『とらドラ!』から『いいからしばらく黙ってろ!』まで 青春小説家・竹宮ゆゆこが紡ぐ再生の物語

いいニュースも悪いニュースも、今となっては別の世界のできごとのように思い出される00年代の終わり。そのころアニメやライトノベルに親しんでいた人にとって、『とらドラ!』はきっと特別なタイトルのひとつとして記憶されていることだろう。同作を世に送り出した小説家・竹宮ゆゆこは、このところ一般文芸の世界で新たな地平を切り拓いている。ライトノベル時代から際立っていた独創的な人物造形や、中毒性の高いグルーヴィーな文体はさらに研ぎ澄まされ、強烈なまでの引力で読者を物語の世界へと誘っていく。

最新作の『いいからしばらく黙ってろ!』は、そんな竹宮作品のエッセンスが惜しげもなく注ぎ込まれた青春小説の傑作だ。友人、就職先、そして婚約者と、なにもかもを失って大学を卒業した龍岡富士は、ふとしたきっかけで崩壊寸前の小劇団「バーバリアン・スキル」に転がり込む。個性的な劇団員たちに振り回されながら、自分なりの“野蛮人の技術”を体得していく苦労人気質の主人公……。めくるめく喪失と再生のストーリーは、一風変わった立身出世譚としても楽しめるかもしれない。

ライトノベルから一般文芸へとフィールドを移しても、一貫して青春期のエモーショナルな衝動を描き続けている竹宮ゆゆこ。原作小説を手がけた実写映画『砕け散るところを見せてあげる』の公開も控えるなか、15年以上にわたる創作活動の原動力や、多くの作品に共通するテーマについて話を聞いた。

取材・文/曹宇鉉(HEW)


「最高のカオス」を求めて生まれた変人揃いの小劇団


――これまでの著書にもまして劇的な展開と濃いキャラクターが目白押しの『いいからしばらく黙ってろ!』ですが、どんな流れで作品の骨子が形成されていったのでしょうか。

作品の構想段階で、最初に決まったのが富士の人物造形でした。お嬢様で、でも“上の双子”と“下の双子”に挟まれた苦労人で、なにをするにも損をしがちな主人公が、自らの力を覚醒させて輝ける場所をつかみとる……という爆発的なカタルシスを描きたかったんです。彼女の調整役としての能力が最高に活かされるシチュエーションってなんだろう、と考えたときに、「これはカオスしかない」と。そこから逆算して、混沌とした状況を探しはじめました。

――カオスを求めてたどり着いたのが演劇の世界であり、崖っぷちに立たされたバーバリアン・スキル(以下、バリスキ)だったんですね。

いろいろな種類のカオスを想定したなかでも、単純に「劇団がいちばん面白くなるだろうな」と思ったんです。加えて担当編集に演劇経験者がいましたし、南野のようなエキセントリックな人間も出しやすいですし(笑)。今回の作品に関しては、とにかくエンタメ100%、面白さ100%でいこうと開き直っていました。愉快な人間を次々に出していって、いざメンバーが揃ったときに話が大きく転がっていくようなイメージです。

――常軌を逸した“俺様キャラ”であるバリスキの座長・南野など、個性的な面々の活躍と暴走が描かれた今作。特に気に入っている登場人物を教えていただけますか?

やっぱり南野と、あとは脚本を担当している蟹江ですね。南野については、書きながら自分でも楽しくなってしまって(笑)。現実の生活でも心のなかに南野をひとり飼っておくと、すごく生きやすくなるんですよ。ちょっと「え?」と思うような不条理なできごとに遭遇しても、内なる南野が「フッ、なにを馬鹿なことを」とか言ってくれる(笑)。当初の想定以上に、人間としての面白さが膨らんでいきました。

――蟹江もとても興味深い存在です。バリスキの脚本は前衛的なのに、本人はどこか保守的な価値観を生きていて、繊細でアンビバレントな印象を受けました。

書いてみてわかったのが、「蟹江こそが成長の余地のある、未熟な人間だったのかも」ということですね。まだまだ人間として軸がブレているし、悟りを開けていない。でも読んでもらった人に話を聞くと、どうやら蟹江は女性に人気があるみたいなんですよ。「蟹江くんがかわいい!」と言われると、私としては「かわいいか?」と疑問に思ったりするんですけど(笑)。未熟なところも含めて、どこか女心をくすぐるところがあるんでしょうね。

