いろいろな台詞を入れてました。
エキセントリックなお芝居だったら、ある程度慣れた声優さんなら大抵の人ができるんですね。でも、1話の冒頭の「アイドルはみんなキラキラしてるものなんだと思ってた」というしっとりした大人の女性のモノローグもこなせる人じゃないと、えりぴよは演じられないと思っていたので、そこの台詞も重視していました。

──その両方ができる人は少なかった?

山本 はい。でも、ファイルーズさんは、新人なのにその両方ができていたんです。

──では、舞菜のキャラクター描写についても、特に大事にしていることなどを教えてください。

山本 舞菜は、最初すごく捉えづらかったというか……。
ChamJamのメンバーって、みんな分かりやすい個性があるんですけれど、舞菜だけはこれといった個性が無くて。
アニメ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」山本監督に更に聞く「笑いとエモを上手く両立できてたら」
ChamJamの市井舞菜。自分に自信が無くシャイな性格で自分をアピールすることが苦手なこともあり、7人のメンバー中でファンの数が最も少ない。ライブの時も後列が定位置になっている

──個性の無いことが個性という感じの女の子ですよね。

山本 結局、そうなんですよね。(センターの五十嵐)れおみたいに強い目標があるわけでも無いですし。そんな子を作品の中でどうやって立てていくのかについては、最初はけっこう悩みました。でも出来上がった映像からは、何か分からない不思議な魅力が醸し出されている気がします。
それは、(舞菜役の)立花(日菜)さんの持っている何かなのかもしれません。

──立花さんも、デビュー間もない新人声優ですが、オーディションでは、どのような点がキャスティングのポイントになったのでしょうか?

山本 立花さんに関しては、最終的には、平尾(アウリ)先生の鶴の一声でした。候補を何人かに絞って、この中の誰にしようかとみんなで迷っている時、平尾先生の方から「立花さんが良いです」と。お芝居もルックスも含めて、「可愛い、可愛い」とすごく推されていました(笑)。我々も先生が確信を持っているならばと安心して、「じゃあ、立花さんにお願いしましょう」ということになったんです。現時点でアフレコはすでに全話録り終わっているのですが、立花さんのお芝居は1話から最後の12話に向かって徐々に成長している感じがあって。
そういうところも、劇中の舞菜の姿とオーバーラップしていますね。

くまさは、すごくいい男で、この作品の肝だと思っている


──えりぴよのオタク仲間であるくまさについても、描く際に意識していることを教えてください。

山本 僕、くまさって、すごくいい男だと思っているんですよ。

寺田(悠輔プロデューサー) 山本監督は、くまさの描き方によって、この作品の中でのオタクの品格が変わるし、それに引っ張られて、アイドルであるChamJamの品格というか行動も決まって行くというお話もされていましたね。

山本 そう。くまさはこの作品の肝だと思っていたし、演じてもらう声優さんについても同じだと考えていました。だから、えりぴよやChamJamのキャストについてはフレッシュな人たちで構わないけれど、くまさ役は、経験もあって安心して任せられる役者にしたいと最初から決めていたんです。


──それで、経験も豊富な前野智昭さんになったのですね。

山本 決め打ちしたわけでは無く、いろんな方のお声をいただいてちゃんとオーディションもしたのですが。前野君の安心感は素晴らしかったです。普段は三枚目でもここぞってシーンでは、良い声でビシッと決めてくれるんです。
アニメ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」山本監督に更に聞く「笑いとエモを上手く両立できてたら」
ChamJamの結成前から、リーダーのれおを推し続けているトップオタのくまさ。舞菜への思いが強すぎるあまりChamJamオタクの中でも少し浮いた存在になっているえりぴよの数少ないオタク友達

──では、くまさのオタクとしての格好良さも、描けるところではどんどん描いていく方向なのでしょうか?

山本 もちろんメインはえりぴよと舞菜のドラマであって、アニメの軸足もそこに置いているのですが、くまさの見せ場は随所に出てきます。くまさが光ると、くまさが推しているれおも輝く。
彼らだけでなく、基と空音、眞妃とゆめ莉、優佳と文といったふうに、それぞれペアで輝いていくところがこの作品の特徴だと思います。2話も、くまさのオタクとしての思いを描いているお話で、シリーズの最初の方でこんなにエモい話をやって良いのか(笑)。といったエピソードになっています。自信作です!(笑)。

──原作でも、くまさとれおのエピソードを読んだ時、アイドルは、精神的にも、こんなにオタクに支えられているものなのかと思いました。

山本 れおに限らず、この作品で描かれているアイドルたちって、みんな純粋ですよね。けっしてオタク達を踏み台にしてビッグになっていこうとかではなく「一緒に歩んでいきたい」と思っている。

