『エール』第15週「先生のうた」 71回〈9月21日(月) 放送 作・清水友佳子 演出:鹿島 悠〉

『エール』の裕一とモデル古関裕而の「露営の歌」誕生の相違点はここだ
イラスト/おうか

裕一、「露営の歌」が大ヒット

昭和12年、日中戦争が勃発し、徐々に日本国民の生活にも影響を及ぼし始める。

雨のなか、出征していく人たちを「万歳、万歳」と見送る人たちの姿を遠くから見つめる裕一(窪田正孝)、音(二階堂ふみ)、華(田中乃愛)。雨のせいか画面がほんの少しけぶって見える。
冒頭に流れたこの時代の実際のフィルムのモノクロに色調を合わせたのだろうか。これまでの『エール』の明るい画面とは少し印象が違って見え、時代の変化を感じさせるようだった。

その夏、裕一は新聞で見た「露営の歌」の歌詞に惹かれ、自主的に曲を作る。すると、ちょうど廿日市(古田新太)からこの歌詞の作曲を頼まれる。この曲を久志(山崎育三郎)が歌い、50万枚のヒット。裕一はついに売れっ子作曲家の仲間入りをはたした。


これまであれだけ裕一を小馬鹿にしてきた廿日市までが手土産を持って家に訪ねて来て、「先生」「いずれこうなると信じてましたがね」などと媚びるようになる。

いまや音楽業界は「国意高揚」「忠君愛国」を煽る曲で売上を成り立たせているのだと廿日市は言う。コロンブスに限らずどこのレコード会社も同じく、時代に合わせて生きていく。それが生き延びるための最大の方法なのだ。廿日市の人として矮小な調子の良さは小市民そのもの。それは憎みきれない、むしろ愛すべき存在に映る。
日本に愛国精神が広まっていることは、華が無邪気に書く習字が「日本」であることからもわかる。

古関裕而の「露営の歌」はどうだったか

裕一のモデルである作曲家・古関裕而は昭和12年、妻・金子と満州に旅行に行っている。そこには金子の兄や妹が暮らしていた。古関夫妻は日露戦争の激戦地跡を見てまわり、その帰国途中、読んだ新聞に「露営の歌」の歌詞が掲載されていた。大阪毎日新聞社と東京日日新聞社が共同で募集した「進軍の歌」の第2位に選ばれた薮内喜一郎の書いた詩は、古関が特急の各駅で見た出征兵士の出発状況や満州で見た戦争の跡と重なった。

このとき古関は、レコード会社から急いで帰るように電報をもらっている。まさかその理由が、この歌詞の作曲依頼だったとはそのときは思ってもいない。
ただ歌詞に惹かれて、門司から東京に向かう特急に揺られながら、自主的に曲を書いた。戦地に向かう者たちを送る側の気持ちがこもった歌詞を彩る「哀調をおびた、しかも力強く勇壮なメロディ」(『鐘よ鳴り響け』87ページより)が、多くの国民の気持ちと重なって大ヒット、古関裕而の代表作となる。

『エール』では満州旅行は割愛されている。史実から使用されているのは、裕一が歌詞に自主的に曲をつけたこと、大ヒットしたことなど。久志のモデルである伊藤久男が歌ったことも史実から生かされている。「勝ってくるぞと勇ましく 誓って」の「く」と誓うの「ち」を息継ぎなしで歌うところが重要で、プロのミュージカル俳優・山崎育三郎が「く〜ち」ときちんとつないで歌っている。
さりげなく聞こえるのは、実力ゆえ。

ドラマでは、廿日市が、裕一の作った曲が短調で暗いと感じるも、B面だからいいかと妥協のうえ採用。結果的にこの曲が売れることになる。

そのときのA面は、史実だと公募第1位の「進軍の歌」。陸軍戸山学校軍楽隊が明るい長調で作曲したものだった。当初はさほど売れなかった「進軍の歌」と「露営の歌」のカップリングは発売から2カ月ほどした頃、「露営の歌」が前線の兵士たちに歌われているという新聞記事によって火がついた。
作詞した薮内が京都で勤務していたこともあって、京都嵐山に歌碑まで作られるほどの人気となった。

残るは鉄男だけ……

「露営の歌」はメロディこそ哀感が漂っているが、拍子はカツカツと行進していく足並みのように安定して力強い。進軍の勢いのように「露営の曲」は50万枚突破のヒット、裕一の生活は豊かになっていく。

廿日市の根回しによってまだ普及していない電話をひく。だが、音は、姉の吟(松井玲奈)に「暮らしはなんも変わってない」と言う。これは、音が収入に左右されない平常心を持っているからか、姉に気を使っているか、どちらであろうか。羽振りがよくなっても、それをひけらかさないことが生きる知恵というものである。


ちなみに、売れる前から裕一がフィルム撮影機を手に入れ娘などの記録映像を撮っているのは、古関裕而が「フランスのパテ−社の9ミリ半のフィルムを使うホームムービーを撮っていた」という自伝の記述から生かしたのであろう。

モデルの古関裕而はこの年(昭和12年)、のちに「君の名は」や「放浪記」などを生み出す劇作家であり作詞家である菊田一夫と出会っている。菊田は北村有起哉が演じるとすでに発表済みだが、ドラマではまだ姿を見せず、そのまま1年が経過。

裕一は家族のためにオルガンを購入。オルガンが手に入ったことで、音は少しずつ音楽活動を再開しようと考える。これまでは出産、育児を優先していたが、華もだいぶ手がかからなくなってきたので、決意できたのだろう。音は、オルガンを使って音楽教室を始めようと募集のチラシを作る。

裕一と久志は売れっ子になり、音は音楽活動を再開。あとは鉄男(中村蒼)だけ。細々と作詞活動はしているが生活のためにはまだおでん屋を続ける必要があった。そんな日々にちょっと元気のない鉄男。裕一は、久志のモノマネをしながら「人にはそれぞれ花開くのに 最適な時期があるもんさ」と励ます。気取った口ぶりや身振りがなかなか似ていて(鉄男は「似てねえ」と言うが)、窪田正孝、芸達者である。
(木俣冬)

●参考文献
「鐘よ鳴り響け 古関裕而伝」(古関裕而/集英社文庫)
「古関裕而―流行作曲家と激動の昭和」(刑部芳則/中公新書)
「古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家」(辻田真佐憲/文春新書)
「新版 評伝 古関裕而」(菊池清麿/彩流社)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…田中乃愛 古山家の長女。
関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』の裕一とモデル古関裕而の「露営の歌」誕生の相違点はここだ
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和