――『いいからしばらく黙ってろ!』を読んであらためて感じたのですが、竹宮先生が描く人物は、みんなすごくエモーショナルですよね。泣いたり、叫んだり、駆け出したり……。感情のサイズそのものが大きいというか。

この世にあまたいる人間のなかに、大きな感情を抱えた人が仮に何百万人か存在するとしたら、私の作品に登場する人はそのグループから選出したい。選択肢が無数に用意されていても、結局なにかしら劇的なことをしでかしそうな人間をわざわざ選んで書いてしまうんです(笑)。そういうキャラクターがなんらかのきっかけを得て、クライマックスでダーッと走り出すストーリーが、ただただ純粋に好きなんだと思います。

生活感あふれる描写のヒントは不動産情報?


『とらドラ!』から『いいからしばらく黙ってろ!』まで 青春小説家・竹宮ゆゆこが紡ぐ再生の物語
竹宮ゆゆこ著『とらドラ!』(電撃文庫刊)

――振幅の激しいストーリーでありながら、リアリズム的な強度が保たれているところも竹宮作品の魅力です。『とらドラ!』や『おまえのすべてが燃え上がる』などと同様に、『いいからしばらく黙ってろ!』でも“お金”がシビアな問題として立ちはだかります。

経済にうるさいわけではないんですが、お金や住んでいるところを通して生活感をしっかりと表現したい、という気持ちはあります。私、不動産情報を見るのがすごく好きなんですよ。特定の地域の家賃相場を10年以上にわたってチェックしていたりする(笑)。「板橋の1LDKで家賃11万円って、けっこういい部屋だな。30万円くらいはお給料もらってるんだろうな……」みたいな想像から、人間の社会的な背景がわかってくるんですよね。

とくに一般文芸で社会人の話を書くようになって、「どうやって収入を得て、どんな物件に住んでいるのか」について考えずにはいられなくなりました。お金の話を避けていてはキャラクターにたどり着けないし、血の通った人間として立ち上がってこないんです。その文脈を踏まえると、古いアパートで暮らす母子家庭の竜児と、すぐ隣のタワマンにひとりで住まわされている大河のふたりがそれぞれの経済状況を背負った『とらドラ!』は、ライトノベルらしからぬ生活感を出さざるを得なかったところが面白かったのかな、と。

――今作では高崎、恵比寿、南阿佐ヶ谷など実在の地名のほか、「A大」や「M大」など、大学名がほぼ特定できる形で書かれているのも効果的に機能しているように感じました。

ステレオタイプなイメージでしかないのですが、A大はキャンパスの立地的にもなんとなくオシャレな雰囲気で、かたや“演劇バカ”みたいなタイプはM大に多そうな気がしていて……。M大出身の人に聞いたところ、みなさん「そうなんですよ!」という反応だったので、おそらくこのチョイスは間違っていなかったんだろうな、と勝手に思っています(笑)。

――主人公の富士はA大ですが、同大学らしい華やかでおしゃれなキャンパスライフとはほぼ無縁で、学生生活最後の飲み会でもひどい仕打ちを受けるという……。

私なんかが想像するような、A大っぽいキラキラしたできごとは富士には一切なかったんでしょうね。それが似合うキャラクターでもない、というのが彼女らしさなのかも。卒業式の夜の飲み会のシーンは……自分で書いておきながら、ちょっとかわいそうでしたね。「この距離感でそこまで言う!?」みたいな。私自身は、飲み会であんなにつらい経験をしたことはありません(笑)。

――同級生のディスの強烈さに、序盤から全開の“ゆゆこ節”を感じました(笑)。どの作品にも共通する会話劇の生々しさやドライブ感には、なにか秘訣があるのでしょうか。

意識的に「こう書くべき」と考えているわけではなく、わざとらしくならないように書いていこうとすると、自然とああいった会話になるんですよね。ただ「いかにも小説らしい、類型的で嘘っぽい会話は書かないようにしよう」というルールのようなものは、おそらく文章を書きはじめたころから自分のなかで決めていました。

面白いと思うことは、何度でも書いていい


『とらドラ!』から『いいからしばらく黙ってろ!』まで 青春小説家・竹宮ゆゆこが紡ぐ再生の物語
竹宮ゆゆこ著『知らない映画のサントラを聴く』(新潮文庫nex刊)

