『エール』第15週「先生のうた」 74回〈9月24日(木) 放送 作・清水友佳子 演出:鹿島 悠〉

『エール』久志・鉄男・裕一の“原点”藤堂先生の出征が明らかに 74話
イラスト/おうか

裕一と鉄男、福島へ――

“軍馬に関する世間の関心を高める”映画『暁に祈る』の主題歌を頼まれた鉄男(中村蒼)は6回書き直しても、軍の気に入るものを書けない。もう一回チャンスをもらったものの、鉄男はすっかりやる気を失っていた。

鉄男自身は何度もダメ出しをされて心が折れていることもあるし、そもそも軍の意向に気が進まないようだが、裕一(窪田正孝)は諦めきれない。
何らかのきっかけを掴ませようと鉄男を連れて故郷・福島に向かうことにする。

その話を聞いて、喫茶バンブーの保(野間口徹)は「原点に返る」行為と理解する。生まれ故郷は誰にとっても「原点」である。生まれて初めて見た原風景はいつまでもなんらかの影響を与えるもの。

裕一がそう考えたのは、弘哉に与えたハーモニカが彼の心を変えたことが作用しているかもしれない。ハーモニカは裕一の音楽の原点だからだ。


「そっか」と裕一が名案を思いついたとき、70話の冒頭で裕一が曲を思いついたときに流れた、魔法にかけられたような劇伴がかかっていた。

久志もやって来た

あじさい咲き乱れる福島に裕一と鉄男が帰ってくると、久志(山崎育三郎)がいた。ふたりが帰郷したと聞いて追いかけてきたらしい。父親が年老いているので時々、帰省しているそうだ。久志は、割烹着を身に着け、かいがいしく、まさ(菊池桃子)の手伝いをする。

久志はサービス精神のある人物なのだなあと思う。大人になった久志は子供の頃よりずいぶんちゃらくなった気もするが、誰かの世話をしないではいられないところは子供のときから変わっていない。
そこが彼の原点でもあるかもしれない。

彼らの原点

「露営の歌」のヒットによって、久志は地元でも大人気。裕一とふたり、「福島の星」扱いされているなかで、鉄男だけがまだ何者にもなっていない。だからこそ、裕一は鉄男にも「暁に祈る」でなんとかチャンスを掴んでほしいと思っているのだろう。友情である。

だが、福島は、鉄男にとって捨てた場所。借金をこさえた親に連れられて逃げるように去った過去がある。
その後、口には出さないが、家族はもういない様子。離散したのか、死別したのかは不明だが、孤独な鉄男を裕一は心配しているのだろう。

裕一が子どものときに、鉄男に助けてもらったり叱咤激励されたりしたにもかかわらず、鉄男の窮地を救うことができなかった。幼い彼にはできるわけもなかったのだけれど、きっとそのときの心の痛みを裕一は忘れていない。

6話では鉄男の書いた詩につけた曲を裕一がハーモニカで吹いていた。あのもの悲しさは子役たちのいじらしさも手伝って『エール』初期の名場面のひとつ。
ハーモニカは、裕一と鉄男をつないだ原点でもある。

藤堂先生との再会

裕一は藤堂先生(森山直太朗)を呼んでいた。妻・昌子(堀内敬子)と子どもも一緒に来て、みんなで宴会。裕一、鉄男、久志の“原点”とは福島というより藤堂先生なのである。

歌う楽しさを教わった久志、
詩を諦めるなと新聞社を紹介してもらった鉄男、
得意なものを見つけてもらった裕一。

藤堂先生がいなかったら「福島三羽ガラス」は存在していなかった。子どもの芽をみつけて光を当てる、教師の仕事とはこういうことをいうのだろう。
藤堂は教師の鏡のような人だ。

にもかかわらず、藤堂は出征するという。いつの間にか予備役将校になっていた。

戦時歌謡の歌詞が書けない鉄男に、藤堂は出征する自分のことを思って書いてみないかと助言する。裕一と鉄男の曲で見送られたいとも。

鉄男のモデルである野村俊夫と違って、鉄男を徹底的に孤独に描いている理由は、誰かを思って書くことを強調するためであろうか。
「福島行進曲」は別れた恋人を想って書いたものだった。

家族や恋人がいないと芸術が生み出せないわけではなく、孤独から生み出す作家もいるけれど、先生の「誰かひとりに向けて書かれた曲って、不思議と多くの人の心に刺さるもんだよな」という言葉はものづくりの一つの芯を捉えている。戦時歌謡のヒントを先生は鉄男に与えたのだ。

先生が再び、悩む鉄男に手を差し伸べたとき、太陽はふたりを照らさず、雨が降っている。緑を美しく見せる雨の存在は、鉄男と藤堂の置かれた状況の複雑さを物語るようにも見えてくる。

朝ドラ国防婦人会

保の原点は「本のニオイ」。古本屋を営んでいた過去が今も保を形作っているらしい。ではここで「朝ドラ国防婦人会」を発動してみよう。

「朝ドラ国防婦人会」とは朝ドラに関する疑問点を取り上げ考えるときに、朝ドラでお国のためという理由で他人の行動を詮索し口を出す、主に悪役的に描かれがちな「国防婦人会」をもじったコーナー名である。

保が古本屋をやっていたことを今も大事にして本の匂いを原点と考えているにもかかわらず、喫茶バンブーには本の気配はあまりない。片隅に素敵な本を並べたコーナーがあっても良さそうなものだが、竹をモチーフにしたもので占められているのみ。大筋に影響のない部分ではあるとはいえ、ここは少しだけ残念に感じてしまうところである。
(木俣冬)


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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…田中乃愛 古山家の長女。
関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』久志・鉄男・裕一の“原点”藤堂先生の出征が明らかに 74話
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和