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1月11日放送の『M-1アナザーストーリー 〜“史上最高”大会の舞台ウラ完全密着〜』(ABCテレビ)に泣いた。こんなもの泣くだろう。
優勝の夢が実感に変わるとき
今回の『M-1アナザーストーリー』は、ミルクボーイとかまいたちの2組を軸に構成されている。ミルクボーイの密着は2人の日常が中心だ。ネタ合わせをする喫茶店、ボケの駒場がバイトするスポーツジム、ツッコミの内海が髪を切る理髪店で、カメラはミルクボーイと周囲の人々の「生活」を映す。
2人を10年以上見ている喫茶店のママ(70代)は「(テレビを)泣いて見られへんのちゃう?」と笑い、内海の角刈りを「出世払いや」と2年間タダで切っている理髪師(70代)からは「絶対優勝すると思う。そら僕が散髪してるのに」と勇気づける。まるで上京する息子を送り出す親のよう。
そして決勝当日。ミルクボーイは劇的な優勝を遂げ、その瞬間2人は「非日常」に放り込まれる。瞬く間に1ヶ月先まで仕事が埋まり、翌朝の情報番組をハシゴし、初めてグリーン車で大阪に帰る。「ウソウソウソ」「夢!夢!」と、優勝を信じられないまま。
家に帰れたのは翌日の深夜。
駒場の家の台所には、ネタに使われる「コーンフレーク」「モナカ」「デカビタ」が飾られていて、毎日妻がお祈りをしていたという。家族が撮ってくれた動画を見せてもらう駒場。審査員の点数が1人1人出るたびに皆が大喜びしており、その中には手を叩いて喜ぶ“オカン”の姿もあった。
一方の内海は、いつもの理髪店へ。理髪師は「断トツやったな!」と内海を迎え、「さすが芸人やと思った」と褒め称える。角刈りを整えながら「今日から金もらうからな」と笑みを浮かべる。
夢のような出来事だったM-1が、いつもの日常と接続する。これまでの年月が報われたこと、周囲の人々が喜んでくれたことを肌で知る。「ウソ」が実感に変わるとき、2人の目から涙がこぼれていた。
肩を抱き合うかまいたちと和牛
3年連続で決勝に進出したかまいたちは、芸歴15年目。

笑神籤によって2番目に登場したかまいたち、1本目のネタは「UFJ」。実はこのネタ、本来は2本目にやるはずだったという(1月14日放送『おかべろ』より)。出番が早いと審査員の点数が「様子見」になりがち。最終決戦に残るために、自信があるネタを急きょ1本目に持ってきたのだ。そしてその目論見は当たる。15年目のキャリアがなせる判断だろう。
その後、和牛が敗者復活から勝ち上がり、暫定ボックスには1位かまいたち、2位和牛が並んで座る。ミルクボーイが史上最高得点をたたき出し、2位と3位に降格。最後にぺこぱが大逆転を果たす。
そして最終決戦。かまいたちは松本人志から一票が入り、準優勝。本番終了後、カメラは控え室に戻る濱家の背中を追いかける。濱家を見つけた和牛川西が、机を回り込んで近づいてくる。再び2組が肩を抱き合った。
川西「ええ漫才見せてもらいました」
山内「これ(準優勝)3回してるってヤバいね」
川西「寿命縮んでるやろ?(笑)」
そして濱家は密着のカメラにようやく笑顔を見せる。
濱家「やっと……やっと終わったという感じ(笑)よくもまぁ本当に、諦めずにやってきたなと思いますね」
山内は川西とラーメンをすすりながら「次やね。M-1の次のステージに」と話していた。かまいたちはラストイヤーだったが、和牛にはまだ出場の資格がある。だが次のステージがどこになるかは、本人たちしかわからない。
『M-1 アナザーストーリー』の冒頭には、他のファイナリストたちの様子も映し出されていた。六畳一間に3人で暮らすオズワルド畠中、犬を散歩させるぺこぱ松陰寺、カラオケ店で鼓を打つすゑひろがりず、神社で神頼みをするニューヨーク嶋佐……。
彼らにも密着のカメラがついていて、彼らの物語を収めていたのだ。それぞれのファイナリストに決勝進出までの日々があり、M-1に賭ける思いがある。そしてそれは、エントリーした5040組全てに言える。
5000以上の膨大な物語を想像すると震えがくる。優勝すれば人生が変わるが、優勝できずに人生が変わった芸人もいるだろう。無名のミルクボーイが優勝した裏に、無名の芸人たちがいることに思いを馳せてしまうのだ。
(井上マサキ)