『エール』第14週「弟子がやって来た!」 70回〈9月18日(金) 放送 作・嶋田うれ葉 演出:松園武大〉

五郎は退場しなかった
『おはよう日本 関東版』の桑子アナが五郎(岡部大)について「爪痕残しました」と讃えたが、五郎は退場していなかった。それどころか、梅(森七菜)の婚約者となり、彼女と一緒に豊橋に行って、馬具職人の修業をすることになる。これはシンデレラボーイである。梅が五郎を想っていることを知った裕一(窪田正孝)は「久志(山崎育三郎)、五郎くんに負けたってこと? この世には信じられないことが起こるもんだねえ」と感心する。
おいおい、裕一は何を基準に、久志と五郎を比べて、久志が有利と思うのか。顔、家柄、お金、歌がうまい……。長年の付き合いで、久志がいいヤツだとわかっているという贔屓目もあるだろう。でも、音楽学校時代ならともかく、今の久志はどう考えても“残念な男”である。
久志より五郎であるわけ
五郎は……貧しい。作曲の才能がない。イケメンではない。でも、愛嬌があり。働き者。誠実。手先が器用。生活能力は五郎のほうがあると思う。
梅は、宿命のライバル・結ちゃんこと、幸文子(森田想)に自作のことを「人間描写としてはもう少し深くても、と感じました」と言われてしまうが、存外、人を見る目があると思う。人間の外側ではなく内面を見つめている。
梅と五郎のカップル、そして久志の敗北。この展開に、朝ドラにおけるポリコレ配慮が感じられる。
イケメンよりも求められるのは
フィクションでは美男美女が結ばれることが主流だったが、このところ、その波に変化が起きている。きっかけは、2018年の『大恋愛〜僕を忘れる君と』(TBS)。喜劇俳優・ムロツヨシが戸田恵梨香の相手役に抜擢され、これが思いのほか、ハマっていた。おもしろくて優しい。女性を常に支え、励ましてくれる。そんな理想的な男性像をムロツヨシは演じた。
岡部大もまた『私の家政夫ナギサさん』(TBS)で、主人公の同僚・薫(高橋メアリージュン)が「自分のことを見てくれる人」という理想に合った好人物を演じていた。その『ナギサさん』では年の離れた“おじさん”が主人公の相手役になる。
『大恋愛』や『ナギサさん』の人気は、恋愛の形もいろいろあることを物語でも描こうという意識の現れではないだろうか。
岡部大が今、ちょうどいい
美男美女、朝ドラはとりわけそれで、主人公と相手役は美男美女と決まっていた印象はある。とりわけ近年は、イケメンと呼ばれる男性俳優を相手役以外にも次々出演させてきた。『エール』では、裕一、久志、鉄男(中村蒼)の福島三羽ガラスはイケメンぞろいだし、『スカーレット』ではヒロインの幼馴染に林遣都、『なつぞら』では義父、兄、義兄、幼馴染、仕事場の恩師等々、シュッとしたイケメンで固めていた。おじいちゃんまで草刈正雄という元祖イケメン。『まんぷく』ではヒロインの義兄に要潤、大谷亮平と、そこはひとりコメディリリーフを入れても良さそうなところにもイケメンを入れてきた。
そんな時代ももう終わり。美人とかかわいいとかイケメンとかも差別になることもある。もっと多様な個性がドラマにも求められている。そんな状況に、岡部大は“ちょうどいい”のだと思う。
文子が梅の作品を「透明感があって、郷愁を誘う素敵な作品でした」と評価するが、岡部大は「透明感があって、郷愁を誘う素敵な俳優」である。
梅、そして森七菜の才能
幸文子との対談の場でいきなり、故郷・豊橋に帰ると言う梅。そのうえ「かけがえのない人ができました。彼は居場所を探しています。私が彼の居場所になりたい」とマウントをとる。文子が席を立つ気持ちもわかる。可愛い。文才がある。良き理解者がいる。確かに、梅はなんでも持っている。対談で文子に「偽善者」と嘲笑われ、意地悪されても、自分から声を荒げることはない。大きな眼鏡が常にずり落ちそうでしっかりした鼻頭を圧迫している。
手を差し伸べたいと思わせる立ち位置で「かけがえのない人ができました」とドヤ顔することなくさりげにマウントとる。これが梅のようなタイプの強さであり、怖さである。文子にも、嫉妬や怒りを原動力にして書いているという存在意義(居場所)を与えてあるものの、結局、最後に勝つのは梅みたいなオンナなのだ。
岩城(吉原光夫)に鍛えられている五郎をにんまり見つめている表情は、主人公の妹役をすでに越えて、ヒロインのようである。こういう子を、いやだなあと思わせず、この子ならしょうがないと思わせる説得力が森七菜には備わっている。それこそが誰でも手に入るものではない、選ばれた者のみが持つ「才能」であり、「才能とは何か」を問うエピソードの中心人物に森七菜がいることで、このエピソードが圧倒的な真実味を帯びた。
(木俣冬)
※次回71話のレビューを更新しましたら、以下のツイッターでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね。
【エキレビ!】https://twitter.com/Excite_Review
【エキサイトニュース】https://twitter.com/ExciteJapan
主な登場人物
古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。
古山華…田中乃愛 古山家長女。
関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になる。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子
廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。
梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。
佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。
藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。
御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和