『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
イラスト/おうか

※本文にはネタバレがあります

入れ替わりの意味は……『天国と地獄』最終回

「送致なんてさせない。ぶっ潰す!」(望月)

日曜劇場『天国と地獄〜サイコな2人〜』(TBS系 毎週日曜よる9時〜)の最終回は視聴率20%超え(ビデオリサーチ調べ / 関東地区)。

【前話レビュー】『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
(C)TBS

男女が入れ替わる奇想天外な設定。

猟奇的殺人事件の謎を考察する楽しみ。
本音と嘘を出し入れする俳優たちの演技合戦。
格差社会で貧困に喘ぐ人々の声の代弁。

……等々、今ウケる要素を見事に編み上げた秀作だった。これがミステリー小説だったらやや粗く(ライトノベル的)、映画だったら物足りないところもあるかもしれないが、日曜の夜、家族で見る連続の娯楽ドラマとしては十分。適度な釣りも入れつつ、一定のレベルを保つベテラン脚本家の力を見せつけてもらった。
演出面に関してはへんに意味深に何かを感じさせようとするSEやカット割りは不要だった気がするが。

ファンが好きな高橋一生を見せてくれるサービス精神

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
(C)TBS

元に戻った望月(綾瀬はるか)日高(高橋一生)が捕まって、望月は逃亡幇助の扱いだが、さほど問題にはならない。例の望月になった日高がゴルフクラブで滅多打ちにして殺人を犯した映像が出てきたら大変なことになるところだが、それはすでに削除済み。これがギリギリまで、もしかして復元されたら――という心配ネタとして残っていく。

問題は一点、主犯は日高か東朔也(迫田孝也)か……。日高は3件の事件をすべて自分がやったと自供して、送致取り調べは河原(北村一輝)が担当する。河原は望月が関与していることを疑っているのでねちねちこじ開けていこうとするが、日高はすらすらと冷静に自分が単独犯であることを立証する発言をする。


『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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本来、日高が犯行をごまかして、河原がつっこんでいくものだが、そうではなく、日高がひたすら自分がやったと言い張っていくところが痛快。防犯カメラに映らない方法を明かして見せるところなど、なんだか日高と河原が楽しそう。一対一の騙し合い――取り調べものの面白みになっている。

スマホに残った映像のほかに、もうひとつ、日高の話を覆すことができるかもしれないものがある。被害者・田所の防犯カメラから抜かれていたSDカードだ。亡くなった東が落としたカードを陸(柄本佑)が拾った。
このなかにどんな映像が記録されているのか。陸は捨てるかどうするか迷う。望月に問われて知らないと答えたり、海辺で捨てたかと思わせるシーンも出てきたり……。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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日高が東や望月を守るために罪を背負う話にすると一本調子になって、拡大した75分が保たない。そのため、いくつか揺さぶりが用意されているわけだが、それらをとっぱらうと、じつにシンプルな話だ。貧困に喘ぎ、社会のなかで押しつぶされながらも、声に出せない者の声を聞く、言ってみれば映画『罪の声』みたいな物語が顔を出す。


望月をかばおうとする日高に河原は正義を問う。望月は彼が冤罪をつくろうとしていると正義感を疑うが、河原には河原の正義がある。

「気に入らねえのは、日高がそいつひとりを守るために、みんなに知らせなきゃなんねえ真実に蓋をしようとしてるってことだ。あいつのどこにそんな権利があると思う?」



『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
(C)TBS

供述調書にサインと押印をする直前、河原は、望月をかばっているだろうと迫る。

「あの人あんまりうるさく嗅ぎつけるもんで……」といや〜な人間を演じはじめる日高。ここは『おんな城主 直虎』で高橋が演じた政次が磔になったとき裏切り者を演じたことを彷彿とさせる。
ファンが好きな高橋一生を見せてくれるサービス精神。『直虎』では直虎と政次ふたりの問題で済んだところ、今回は東がいる。第9話のレビューで、日高と望月、ふたりの世界に没入することに疑問を投げかけたが、ドラマはきちんと東の存在に立ち戻る。

鑑識の新田(林泰文)まで自分の仕事への矜持をもって大活躍し、SDカードの行方とそこに記された内容の秘密がわかっていく。最終回では河原の部下・幅(谷 恭輔)も活躍した。八巻(溝端淳平)は目立った活躍はしないが、最後まで素直なりアクションで望月を支え続けた。


『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
(C)TBS

おまえにその声を奪う正義があるのか?

