
志摩と伊吹が良い塩梅に交わってきた「MIU404」10話
最終回に向けて最高に盛り上がった「MIU404」(TBS系 毎週金よる10時〜)第10話「Not found」(8月28日放送)。ネット空間と現実の街、2つの世界を交差させてスピーディに転がって、あ! と心の急ブレーキをかけそうな場面が、あ! あ! と何箇所もあって、心臓がバクバクしまくった。来週是が非でも観たいと思う強烈な求心力。黒幕かと思われたエトリ(水橋研二)は彼を乗せた護送車が爆破され、あっけなく死んでしまった。エトリは都市にはびこる犯罪者のひとりにすぎない。彼もまた誰かの指示で動いていた。エトリに指示を出していた人物、殺した人物はおそらく同一――
「それは久住(菅田将暉)……」とつぶやく志摩(星野源)。
「それ志摩の勘?」となんだか嬉しそうな伊吹(綾野剛)。
理性の志摩が伊吹のように勘でものを言うのは珍しい。朱に交われば赤くなる。志摩と伊吹は良い塩梅に交わってきている。
良い交わりもあればよろしくない交わりもあって。逮捕された成川(鈴鹿央士)は久住に助けられ悪い道に誘われた被害者でもある。ふたりが接触していた池袋のシェアオフィスに集う多くの若者たちにもドーナツEPは広がっていた。
ドーナツEPは入り口であって、その先に覚醒剤が待っているのだと伊吹は彼らに説く。
この街にはやさしい悪魔が潜んでいる。関西弁で陽気に振る舞いながら若者たちと話を合わせて心のスキマに忍び込んでゆく久住を、志摩は「メフィストフェレス」に例える。それを「メケメケフェレット」と聞き違える伊吹。
ゲーテの物語ではメフィストフェレスは犬(ふさふさのむく犬。手塚治虫の描いた犬はかわいいですよ)に化けてファウストに忍び寄り、彼を破滅へと誘う悪魔。望みをかなえることと引き換えに魂を奪う、究極の飴と鞭の使い手である。
古来から闇代表であるメフィストみたいな久住を演じる菅田将暉。彼は昨年(2019年)、カミュの描いた、ローマ市民を徹底的に迫害した皇帝カリギュラを舞台で演じている。カリギュラは深い絶望と哀しみに裏打ちされた暴力性だったけれど、久住には何があるのか。
久住(クズを見捨てる)、五味(ゴミ)という名前を複数持ち、会う人、会う人に話を合わせ、本当の彼のバックグラウンドはわからない。
立橋の欄干のアゲハチョウにそっと近寄り、掴み損なう久住。彼のその手指は舞踊家のように繊細で、魔術でも行うように捕まえることは容易そうで、でもそうならないのは、わざと逃して操る、そんなイメージなのだろうか。それとも彼にも何か希求するものがあるのだろうか。
『MIU404』と同じ金曜ドラマ『ずっとあなたが好きだった』(92年)の冬彦さん(佐野史郎)は蝶を捕まえてコレクションしていたが、久住はそれより掴みどころがない。
犬にも化けられる悪魔メフィストフェレスに立ち向かうのは、犬のおまわりさん(伊吹はシェアオフィスの店員の匂いでドーナツEPに気づく)。物語は伊吹と志摩 VS 久住の闘いへと一気に加速していく。
正しいことを正しさをふりかざして暴力的に行使しないのが「MIU404」
久住は市井の人々をぬけぬけと操っていく。ナウチューバー・特派員RECこと児島弓快(渡邊圭祐)は、久住から情報を得て、エトリの死を警察が自身の悪事を隠蔽するために爆弾を仕掛けた、自作自演としてネットニュースに流すと、世間はたちまち、色めき立つ。第4機捜は「謎の4機捜」――秘密部隊じゃないか説でもちきりに。ここで404 Not foundと503 Service Unavailableの違いを知らなかった桔梗(麻生久美子)が嘘をついていると揚げ足をとられてしまう。なにもかも、現実のネットで行われているようなことばかり。
真実とは何か。「MIU」と同じ金曜ドラマ「ケイゾク」(99年)をはじめとして、警察ドラマでは常に問われる「真実」。人類の永遠のテーマといってもいい「真実」は掴みどころがなく、いとも簡単に変容していく。人の数だけ真実があり、「人は信じたいものを信じる」から、ときに「真実」を求めたり突きつけたりすることは暴力になる。
