『おちょやん』第12週「たった一人の弟なんや」
第60回〈2月26日 (金) 放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠〉

ヨシヲって誰や?
長らく離れていたヨシヲ(倉悠貴)の激しい心の内を知る千代(杉咲花)。放火事件は一件落着したものの、姉弟の仲は修復できず、涙の別れを迎える。親の無責任のせいで、子供の居場所がなくなって、不幸が生まれる。【前話レビュー】千代、それはヤバイぞ! 愛する人のために、お金を貢ぐタイプ
劇場を放火しようとしていたところ、老婆に変装した千之助(星田英利)に阻止されたヨシヲ。そこに、千代と一平(成田凌)も駆けつける。すでに大山社長(中村雁治郎)が手を回して、ほかの仲間は撤退したと言う一平。
「蛇の道は蛇」と言うように、大山社長の力が絶大であることと、祠(ほこら)に集まっていたほかの仲間はなぜヨシヲに「作戦はなくなった、撤退するぞ」と連絡せずに、自分たちだけ帰ってしまったのか、手打ちしたのに放火したら問題になるだろう、ということが同時に頭をよぎった。
通常ならヨシヲがトカゲのしっぽ切りをされたという悲劇的展開になるわけだが、朝ドラではさすがにそこまで踏み込まない。とはいえ、このままではヨシヲの立ち場が宙ぶらりんである。そんなとき、千之助の存在が役に立つ。
放火を止めた千之助に、「毎晩、夜回りしてくれてはったんですか」と一平が言うと、「たまたま稽古していただけ」と誤魔化す千之助。「ヨシヲのことは見なかったことにしてくれませんか」と頼まれ、「ヨシヲって誰よ?」とボケるが、一平はスルーして、先に岡安に向かった千代とヨシヲを追いかける。ひとり残る千之助。
「見なかったことにして」と言われて、ああ、とかいうのも野暮だから、誰よ?とボケたものの、一平がそこに反応しなくて取り残されるという、芝居だったら滑った感じに。
千之助の人生は、舞台の上でも下でも、常に、面白いことを追求しているのであろうということが、アヴァンのわずか1分で描かれた。

12週は、千代と一平の舞台上のキスにはじまり、本気のハグに終わったのだが、全体を見ると、マットン婆さんスピンオフのような部分がハイライトだったといっていい。千之助がいなければ、リアリティーのない、ヨシヲの立ち場もない、残念な流れになるところだった。こういうキャラを作っておくところが作家の才能である。
ずっと立ち聞きしている一平
岡安の台所で語り合う千代とヨシヲ。「あのへんちくりんな婆さんに邪魔されただけや」とカツラをとったのに“婆さん”と認識しているところが笑える。千代が奉公に出てからのヨシヲの苦労が語られる。彼はずっと千代を羨んでいた。千代が映画に出るようになったのを知って、「なんで姉やんだけうまいこといってんねんと腹たってしゃあなかった」と涙ながらに激白。
「姉やんがいてくれたなら、俺はこないことなれひんかったのに」のセリフ回しが、やや甘えた感じで子供の頃を思い出させる。倉悠貴が懸命に演じているので、なかなかいいシーンになった。
千代もこらえきれず、涙を流す。何も言えず、目頭を押さえ、そっと涙を拭うしかできない。ひたすら黙って聞いて涙している杉咲花も見せる。
こんなどうしようもないときに、それでもお腹が鳴ってしまうヨシヲ。緩急の付け方は抜群にうまい作家である。千之助タイプで、咄嗟の身体感覚はあるので、一平のようにストーリーを緻密に描く鍛錬をすればオリジナルでも良いものが書けるようになるのではないだろうか。
子供のときに「お腹へった」「お腹へった」といつも言ってたことが蘇る。千代はありもので食事をこさえる。
人間、食べないと生きていけない。ヨシヲは路頭に迷っているとき、ヤクザ者の差し出した白米のおにぎりにかじりつき、彼らと生きることにした。
食事を通して、姉弟の仲が修復するかと思いきやーー
ヨシヲの荒んだ心は癒えない。入れ墨も入れてしまったし、犯罪にもきっと手を染めていることだろう。

この展開、『なつぞら』の暗黒版である。『なつぞら』のヒロインなつは、北海道で幸福な環境で暮らしたが、妹・千遥は、引き取られた親戚に意地悪されて家を出て置屋に行き着く。かなりマイルドに書いてあったが、なつと千遥の大きな相違がしばらくの間、ふたりの距離を作っていた。
『なつぞら』は戦争のせいで引き裂かれた姉妹。『おちょやん』は貧困を生む社会の問題、教育や労働の場がないため、親が子を育てる義務を認識できない状況を描いている。時期的には『おちょやん』はこれから戦争が起こるわけで、ますます日本社会が悪くなっていくのである。
去っていくヨシヲに、ビー玉を手渡す千代。
「うちはまたひとりになってしもうた」と泣く千代をぎゅっと抱き寄せる一平。一部始終を朝ドラ名物、立ち聞きしていたのだ。
「ひとりやあらへん。
千代の背中をやさしくさする一平には、キュンとなる。ああもう、ここまで来たら、きっとモデルの浪花千栄子と渋谷天外のようなことにはならずに、ふたりは二人三脚で行ってほしい。これで、モデルのような展開にしたら、鬼だと思うぞ。
【関連記事】『おちょやん』58回 千代の生き別れた弟・ヨシヲはヤクザ者になっていた……この展開は攻めてる
【関連記事】『おちょやん』57回 初めての接吻と生き別れた弟との再会に激しく心揺れる千代
【関連記事】『おちょやん』56回 博打・暴力・破廉恥ダメ。ゼッタイ。検閲下、人間の衝動を芝居でどう表現するか
■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■倉悠貴(竹井ヨシヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■ドヰタイジ(桐島役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース
※次回61回のレビューを更新しましたら、Twitterでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね
番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami