『姉ちゃんの恋人』8話 「強い」とはどんなことをも楽しいことに変えてしまう力を持っていること
イラスト/ゆいざえもん

※本文にはネタバレを含みます

ハラハラと感情の高低差の激しかった『姉ちゃんの恋人』8話

『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジ系 毎週火曜よる9時〜)第8話は、ハラハラから、まったり、そしてハラハラと感情の高低差の激しい1時間であった。

【前話レビュー】走り始めた恋に影を落とす岡田惠和脚本の求心力

晴れて恋人になった桃子(有村架純)真人(林遣都)が仲睦まじくデートしているとき、真人の元恋人・香里(小林涼子)と出くわしてしまう。

香里に請(こ)われて、少し話すことになる真人。
立ち会うのを遠慮したほうがいいんじゃないかと気にする桃子に「頼む、そばにいて。乗り越えたいんだ」と懇願する。この言い方がすっかり桃子を頼りきっている感じ。

平静そうに話す真人だが、桃子が見ると手が震えている。謝ろうとする香里を止める真人。幸せでいてくれないと……と「幸せ」「幸せ」と何度も繰り返す。その数22回。対して香里が「幸せ」と発したのはたった1回だけ。
「幸せになろうと思います」

真人は自分でも「重い」とか「うざい」とかわかっているけれど、「幸せ」にこだわってしまう。それだけきつい思いを抱えてきたのであるから無理もない。あのときの香里の選択によって人生が激変してしまったにもかかわらず、彼女を責めることなく、相手の幸せを望み、自分の幸せを確信する。桃子と出会って、必死に幸せを取り戻した真人の不器用な22回もの「幸せ」連打に何も言うことはできない。


桃子がふと見ると、手の震えは止まっていた。

そうこうしていると、香里が路駐していた車に警察が群がっている。慌てて店を出る香里に、「メリークリスマス」と言葉をかける桃子と真人。祝福と別れの挨拶。

真人をどん底に陥れた香里には、駐禁という小さな罰。本当だったら、こんなふうに穏便には終わらないだろうなあと思うけれど、ひどく悲しい出来事を、こんなふうに収めることができたらどんなにいいだろう。

「これで恋人に見えるでしょ」

クリスマスの寓話みたいな、真人の過去の物語のエンディングを迎えると、流れはがぜん、リア充たちの物語になってきて、日南子(小池栄子)高田(藤木直人)のことで浮かれている。このまま、あと2話、保つか? と心配になったら、やや雲行きがあやしくなってくる。

高田が仕事を変えるようだと桃子が日南子に言うと、聞いていなかった日南子はがっくり。しまった〜と固まる桃子、気にしないような顔で別れてふっと顔の筋肉を下げる日南子。

桃子は背中から日南子の気持ちを察して、追いかけていき、お茶しながら過去のトラウマの話などをする。日南子の問題はさほどいやなことにはならないだろう。リア充の悩み範囲だ。


その頃、高田と真人はやたらと仲良くしている。リア充描写が続く。極めつけは――みゆき(奈緒)和輝(高橋海人)

「クリスマスプレゼント何がいい?」
「みゆきさんかな」

間髪入れずに“とぅ!”などといちゃこらした末、和輝がみゆきの頭を引き寄せて

「これで恋人に見えるでしょ」

ざわわざわわ……

とリア充描写でできた心の凪が動いた。まるで、ヒット曲のサビを聞いたときのように。

他人の幸せを見せられるばかりでも心は動かなくなってしまうが、幸せも極まると、固まった心は動くもの。岡田惠和の脚本は優れたポップソングのようにできている。ここまででほぼ30分。

桃子が真人の不在の間に、貴子(和久井映見)と昔のアルバムを見ながら、真人の事件が元で自殺した父親の話をする。

「人間にはあると思うから、そういう瞬間が。ふと楽になりたくてそっちにいってしまうときがね。あるんだと思う。
主人はそっちへふっといってしまった。それだけのこと」「ちょっとばかだねって思ってる」と貴子は折り合いをつける。つけるしかない。

『姉ちゃんの恋人』8話 「強い」とはどんなことをも楽しいことに変えてしまう力を持っていること
第9話最終回は12月22日放送。画像は番組サイトより

和輝の無垢な口調が物語感を強める

そして、桃子の家で行われる毎年恒例のパーティーの日がやってきた。めっちゃかわいい髪型にして来たみゆきは「勝ちに来た」と桃子が帰ってくる前に料理などを支度しておこうと張り切る。

「姉ちゃんの恋人」から「弟の彼女」へ――。

弟の彼女になると、どんなに親友同士でも気をつけないといけないものなのだろうか。人間関係の細かい配慮がとことん描かれているドラマ。幸せになるためには、各々が自我を少し抑え、他者を思いやる。ちょっとずつの譲歩という、極めて現代的な感覚を、みゆきののユーモアが軽やかなものにする。

そうやって優しく穏やかに気を使いあって生きている人たちがいるかと思えば、暴力的に他者を損なおうとする人たちがいる。桃子と真人に、過去のトラウマが再現されるような試練が訪れる。

ここはもう耐え難いきつい展開なのだけれど、真人が暴力で暴力に対抗するのではなく、真人が自分のカラダを桃子を守る盾にして耐え続けたことで厄災は去りゆく。


「どんなことだって楽しいことに変えてしまう力を持っているんだ。それを強いっていうんだよね。そうだよね、姉ちゃん」

和輝の幼さのまだ残る、それを「天使」というのかもしれない、無垢な口調で語られる言葉が、幸せを求める者たちのささやかな物語感を強くする。

現実ではこんなふうにうまくはいかないことを私達は知っている。けれど、こうであったらいいな(こんな目には遭ってほしくないけど、救われたらいいなということ)という願いを生み出す物語。

◎最終回あらすじ
幸せのメリークリスマス! 2人を結びつけたツリーの前で、真人(林遣都)は桃子(有村架純)に…。
悟志(藤木直人)に恋する日南子(小池栄子)にも、クリスマスの奇跡が!?

安達家でクリスマスパーティーが開かれるその日、桃子(有村架純)を守り抜いた真人(林遣都)は、笑顔で安達家の門をくぐる。家では、和輝(高橋海人)、優輝(日向亘)、朝輝(南出凌嘉)に加え、みゆき(奈緒)も2人の帰りを待っていた、温かく迎えられ、クリスマスの飾りに彩られた部屋で、家族のぬくもりと幸せな空気に包まれた真人は胸を熱くする。世帯主として桃子による乾杯のあいさつを皮切りに始まったパーティーでは、安達家の恒例行事として、全員が一人ずつ「あること」を発表することに…。

その頃、悟志(藤木直人)の秘密を偶然知ってしまった日南子(小池栄子)は、大きなショックを受けていた。そんななか、ホームセンターではクリスマスイブの閉店後、社員や家族、友人たちを招き、簡単なクリスマスパーティーを開くことが従業員たちに知らされる。

迎えたクリスマスイブ。
それぞれの恋心と家族愛と友情が組み合わさり、ハロウィーンから始まった幸せの連鎖の先に待ち受ける結末とは?

――番組公式サイトより


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番組情報

カンテレ・フジ系『姉ちゃんの恋人』
毎週火曜よる9:00〜
公式サイト:https://www.ktv.jp/anekoi/

Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami

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