長年愛され続けているジブリ作品。特に今年は「風の谷のナウシカ」など過去作品がリバイバル上映として映画館にて公開され、多くの人が詰めかけた。
そんなジブリ作品だが、作品の中で人為災害や特殊災害に見舞われることも多い。そういった大きなトラブルに果敢に立ち向かっていくところが作品の魅力とも言えるが、プロの目から見るとどう映るのだろうか。
今回はそんな疑問を解消すべく、元ディズニーランドの防火管理者・防火防災担当を長年勤めてきた石井修一氏に「ジブリにおける防災対策」について前後編にわたって伺った。
防災の担当者は自信家ではない方がよい
――最初に、防災担当とは具体的にどういうことをされているのかお聞きできますか?
自分はディズニーランドの防災責任者をやっていたんですけど、簡単に言えば「ブレーキ」の役目です。天候にあわせてイベントを中止の判断をしたり、災害に備えた準備をしておく仕事ですね。
――特殊な仕事だと思うのですが「絶対にやってはいけないこと」などもあるんでしょうか?
逃げることですね。リーダーだと特にそうです。強い態度を取るという意味ではなくて「リスクを背負うことから逃げない」という意味ですね。
たとえば天気が悪いときに「事故が起きそうだから中止する」という判断は一見弱腰に見えるんですけど、中止した後の対応も考えておかないといけないので実は中止も勇気がいることなんですね。
そういうリスクを背負う勇気を持つ、判断から逃げない姿勢というのは必要だと思います。
――どういう方が向いているんでしょうか?
うーん、自信家の方には向いていない仕事だと思います。逆に臆病な人の方がリスクマネジメントの仕事は向いているんじゃないでしょうか。
ただ臆病なだけではだめなので、臆病で行動力がある人がいいと思います。
――なるほど、ほかの仕事とは違った視点があっておもしろいですね。
実際に王蟲に襲われたらどうすればよいのか
――では、今回はジブリ作品で発生するトラブルについてお聞きできればと思うんですが、まず一連の作品の中でもっとも「実際に起きたら嫌だな」と感じるのはどれでしょうか?
「風の谷のナウシカ」ですね。
――即答でしたが、その理由はなんでしょうか?
問題があまりにも多すぎるんです。外交や環境の問題が組み合わさっているので、いち防災担当としてやっていけるのか不安です。
――切実なご意見ですね……。
外交の問題がなくて王蟲が襲ってくるだけであれば、地下に逃げる、飛行船で脱出する、などなにかしらの対応はあると思うんですね。アメリカのハリケーンへの対応が比較的近いのではと思います。
――なるほど。作中はナウシカが対応して最終的には事なきを得ますが、ナウシカの対応は評価できるものなのでしょうか?
ナウシカについては、確かにヒーローではあるんですけど、リーダーとしてはやや無鉄砲だとは思いました。
(実際の現場では)ナウシカのような行動力のある人をコントロールできる、さらに上のリーダーがいないと厳しいと思います。
――ナウシカの父親のような存在ですね。
そうですね。
あと、ナウシカは自分を犠牲にして被害を食い止めようとすることが多いんですけど(もちろん人格者で素晴らしいリーダーなのですが)、防災リーダーの立場だと自分の命を犠牲にするというのはダメなんです。
よりたくさんの命を助けるためには、まずは自分が助かる必要があります。極端な話、災害現場では助けられないものは助けられないのですが、そういう「助けられる人を助ける」という考えも防災リーダーには必要になります。
――現場を経験された方ならではの厳しいご意見ですね。今回、風の谷は突然災害に巻き込まれているわけですが、普段の防災対策についてはどう思われますか?
自分が担当するのであれば、まずは風の動きを「見える化」したいです。吹き流しなどの目印を置いて、風の強さや向きを把握したいですね(※風の谷は、絶えず風が吹くことによって腐海の毒から守られている)。
あとは、有事に備えた避難所を作っておきたいですよね。理想的なのは作中に出てくるナウシカの部屋ような地下室かなと思っています。
――なるほど、非常に具体的な防災アイデアをありがとうございます!
一番防げたはずの事故は「魔女の宅急便」
――一番対応が難しいのは「風の谷のナウシカ」とのことでしたが、逆にもっとも対応しやすい、防げそうだなと思った作品はどれでしょうか?
「魔女の宅急便」の飛行船の事故ですかね……。観たときに、実際にあり得そうな事故だなと思いました。あれは人為災害だと思います。
――どういった点に問題を感じますか?
風が吹くとわかっているのに軽い係留をしていたこと、展示場と言いつつその場所に外部の人を入れたこと、こういった点は我々防災担当の判断としては間違いだったと思います。
――事故が発生する前の判断ミスが多かったんですね。
これは現実でもそうなんですが、大事故というのは少なくとも3つか4つの原因が積み重なって起きるんです。どれか1つでもその原因を取り除けていたら、事故は防げたか、もう少し規模が小さくできるんですよね。
――なぜそういった原因が積み重なってしまうんでしょうか?
「気づいていない」というのが大きな原因だと思います。
例えばですが、よく交通事故が起きる交差点があったとしますよね。そういう場所は道が狭いとか、見通しが悪いとか、みんな漠然と「問題に思っていること」があるんです。でもそれを言葉にしないので改善できず、結局事故が起きるんですね。
事故が起きると、あとから「自分もそう思っていた」「あれは危ないと思ってた」という意見がたくさん出てきたりするんですが、そういった意見を事故が起きる前に言葉にする、ちゃんと聞くというのが防災に繋がると思います。
――なるほど。ちなみに防災担当として最も起きて欲しくないトラブルとはどういうものなんでしょうか?
現時点だと地震ですね。地震って「何時何分に発生する」ということがわからないので、不意を付かれるんですよね。
――緊急時に判断するための対策などはありますか?
自分の場合は、予め選択肢を決めています。判断までのスピードも大事なので、とにかく「進む」「止まる」「戻る」のうちどれかの判断を必ずすることを心がけてます。
――なるほど。ちょっと作品からはそれますが、防災の仕事のやりがいについてもお聞きできますか?
一番嬉しいのは「防災の知識が日常でも役に立った」と言われたときですね。(防災の知識は)日常で役に立たないものは、いざという時も役に立たないんですね。
たとえば映画館には座席の足元に誘導灯がありますが、普段からその誘導灯の場所を覚えておくだけで、いざというとき安全に避難できますよね。
そういう知識を、訓練のときや講演のときだけじゃなくて、日常生活でも役に立ててもらいたいと思っています。
――訓練のときだけじゃなく、普段から心がけるということですね。
そうですね。あと、訓練はできる限り実際の状況にあわせて行って欲しいです。動かすものは実際に動かす、放水するなら実際にも放水する。
――なるほど、実施に参考にできるお話が聞けてよかったです!
<後編では「千と千尋の神隠し」「もののけ姫」などの作品について詳しく聞いていく>
■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。
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1983年の東京ディズニーランドグランドオープンから一貫してパーク内の保安部署でゲストとキャストの安全安心を守るために、保安・防災計画の立案から訓練などのキャスト教育を行う。在職中は東京ディズニーランドから始まり、イクスピアリ、アンバサダーホテル、舞浜リゾートライン、東京ディズニーシーの消防計画に携わり、東京ディズニーリゾート全体の防火管理体制を構築。2004年に石井行政書士事務所を開業。現在、NPO法人 危機管理対策機構監事、NPO法人 事業継続推進機構監事、一般財団法人危機管理教育&演習センター監事、NPO法人手をとりあってつなぐ命理事として、地域・企業における危機管理に関する指導、講演を行っている。