――『とらドラ!』の竜児の料理が象徴的ですが、竹宮先生の作品では“食”がとても大切なものとして書かれていますよね。『いいからしばらく黙ってろ!』にも、印象的な食事の場面がたびたび登場します。

単純に、私自身が食いしん坊なんです(笑)。美食をしたいとか、グルメであるというわけではないんですけど、私にとって食事ってすごく重要で大切なもので、それ以外のことに欲望が向くことがあまりないくらい。そういう人間が書いているので、どの作品でも食べ物が大きな役割を担っているんだと思います。

――サンドイッチにカレーに回鍋肉と、味がイメージしやすい食べ物がとても魅力的に描写されていて、読んでいるとお腹が空いてきます(笑)。

私の場合、体調が悪いときやストレスがかかっているときって、まず食欲がなくなるんです。食欲がなくなることで、「危機的な状況なんだ」ということがわかる。壮大なネタバレみたいになってしまうんですけど、私の作品内でごはんが美味しく食べられているときは、大抵はストーリーが好転してきているときなんですよ(笑)。逆に登場人物が食事を楽しめなかったり、食べることに興味を失っていたりするのであれば、そこから食欲を取り戻していくのが本筋になるんじゃないか、という気がします。

――“食”以外にも、『いいからしばらく黙ってろ!』には過去の作品のエッセンスが随所に散りばめられていますが、ご自身のなかでも集大成という意識があったのでしょうか。

先に言ったように、とにかく今回は「面白いことはぜんぶ書いちゃえ」という心構えで、なかば開き直って書くことにしました。私自身の内なるコンプレックスや、創作に向かう動機になっているストレンジな部分を余すところなく吐き出して、エンタメとして昇華してみたつもりです。結果として過去の作品やこれから書く作品とモチーフが重複していても、心から面白いと思うことは出し惜しみせずに、何度でも書いていいんだよな、と。

――過去作と共通のモチーフというと、特に『知らない映画のサントラを聴く』で一般文芸に進出して以降、繰り返し“死と再生”をめぐる物語が変奏されているように感じます。

これまでもこれからも、私が創作したいと思うストーリーって「盛大に転んでしまった人間が、どうやって立ち上がるか」ということに尽きるんです。ゼロ、ないしはマイナス地点からのV字回復を書きたいという衝動が、この仕事をしている原動力と言ってもいい。すべてを失った状態からなんとか持ち直していく姿が人間のいちばん面白いところだと思っているので、それが“死と再生”の物語として表現されているのかもしれません。

実写映画の主演・中川大志に「すみませんでした!」


『とらドラ!』から『いいからしばらく黙ってろ!』まで 青春小説家・竹宮ゆゆこが紡ぐ再生の物語
竹宮ゆゆこ著『砕け散るところを見せてあげる』(新潮文庫nex刊)

――新刊に引き続いて、竹宮先生が原作を手がけた実写映画『砕け散るところを見せてあげる』の公開も控えています。試写をご覧になった印象はいかがでしたか?

SABU監督をはじめキャスト・スタッフのみなさんが作り上げたビジュアルは、私がイメージしていたものを軽々と超えてきて、「これが映画のすごさだなぁ……」とあらためて圧倒される思いでした。作品として、本当にすごくよかったんですよ! とてもとても映画を気に入ってしまって、一緒に試写を見た担当編集に「こんなに好きなのは、やっぱり自分が原作だからなんですかね!?」と何度も聞いてしまったくらいです(笑)。

――清澄役の中川大志さん、玻璃役の石井杏奈さんなど、ご自身が創造したキャラクターを有名な俳優陣が演じているというのは、どんな気分になるものなのでしょうか。

すごく不思議な体験で、いまだに自分のなかにストンと落ちてきていない(笑)。『砕け散るところを見せてあげる』には“小説としての面白さを追求する”というテーマがあって、メディアミックスの可能性はまったく考えず、「読んでくれた人がビビるくらいのものを書いてやろう」と意気込んでいた作品なんです。もちろん生身の人間がこの内容を演じるなんて思っていなかったので、ある意味では「本当にごめんなさい」という……。

――文章だけで寒気がするような、かなり凄惨な描写もありますよね。

「大変な目に遭わせてしまって、ごめんなさい!」と言うしかない……。中川大志さんには「すみませんでした!」と謝罪させていただきました(笑)。

――突飛な質問になってしまいますが、『砕け散るところを見せてあげる』や『いいからしばらく黙ってろ!』も含めて、複数の小説が“サーガ”のように同じ平面上で書かれている、という設定はあったりするのでしょうか?

