『エール』第15週「先生のうた」 72回〈9月22日(火) 放送 作・清水友佳子 演出:鹿島 悠〉

『エール』72話  福島三羽ガラス始動 鉄男のモデル・野村俊夫はどうだったか、史実と比較する
イラスト/おうか

福島三羽ガラスがいよいよ始動

「露営の歌」が大ヒットして1年、音(二階堂ふみ)の姉・吟(松井玲奈)の夫で軍人の関内智彦(奥野瑛太)が裕一に、映画『暁に祈る』の主題歌を作ってほしいと依頼にやって来る。

これは“軍馬に関する世間の関心を高める”ための映画。軍馬といえば、吟と音の実家は馬具製品を作り、軍に納品している。
智彦にも裕一にもまったく無縁な仕事ではなさそうだ。

智彦は裕一を「いまや『愛国歌謡』の第一人者」と思っているとまで言う。ということは、「露営の歌」のほかにもこの一年で愛国歌謡を何曲か作って評判だったのだろうか。古山裕一のモデル古関裕而の自伝の中の作品リストを見ると、それっぽい題名の曲が昭和12年、13年にいくつも並んでいるので、おそらく裕一も……。

『暁に祈る』主題歌の依頼を引き受けるにあたり、裕一は、歌詞を鉄男(中村蒼)、歌唱を久志(山崎育三郎)に頼もうと考える。「福島行進曲」では久志が参加できなかったが、今度こそ「福島三羽ガラス」で作品ができそうで、心はやる3人。
ところが、鉄男が作った第一稿は軍の関係者から「軟弱ですな」と言われてしまう。

鉄男のモデル・野村俊夫はどうだったか

鉄男のモデルとされる野村俊夫は「暁に祈る」の歌詞を書いている。史実だと、この歌が発表されたのは昭和15年。鉄男がまだ作詞家を生業にできずぐだぐだしている昭和13年にはモデルの野村俊夫はすでにコロムビア・レコードで活躍し、結婚して子供も生まれていた。

『東京だョ おっ母さん 野村俊夫物語―生誕百年記念―』(斎藤秀隆著)の年表によると、モデルの人生(の一部)はこう。

昭和6年 上京。浅草入谷でおでん屋「太平楽」開業。
「福島行進曲」発売。フリーの作詞家になる。
昭和10年 菅野ハツとの婚姻届を提出、長女誕生。
昭和13年「徳利の別れ」
昭和14年「ほんとにほんとにご苦労ね」「上海夜曲」 コロムビア・レコード専属作詞家になる。
昭和15年「暁に祈る」

苦労もしているけれど、鉄男ほど長く芽が出ていない様子ではなく、地道に着々作詞家として活動している印象である。

野村俊夫のヒット作「ほんとにほんとにご苦労ね」は、のちにザ・ドリフターズが替え歌を歌っていて、ここで志村けんがつながると思うと感慨深い(替え歌ができたときは志村はドリフの一員ではまだなかったが)。


「ほんとにほんとにご苦労ね」は兵隊さんをねぎらう歌なので、史実では野村俊夫はすでに軍事歌謡(戦時歌謡? 愛国歌謡?)を手掛けていることになる。『東京だョ おっ母さん 野村俊夫物語―生誕百年記念―』によると、新聞記者時代に培ったリベラリズムの気質から戦時歌謡の作詞には消極的だったとある。

『エール』72話  福島三羽ガラス始動 鉄男のモデル・野村俊夫はどうだったか、史実と比較する
写真提供/NHK

音は音楽教室を始動

音は音で音楽教室を始める。一時はチラシを貼っても生徒が集まらず不安になるも、喫茶バンブーの恵(仲里依紗)の協力もあって生徒が集まった。

生徒は5人。梅津弘哉(外川燎)佐智子(森美理愛)シズ子(笹川椛音)澄子(石井友奈)節子(伍藤はのん)。弘哉だけが音程を外して、それによって教室の空気がギスギスしてくる。


すっかりいやになってしまった弘哉に、裕一がハーモニカをプレゼントする。裕一も幼い頃、ハーモニカが味方だったから、弘哉も救われるとよいなと思う。

戦争編が始まったということで、なんだかひたすら重たい話になるのかなと思ったが、子供たちの無邪気な明るさが救いになっている。弘哉のお母さん・トキコが、朝ドラ常連・徳永えりであることも朝ドラファンにとってはうれしい。トキコの名前は『わろてんか』のトキから来ているのだろうか。

「浜辺の歌」を考察

音が練習曲に選んだ曲は「浜辺の歌」。「かなりや」をつくった成田為三が作曲、作詞は林古渓。
「かなりや」はかつて、裕一がハーモニカで吹いていた歌である。

この曲の特徴は二部形式で、AとB二つの楽節から成り、かつその二つが関係し合っているもの。二つが関わり合って構成されているといえば、音と裕一の関係もまさにそうである。お互いが各々自立しながらも助け合って、ふたりでなくてはならない。音がこの曲を選んだ理由はここにあるのではないかと仮説を立てると興味深いことが浮かび上がってくる。

また「浜辺」といえば、豊橋の思い出の浜辺も思い浮かぶ。
『エール』の前半は、登場する楽曲が物語とさりげなく関係ありそうなものだった。最近、それがご無沙汰であったが、久しぶりに物語と音楽との関係を考察できる楽しみが戻って来た。

朝ドラ名物・国防婦人会

吟は国防婦人会の活動に熱心で、前はオシャレが大好きだったのに今や化粧もあまりしていない。お国の非常時、着飾っている場合ではないと思っているようだ。

国防婦人会とは、戦争を支える女性団体。兵隊になって戦争に参加できない代わりに、お見送りをするなど働く女性たちの団体。朝ドラではたいてい、主人公の自由な行動を批判する側。それで、筆者は、朝ドラに反対意見を述べるとき、“朝ドラ国防婦人会”を名乗るようにしている。

吟は、音に国防婦人会の活動をするよう言うが、音は気が進まない。もともと、吟と音は考え方が合っていなかったが、今後、吟が、朝ドラ名物国防婦人会の一員として、音に何かとガミガミ言うようになってしまうのだろうか。良くも悪くも音と吟の関係性が発展しそうだ。そして、今後、朝ドラ国防婦人会が発動されることがあるかお楽しみに。
(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…田中乃愛 古山家の長女。
関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』72話  福島三羽ガラス始動 鉄男のモデル・野村俊夫はどうだったか、史実と比較する
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和