第6週「ふたりの決意」30回〈5月8日 (金) 放送 脚本・吉田照幸 演出・松園武大〉


「エール」30話 土砂降りで転んで泣きながらハーモニカ吹く窪田正孝が朝ドラクオリティーを超えている
イラスト/おうか

裕一が捨てたもの

裕一が雨の中、転んでのたうち回る。そのあとの権藤家では服が汚れていない。廊下で祖母と叔父の話を立ち聞き(朝ドラ名物)。

祖母の本音を知って、絶望は極地に。借りた舶来の傘を廊下に雑に置いて去っていく。ん? 何か音がしたけど……ってのぞくというもよくあるパターンだがなかった。中と外を別撮りしているのだろう。

ここで裕一は転んで泥だらけに。家に戻り泥だらけでハーモニカ(西條八十の「かなりや」のように聞こえたけどわかりません)を吹き鳴らす。雨、泥、涙……朝ドラっぽくない深みのある画面と演技をしばし堪能したのち、雨上がり、裕一は喜多一にやって来て「僕はこの家を出ます」と宣言する。

止める弟・浩二(佐久本宝)を乱暴にふりはらい、あわてて「大丈夫?」と言うと、「その優しさがうっとおしいんだよ」と浩二は忌々しげ。

「ここにいて。そばにいて」とお母さん・まさ(菊池桃子)。養子に出したのに「ここにいて。そばにいて」もないだろう。
まさが実のところ肝心なときには息子のことを思って動いてないことはドラマのなかで書かれていた。裕一もそれに気づいていたのだろう。母より自分の幸せを思ってくれている音を選ぶ。でも、母を完全に傷つけるようなことは言わず「幸せを願ってくれているんでしょ」ということにしているところがたぶん裕一の優しさ。

「エール」30話 土砂降りで転んで泣きながらハーモニカ吹く窪田正孝が朝ドラクオリティーを超えている
写真提供/NHK

喜多一の従業員で、先日から急激に“アンチ裕一”キャラになっていた及川(田中偉登)が裕一をわがままだとなじる。セリフから親に捨てられてこの店で働いていたらしいことがわかる。だからなにもかも恵まれている裕一に腹が立ってしょうがなかったのだ。

裕一はそこで自分が何を「捨てるべき」か決意。「音楽」でも「音」でもなく「恵まれた環境」を捨てることで「音楽」と「音」を選ぶのである。なんてすばらしい発想の転換であろうか!

展開が早いというよりもプロモーション映像的(印象的な部分の抜粋。ダイジェストというのとも違う)な展開の〆は三郎(唐沢寿明)と裕一の駅の別れ。

「おまえが(家族を)捨てたって、俺はお前を捨てねえよ」

福島編では、三郎だけが“いい人”として印象に残るのであった。
そして、「あさイチ」で唐沢寿明が登場し、挨拶の福島弁を西田敏行から習ってきたと言い、ますます唐沢寿明って素敵! という良いイメージを強く強く残した。芝居がうまいし華があるからどうしたってそうなってしまうのである。

裕一、東京へ

こうして裕一は東京に。三郎から教わった音の住所を訪れると、外で掃除をしていた音がいて、ひしと抱き合う。
ふたりは東京での新生活のために、コロンブスレコードで契約もする。だが月3500円という高給は印税の前借りであり、年間でそれだけ稼がないといけないというものであった。そんな危険な賭けのような契約に裕一は戸惑うが、音がガンガン押すのでそうしてしまう。

この物語は、天才的な音楽の才能をもった気弱な男が、やたら前向きでガッツのある妻によって社会的に成功していく話なのであろう。私は彼らの姿に、野村監督とサッチーを思い出してしまう。

台本に書いてないアドリブをするということよりも、台本をより面白くする俳優である唐沢寿明からのバトンを受け取ったかのように今度は古田新太が場の空気を盛り上げていく。古田こそどんな状況でも面白くする天才俳優である。いかにも調子のいい自分本意キャラを演じる古田新太。

「エール」30話 土砂降りで転んで泣きながらハーモニカ吹く窪田正孝が朝ドラクオリティーを超えている
写真提供/NHK

大御所だから使っているがつまらないからレコーディングに行かないと部下・杉山(加弥乃)に言うと「つまらないから行かない」と伝えますと返す。
「君は馬鹿なのかな」と慌てる廿日市に「冗談です」と杉山のほうが一枚上手。杉山、けっこういいキャラだと思う。

裕一が小山田(志村けん)の推薦だから使っているけどどうなるか……という状況説明をみごとに、廿日市のドラマにしてしまっているからやっぱりすごい。「とと姉ちゃん」でも後半、唐沢寿明と古田新太で保たせていたので、福島編から東京編のばたついた部分をなんとかやりきったといえるだろう。唐沢寿明と古田新太に共通するのは、芝居のうまさと華だけではない、芝居に対して真摯であること。自分が引き受けたことをどんなときでも最後まできっちりやりきる責任感である。

「あさイチ」で福島ことばが完璧であるという話で唐沢は、その努力に対して、「数やるしかないですよね」「努力するしかないですよね、最後は」「やらなきゃやらないだけの結果しかでないですから」と答えていたことが印象的。才能も人一倍あるんだろうけれど、誰よりもやってるんである。

また、「あさイチ」で演出家の吉田照幸が唐沢について「撮影に入る前に台本をまるまるほとんど記憶している。なのに本番で突然、幽霊をする。徒競走の練習するシーンもアドリブで抜かれる〜という芝居をする」と台本を覚えたうえでの自由さを褒めていた。ここで重要なのは、台本を覚えてないで勝手なことをするのではなく、台本に書かれたことを理解したうえでそれをより面白く伝える動きを加えていくことである。
若い俳優はここを間違ってはいけない。

自由な演技について、唐沢は昔、樹木希林と共演したとき、彼女のアドリブに振り回されていたので、今「たぶん仕返しをしているんでしょうね」と答えていたが、「仕返し」とは「恩返し」の意味じゃないかと私は思う。先輩俳優が自由に芝居をすることを教えてくれたことへの感謝と、それを後輩たちに伝えていくことではないかと思うのだ。唐沢寿明みたいな人が未だいることがとても大事だ。

「エール」30話 土砂降りで転んで泣きながらハーモニカ吹く窪田正孝が朝ドラクオリティーを超えている
写真提供/NHK

「あるわよ、裏の家」

仕事は決まった。次は新居探し。途中、ふたりは「バンブー」という名の喫茶店を見つける。ふたりを結ぶ「竹取物語」にちなんだ名前に惹かれて中に入ると、その裏には、広くて素敵な物件が。ふたりはそこで新生活をはじめることにする。

バンブーの店員は、梶取保(野間口徹)、梶取恵(仲里依紗)。これまた面白そうなメンツ。バンブーのテーブルに座った音が頬杖をついてセリフをしゃべるところが、いかにもコントの一幕という感じであったが、そのあと「あるわよ、裏の家」と裏口を開けて紹介されるので、本当にコントっぽかった。

折り重なる寸劇、ときどきシリアスな場面、NHKでは多様なドラマをやっていますという技の見本市としてのPR動画のようであった。


7週からの夫婦二人三脚東京編が楽しみである。
(文/木俣冬、タイトルイラスト/おうか)

(これまでの木俣冬の朝ドラレビューはこちらから)

「エール」30話 土砂降りで転んで泣きながらハーモニカ吹く窪田正孝が朝ドラクオリティーを超えている
NHKドラマ・ガイド「連続テレビ小説 エール Part1

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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