異なる作品をひとつの世界の話として書いている、というのは考えたことがなかったですね。たぶん、それぞれに独立した世界だと思います。『とらドラ!』のスピンオフに『わたしたちの田村くん』と同じ病院が出てくるところが、ほとんど唯一のクロスオーバー的な要素じゃないでしょうか。

――『いいからしばらく黙ってろ!』のラスト数ページを読むにつけ、富士たちの“その後”が描かれた続編はもちろん、バリスキの面々が次回作などにゲストとして登場することにも期待してしまうのですが……。

私自身も『いいからしばらく黙ってろ!』の登場人物たちの造形はとても気に入っていて、書けども尽きぬ小ネタの宝庫だと感じています(笑)。直接的な続編も書こうと思えば書けてしまうんでしょうけど、だからこそ綺麗な形で終わらせておくのが華なのかもな、と。今回出番のなかった小ネタの数々は、また別の作品で、他のキャラクターの姿を借りて書くことになるかもしれませんね。

プレゼント応募要項


インタビューを記念して、竹宮ゆゆこ先生のサインが入った最新作『いいからしばらく黙ってろ!』(KADOKAWA)を1名様にプレゼントいたします。

応募方法は下記の通り。
(1)エキサイトニュース(@ExciteJapan)の公式ツイッターをフォロー
(2)下記ツイートをリツイート
応募受付期間:2020年4月23日(木)~5月7日(木)まで

<注意事項>
※非公開(鍵付き)アカウントに関しては対象外となりますので予めご了承ください。
※当選者様へは、エキサイトニュースアカウント(@ExciteJapan)からダイレクトメッセージをお送りいたします。その際、専用フォームから送付先に関する情報をご入力いただきます。
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※一部の地域では配達が遅れてしまう場合がございます。予めご了承ください。

皆さんのご応募をお待ちしております!
(エキサイトニュース編集部)

作品情報


『とらドラ!』から『いいからしばらく黙ってろ!』まで 青春小説家・竹宮ゆゆこが紡ぐ再生の物語

竹宮ゆゆこ著『いいからしばらく黙ってろ!』(KADOKAWA刊)

大学卒業直後に、婚約者も、就職先も、住む場所さえなくなった富士。彼女が出会ったのは、社会のはみ出し者が集う小さな劇団で――。背に腹は代えられぬ、私はここで生き抜くの! 俊英・竹宮ゆゆこが放つ劇薬青春小説。

『とらドラ!』から『いいからしばらく黙ってろ!』まで 青春小説家・竹宮ゆゆこが紡ぐ再生の物語

映画『砕け散るところを見せてあげる』
(C)2020 映画『砕け散るところを見せてあげる』製作委員会

※新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、当初予定していた5月8日(金)の公開を延期(今後の日程については公式サイト等を参照)

出演:中川大志、石井杏奈、井之脇海、清原果耶、松井愛莉、原田知世、堤真一ほか
原作:竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』(新潮文庫nex)
監督・脚本・編集:SABU
音楽:松本淳一
主題歌:琉衣『Day dream 〜白昼夢〜』(LDH Records)
製作:映画『砕け散るところを見せてあげる』製作委員会
公式サイト:https://kudakechiru.jp/index.html
Twitter:https://twitter.com/kudake_movie

Profile
竹宮ゆゆこ(たけみや・ゆゆこ)

1978年生まれ、東京都出身。2004年に「うさぎホームシック」(『わたしたちの田村くん』所収)でライトノベル作家としてデビュー。その後『とらドラ!』と『ゴールデンタイム』が立て続けにアニメ化され、ヒットを記録する。2014年の『知らない映画のサントラを聴く』を皮切りに一般文芸に進出。実写映画が公開予定の『砕け散るところを見せてあげる』のほか、『応えろ生きてる星』『あなたはここで、息ができるの?』など、青春期の懊悩や恋愛をテーマとした作品をコンスタントに発表している。