真実を弄び貪る民衆の祭りに巻き込まれた桔梗は「バカばっかり」と憤る。古臭い男社会のなかで働いてきた彼女の人生の機微を、何も知らずに勝手に単純な安い物語に書き換えようとしていく匿名の民衆たち。「女詐欺師M」に仕立てあげられた麦(黒川智花)はこの事件の要因でもあるけれど、「私が引け目を感じたら桔梗さんに失礼だ」と思い直す。
もともと正義感のある麦だったが、エトリの暴力に怯えて動けなくなっていた。そこから救ってくれたのが桔梗。だからこそ堂々と自分の潔白さを表明して立ち続けなくてはいけない。桔梗の心が届いた麦は立派に立ち直ったのだ。そこに希望がある。
「正義ってすんげえ弱いのかもしれねえなあ」
「大切にしてみんなで応援しないと消えてしまうのかもしれないなあ」
と伊吹は、「悪いやつはぶっ殺しちゃえばいいよ」と無邪気に言うゆたかを諭す。
正義とはもしかして蝶の羽のように弱くて脆いのかもしれない。だからこそ大事で、だからこそ壊さないようにそっと、やさしく。伊吹も志摩も桔梗も、未然に犯罪を防ぐのみならず、正しいことを正しさをふりかざして暴力的に行使すればそれはもう正義ではない。踏みとどまって正義を守ることこそが正義。そこが「MIU404」らしいところではないだろうか。
騙し騙され、一進一退の攻防に
事件が大事になったとき、九重(岡田健史)は父(矢島健一)の力で異動になる。自分だけ守られることが悔しくてならない九重に、彼にしかできないことがあると希望を託す陣馬(橋本じゅん)。陣馬はコツコツ、ドーナツEPの製造工場を捜査する。ここにも真面目に働いている人の希望がある。一方、久住は暴力的に、志摩たちを攻撃してくる。『コンフィデンスマンJP』のように騙し騙され、一進一退の攻防。そこで役立つ出前太郎。
終盤、息をもつかせぬ展開になる。『踊る大捜査線』とか『相棒』が映画化されたときみたいなスケール感の事件が発生。でもそれがまた、人が勝手に信じる「真実」を逆手にとったものだった。
「感電」タイムはここ。同じ曲なのに、いつもは感動して泣けるのに、今回はまるで久住があざ笑っているかのように聞こえた。
ナウチューバー児島は、あんなに自分で現場でカメラを回しているのに、久住の偽情報をあっさり信じて拡散。同じような人たちがそれをまた拡散。「点と点を結びつけ」勝手にストーリーを作り出していく。想像力も間違った方向に転がると迷惑以外の何者でもない。
「噂」というのは昔からある暴力のひとつと言っていいが、SNSの隆盛によって暴徒化はますます激しくなるばかり。ひどいことを書いた人に実際会ってみると、一人ひとりはそれほど悪い人ではないなんて話もよく聞くが、そういう人たちの意識が集まって別なものに変容していく、理性や理屈が通用しない闇につけ込み、増殖していくものの象徴が久住なのかもしれない。なんつって、こんな想像、さくっとひっくり返されそうな気がするが。
それにしても、爆発事件、ネットや電話の情報で警察全体が振り回されてパニックになるが、現場のすぐそばの警官が確認しないのだろうかとも思うけれど……。
まるごとメロンパン号も、あれだけ目立つ車が事件があるたび現場に駆けつけていると東京の噂になるレベルであろうと思っていたところ、ようやく世間に警察の車だと認識された。でもその認識のされ方は魔女狩りか何かのようで――。
次回、最終回。
桔梗の亡くなった夫には勝てないとしょげる志摩の言葉を受け、あとになって伊吹はこう言う。
「生きてりゃ何回でも勝つチャンスがある」
志摩は応える。
「了解、相棒」(このときの星野源の間合いが最高)
ここまで繋がってしまったふたり。だからこそ次回は最終回なのだろう。でも最終回のためにふたりの関係が深まってしまうなら、まだ全然深まらなくていいとさえ願ってしまう。もっとわかりあうまでこんがらがっていてほしい。
(木俣冬)
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番組情報
TBS 金曜ドラマ『MIU404』毎週金曜よる10:00〜10:54
番組サイト:
https://www.tbs.co.jp/MIU404_TBS/