綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

2時間15分は映画として長いか、短いか。『ヤクザと家族 The Family』(藤井道人監督)は、1999年、2005年、2019年と、ヤクザの世界に足を踏み入れた山本賢治(綾野剛)の十代、二十代、三十代と20年間もの長い時間を描いた壮大な内容を2時間15分にギュッと濃縮している。


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長く思えて長くない。大河ドラマや『ゴッドファーザー』と思ったら短すぎる。なんといっても綾野剛をはじめとした出演者たちの20年間の年のとり方が、さながら20年間撮影しているドキュメンタリー映画のように真に迫っていて、物語の世界にずぶずぶと引き込まれた。

“家族”を求め続けるヤクザの山本を綾野剛が演じる

綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

99年、両親を亡くし天涯孤独の山本がある日、たまたま助けた相手がヤクザの組長・柴咲博(舘ひろし)で、それをきっかけに組に入る。義理と人情で成り立った組の結束は固く、山本に血の繋がっていない“家族”ができた。

つるんでいた友人・細野(市原隼人)大原(二ノ宮隆太郎)も組に入り、若い力を組の仕事で大いに発揮して、6年。時代は21世紀。山本は店(キャバクラ)を任されるようになっている。

そこで働いている由香(尾野真千子)に惹かれた山本は不器用にアプローチをしていく。喧嘩は強いが、女性の扱いはうまくない。それはそれでそれなりに脂の乗った働き盛りの時代を謳歌していたところ、柴咲組と敵対する侠葉会の若頭・加藤(豊原功補)と若頭補佐の川山(駿河太郎)との関係が悪化し、柴咲が狙われる。

綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

プライドを賭けた闘いののち、時は2019年。柴咲を守るために川山を刺した柴咲組の若頭・中村(北村有起哉)の身代わりで刑務所に入った山本がようやく出所してくると、世界はすっかり変わっていた。
暴対法でヤクザは社会から排除され、柴咲組も風前の灯。仲間の細野は足を洗い“家族”を作っていた。

19歳でコワイものなしで粋がっている山本、25歳になって一端のヤクザの貫禄のついた山本(でも女性扱いが苦手)、刑務所暮らしですっかり牙を抜かれたふうな山本……。そんななかで、常に山本が求めているのは“家族”である。

寄る辺のない山本を迎え入れてくれた柴咲のために働く。何かあれば皆で食事をし、酒を酌み交わす。柴咲のために命を賭け、刑務所に入る。戻ってきたとき、柴咲組はまた迎えてくれる。

だが、細野のように、妻子のために組を抜ける者もいる。山本もまた、新しい家族を作りたい思いにかられる。彼は由香を想う……。

綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会


綾野剛の“おじさん感”と磯村勇斗の“若者感”の仕上がりに感服

シンプルで強い、それでいて見る者の想像や思考を損なうことなく、むしろ広げていくストーリーだ。監督の藤井道人は、実際の新聞記者の手記をもとに、権力と闘うジャーナリストを描き、世間から高い支持を獲得し、第43回日本アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめとした6部門を受賞した『新聞記者』の監督でもある。


今回も、ヤクザの存在が昭和から平成にかけて変化し、社会から疎外されていくことを怜悧な視線で描き、その一方で、どんな状況でも人間が誰かと関わりになりながら身を寄せ合いながらしか生きられない情の部分を「家族」という切り口で描く。

綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

長引く不況によって弱っていく日本。こんなときこそ皆で助け合うことが叫ばれ、社会はいま、血がつながっていない家族の形にも目を向けているところだが、ヤクザとはその血がつながらない共同体のひとつであった。そこしか寄る辺のない者もいて、その存在のおかげで生きていける者たちもいた。

けれど、今、その場所がなくなりかかっている。もちろん、犯罪を行っていいというわけではないので、仕方のないところではあるけれど。99年には、覚醒剤には手を出さないと矜持を見せた中村が語る、ヤクザとはなんたるかという言葉のように、節度ある、むしろ清々しい考えの者すら時代の流れで変貌せざるを得なくなっていく。

1992年、暴力団対策法が施行、2009年、全国初の暴力団排除条例が制定とヤクザへの締付けが厳しくなってくると代わりに現れたのが半グレだ。山本の若い頃からの憩いの場だった食堂の息子・木村翼(磯村勇斗)が半グレとして活躍するという時の流れも描かれる。

山本たちの悲劇も見ているはずの翼が結局、半グレとして生きるしかない、逃れられない宿命。それでも、翼の肉体は、否応なく希望に満ちたように漲っている。

綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

ギラギラとした生命力あふれる翼と、刑務所帰りの山本が向き合ったときの年齢差。
半グレ翼を演じた磯村と、山本を演じた綾野剛と年の差10歳。2019年のターンで、おじさんと若者感、ふたりが共に完璧に仕上がっている様に目を見張る。

綾野はすっかり疲れた果てた風体で眉間のシワが深く刻まれ毛髪の色艶がなく、磯村は99年、出てきたばかりの山本を演じている綾野のように髪も肉体もキラキラしている。綾野は05年の山本のような脂の乗ったイメージがあるので、こんなにも疲れた中年になれることに驚くし、磯村勇斗は、この俳優はこんなに若かったか? と思うような少年性があって驚いた。

ほかに、舘ひろしも北村有起哉も尾野真千子も市原隼人も皆、描かれていない時間をきちんと作りだしている。ヘアメイクや撮影、照明などの力もあるだろうけれど、過ぎゆく時間を誰一人、決しておろそかにしていない。老いてなお生きていく人たち。生まれて育っていく命。

一人ひとりの生の炎が燃えるように、静岡県の沼津・富士付近で撮影されたという、煙がもくもくと立ち上る工場の煙突の見える風景が目に染みる。お墓の背景に映る煙突は線香みたいにも見えた。

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作品情報

2021年1月29日全国公開
『ヤクザと家族 The Family』

綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

出演:綾野剛
尾野真千子 北村有起哉 市原隼人 磯村勇斗
菅田俊 康すおん 二ノ宮隆太郎 駿河太郎
岩松了 豊原功補/寺島しのぶ
舘ひろし

監督・脚本:藤井道人
音楽:岩代太郎
企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸

配給:スターサンズ/KADOKAWA
製作:『ヤクザと家族 The Family』製作委員会
(C)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

公式サイト:https://www.yakuzatokazoku.com/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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