──自分は地下アイドルにはあまり詳しくないのですが、原作を読む以前に想像していたアイドルファンは、のような「ガチ恋」と呼ばれるタイプでした。

山本 基は、(松山)空音が好きだから、ストレートに空音を彼女にしたいと思っている。普通の男子にはたぶん、その感情の方が分かりやすいですよね。でも、くまさの場合は、れおと付き合ったり結婚することが目的ではない。れおの方もそういう気持ちはないけれど、くまさのために自分はアイドルでいなきゃいけないという責任感はしっかり持っているし、くまさの夢を絶対に裏切ってはいけないという意識が高い。恋愛感情とは違うけれど、ある種、理想的な共存関係じゃないかと思っています。

舞菜は、実は、かなりハードルが高いキャラ


──キャラクターデザインの原作再現度も非常に高いと思います。キャラクターデザインは、下谷智之さん米澤優さんの二人体制ですが、どのような分担になっているのでしょうか?

山本 下谷さんとは、これまでにも何度もお仕事をしていて。(前編で)えりぴよの話の時も言いましたが、今回お願いしたした理由は彼の描くキャラクターの端正さにあります。期待通り、原作の平尾先生の繊細な絵に合わせて清潔感のあるキャラにまとめてくれました。最初は全部のキャラクターを下谷さんにお願いするつもりだったのですが、オタクも含めると登場人物が多いので、早い段階でオタクは別の人に頼もうということになり、米澤君にお願いすることにしました。キャラクターデザイナーさんて、可愛い子やイケメンを描ける人はたくさんいるんですけれど、おじさんや三枚目を魅力的に描ける人は本当に少ないんです。最終的に下谷さんには、えりぴよやChamJamといった女性キャラ。米澤さんには、くまさ、基、オタクらの男性キャラをお願いする形になったのですが、この振り分けは上手くいったと思います。くまさと基以外のオタクたちは、原作のコマから1人ずつ拾いだして、ちゃんと名前も設定してひとりひとりキャラクターとして肉付けしていったんです。ChamJamの現場にいつもいる顔なじみの常連さんにしたくて。

松尾(陽子、制作プロデューサー) 下谷さんの設定画は本当にすごく繊細で。細かいところまでこだわられているんです。例えば、空音の頭には、後れ毛が少しだけあるのですが、これも「原作がこうだから」って。
アニメ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」山本監督に更に聞く「笑いとエモを上手く両立できてたら」
キャラクターデザインの下谷智之が描いたChamJamのブルー担当、松山空音の表情設定。最近の原作の絵柄を反映して、頭頂部に非常に細い線で後れ毛も描かれていることが分かる

──設定画をよく見ると、2本だけ後れ毛がありますね。

松尾 実際の映像では、なかなか拾えないのですが(笑)。

山本 あとは、上まぶたの黒いところにあるまつ毛のハイライトが、この作品の絵的な特徴になっているんです。アップの時にこれが入っていることで、すごく原作の絵のニュアンスに近づくんです。本編の中でそれを生かすのはなかなか難しいんですけれど……。

松尾 あと、舞菜は奥二重だったり。

──あ、気づきませんでしたが、奥二重になってます。

山本 奥二重のキャラを魅力的に描くのは大変なので、舞菜は実は、作画マンにとってかなりハードルが高いヒロインなんです。

「笑い」と「エモ」の両方を上手く見せられていたら良いな


──(前編で)ChamJamのライブシーンの制作方法も伺いましたが、1話の映像を観た時、「ここまで本格的にライブシーンを描くのか!」と少し驚きました。いわゆる普通のアイドル物とは少し路線の異なる作品ですが、アイドルを描くからには、ライブシーンにも力を入れるべきだと考えたのでしょうか?

山本 たしかにこの作品の場合、ライブシーンは適当に端折るという選択肢もあったと思います。実際、曲数も本格的なアイドル物よりは少ないですし、毎話毎話ライブシーンがあるわけではありません。でも、第1話に関しては、しっかりとライブも見せておきたいと思いました。1話のライブシーンには歌の中でChamJamのメンバーを1人ずつ紹介をするという狙いもあるんですね。そこでメンバーのことをある程度覚えてもらおうと。それと、この作品が他のアイドルものと決定的に違うのは、ChamJamが可愛く踊っている最中に、くまさや他のオタクの顔のアップになって「ピンクのリーダーれーお」とかコールが入ったりするところなんです。なぜ、いちいちオタクの側にカメラを振るのかと言えば、この作品がアイドル物ではなく、アイドルオタク物だから(笑)。その上、最後はえりぴよの鼻血でライブが中断されちゃうわけで、多分こんなアイドルアニメはありませんよね(笑)。そこをより効果的に見せるためにも、それまでのライブをしっかりと描く必要があったんです。
アニメ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」山本監督に更に聞く「笑いとエモを上手く両立できてたら」
第1話で描かれたChamJamのライブシーン。普通のアイドルアニメであれば、ずっとステージのアイドルを映しているはずの場面で、応援するオタク側にもカメラが切り替わるのは本作ならではの特徴であり、面白さ

──アイドルの現場へ取材に行ったお話を伺いましたが、その時の経験も当然生かされているのでしょうか?

山本 もちろんです。美術設定のモデルにさせてもらった(ライブハウスの)白金高輪SELENEのアイドルフェスに行き、その最前列でステージ演出や周囲のオタクの人たちがどんなノリなのかということなどを観察して、その印象を映像に焼き付けようとしています。それは日常の場面とライブシーンの描き分けにも影響を与えているんです。原作の漫画はわりと白っぽい画面で構成されているので、日常シーンはそれを意識して背景はあえて白っぽく、「晴れの国・岡山」の日常を表現しているんですが、ライブハウスがある地下にもぐってChamJamのライブが始まると、一転して暗い中にレーザーが飛び交う色彩感が増した空間に変化させて、日常との差を出そうとしています。取材で感じたアイドルとオタクの祭りのような空気を出せないかなと。えりぴよたちオタクもChamJamも一番魂を燃やしているのはライブの瞬間じゃないかと考えたんです。またSELENEは一般的にイメージされる真っ黒な壁のライブハウスとは違って、すごく清涼感のある空間でした。それもChamJamらしいなと思って彼女たちが根城にしている「MKCandy」もそのイメージを再現しています。

──第1話が放送されたばかりで、これから1クール放送は続くのですが。アニメ「推し武道」を観る時間が、視聴者にとって、どのような時間になれば良いなと思っていますか?

山本 みなさんがアニメに求めていることは、それぞれに違うでしょうし。現実が辛いので、アニメを観ている時間くらいはボーッとしていたい。波風の立たない作品を求めている方も多くいらっしゃるかもしれませんが……。でも、この作品に関してだけは、30分間一生懸命、観ていただけるものというか、身を乗り出して観てもらえるようなものを作りたいんです。2話以降も、笑えるところ、切ないところを織り交ぜて一つの話にさまざまな感情を込めて描いていきますので、えりぴよ達と同じように心を揺り動かされて欲しいですね。この現場の合言葉は「エモ」なので。冗談ではなく、寺田プロデューサーからも「ここは、もっとエモく」とか、「エモでブン殴られる感じで」とかしょっちゅう要求されているんですよ(笑)。だから、「笑い」と「エモ」を上手く両立して見せられていたら良いなと思っています。

──「推し武道」という作品は、山本監督の中でどのような存在の作品になっていきそうなのか教えてください。 

山本 今までやったことのないジャンルということで、最初は二の足を踏んでいたんですけれど。やってみると思いの外楽しかった。監督として幸せなことに、今まで自分が受けた仕事の中で嫌いになった作品は一つも無いのですが、この作品もその一つになるだろうと思っています。原作もまだまだ続いているので、この1クールの後も続きが作れるならぜひ作りたい。ChamJamが日本武道館へ行くまで、平尾先生が描いてくださるのであれば、ぜひアニメも武道館まで行きたいですね。
(取材・文/丸本大輔)

(C)平尾アウリ・徳間書店/推し武道製作委員会

■アニメ放送情報■
毎週木曜深夜1:28〜TBS
毎週土曜深夜2:00〜BS-TBS
※放送日時は予告なく変更となる場合あり

≪staff≫
【原作】平尾アウリ(徳間書店 リュウコミックス)
【監督】山本裕介
【シリーズ構成】赤尾でこ
【キャラクターデザイン】下谷智之、米澤優
【CGディレクター】生原雄次
【色彩設計】藤木由香里
【美術監督】益田健太
【美術設定】藤瀬智康
【撮影監督】浅村徹
【編集】内田恵
【音響監督】明田川仁
【音響効果】上野励
【音楽】日向萌
【アニメーション制作】エイトビット

【OPテーマ】ChamJam『Clover wish』
【EDテーマ】えりぴよ(CV:ファイルーズあい)
『※桃色片想い※』(※はハートマーク)

≪cast≫
【えりぴよ】ファイルーズあい
【市井舞菜】立花日菜
【五十嵐れお】本渡楓
【松山空音】長谷川育美
【伯方眞妃】榎吉麻弥
【水守ゆめ莉】石原夏織
【寺本優佳】和多田美咲
【横田 文】伊藤麻菜美
【くまさ】前野智昭
【基】山谷祥生
【玲奈】市ノ瀬加那