
松坂桃李『あの頃。』ヲタの愛しい日々
“推し活”の話と思って観はじめた『あの頃。』(今泉力哉監督)。だって、「ハロー!プロジェクトにすべてを捧げた男たちの笑いと涙の青春の日々。」とあったから。【関連記事】12段階でわかる「アイドルハマりレベル」『50代からのアイドル入門』
最初はその文言そのものだったが、そのうち風向きは予想外のほうへと流れていく。まるで『愛の不時着』のヒロインが乗ったパラグライダーのように。とはいえ、愛は愛でも『愛の不時着』のような話ではないし、最後まで推しを愛する者の物語であることには変わらない。
原作のコミックエッセイ『あの頃。男子かしまし物語』の作者・劔樹人が、劇中に出てくる推し活用のグッズや衣装をはじめとして、多くの私物を提供し、当時の仲間とともに時代考証も引き受けていたそうで、だからこそ画面のなかにウソがない。本当に“あの頃。”のきらめきが映っている。

ただ、その物語は思った以上にずしりと重いものを手渡してくれた。言ってみれば、推しとの出会いが、ひとりの青年の人生を何にも代えがたいものに拡張する。それによって一層、推しそのものもきらめくのである。お互いがお互いを輝かせ合うからこそ愛しい時間が描かれていた。
「桃色片想い」最高。
(※正式表記はタイトルの前後にハート)
2004年の大阪、冴えない日々を送っていた主人公・劔(松坂桃李)は、友人から借りた“あやや”こと松浦亜弥のDVDを観てから激変する。
街のレコードショップであやや関連(ハロー!プロジェクト)のコーナーを物色しているときに店員のナカウチ(芹澤興人)から手渡されたチラシのイベントを観に行くと、ハロプロ愛の深い人たちが熱いトークを繰り広げていた。

彼らは“ハロプロあべの支部”。メンバーは、ちょっと屈折したコズミン(仲野太賀)、石川梨華推しのロビ(山中崇)、手先の器用な西野(若葉竜也)、ハロプロ全般を推すイトウ(コカドケンタロウ)、そしてナカウチ。そのなかに劔も参加することになる。最初は集団にありがちななんだか面倒くさい人間関係があるのかなと思ったら、なし崩し的になっていくゆるさ。それもハロプロへの強い愛ゆえだろうか。
もともとバンドをやっていたが才能のなさを感じていた劔は、ハロプロの曲を演奏するバンド「恋愛研究会。」を結成することで再び楽しくバンド活動に向き合えるようになる。この楽しき推し活は、さらにもうひとり、アール(大下ヒロト)を加え、2008年まで続いていくが、やがて推し活以外に各々が優先すべき生活が見つかって、じわじわと変化が訪れていく。
劔が仲間と離れ東京で暮らすようになったある日、コズミンの近況を知る。このまさかの展開は、『君の名は。』を入れ替わりのラブコメだと思って観に行ったら、予想し得なかったスケールの大きな展開が待っていて、映画館で椅子に座り直したときのような気分にさせられた。

ハロプロの楽曲に乗せたとめどなく続く青春は、永遠に続くわけのないことは誰だって薄々わかっている。終わりがあるから尊いという人生の真理は『花束みたいな恋をした』を観てもわかる。けれど、その終幕がこんな形だったとは……。