第9話のレビューで、東のことを<社会に打ち捨てられた者の報復を、世の中に訴えることなく。稀代のダークヒーローになることもなく。ひっそり消えていくだけなんて、悲しすぎる。>と書いたけれど、東は最期にSDカードに、自分が犯人であると告白したものを録画してあった。それを陸は危うく捨ててしまいそうになったが、捨てなかったことで、望月と日高を守ることができた。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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東は自分の不幸を弟にも望月にも肩代わりさせることをしないことで、人としての誇りを保つことができた。要するに、日高ばっかり良い格好をさせないで済んだのである。貧しくて酷い目にあってばかりで、悪者を清掃という名で処分して、その罪を日高が背負ってしまったら、東の立つ瀬はない。「人の気持ちがわからない」と望月が言ったのはそのことだろう。相手を守ろうとし過ぎて、過保護になって、逆に相手を損なってしまう。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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人としての尊厳を奪われた兄の最後の願いを、「じゃあなぜまた奪う?」と問う河原。

「この殺人は、お兄ちゃんの声じゃないのか。立ち場の弱い人間がいかにたやすく奪われ続けるか。そして立ち場の強い奴らも最後はこういうふうに自らが奪われることにもなる。そんなことが言いたかったんじゃないのか」

「おまえにその声を奪う正義があるのか? たかが女ひとりのために」

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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突如、正論の人にまわった河原は“そんなことが言いたかったんじゃないのか”ってテーマ的なことをまとめてくれる。ともすれば押し付けがましい感動セリフになりかねないセリフを、いい塩梅にゆるくしていて最高。

それでも日高は「あの人を守ることは自分を守ること」と淡々と言うだけ。ここから望月に取り調べが変わる。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
(C)TBS

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「頭いいくせに、どうしてそんなこともわからないかな」
「あなたは私だったくせに。どうしてよ」
「私に、私の正義を守らせて」

望月は懇願する。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
(C)TBS


『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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お互いが“守る”ことを大事にしていて、各々の“守りたい”ことのために対決する。あくまで正義を守りたい望月や河原と、正義なんて関係なく、自分が守りたいと思った人を守る愛情の深い日高。俳優の芝居が迫真なので感動しちゃうのだが、よくよく考えると、日高は東を守るために、望月の格好で殺人を犯した映像を残してしまった。それがまだ完全になくなっているかわからないから、望月を守りたい。でももう望月は、自分が罪に問われたとしても本当のことを言ってほしい。

それが、ふたりが入れ替わった意味である。お互いの心と体を深く知ったからこそ、ここまで意地っ張りな日高の心を溶かすことができたのだ。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
(C)TBS

脚本家・森下佳子と高橋一生のタッグ『直虎』をおもしろく観た者としては、今回は、直虎を、井伊家を守るために裏切り者として死んでいった政次への返歌のように見えた。自己犠牲しないで生きてほしかった願いがこういう物語になったように思えてならなかった。

『直虎』を観ていない人にも相手役の綾瀬はるかさんにも、作品ごとに独立した芝居をしている高橋一生さんにも申し訳ないが。なにより森下佳子さんにも申し訳ないが、誤読の楽しみとして許してほしい。そう思って観ると、泣けて泣けてしょうがない。ほんと、勝手な見方でごめんなさい。

「『好きです』ってことじゃな〜い?」

復元した映像はまったく何が映っているかわからず、「あなたはわたしで、わたしはあなたです」という声がブレブレに聞こえるのみ。それを新田は「『好きです』ってことじゃな〜い?」と解釈する。

この後、2025年に時が進んで、望月と日高の再会が描かれるが、再会が描かれるが、そこは正直、蛇足に感じた。物語の締めとしては新田のセリフで締めるのが美しいのではないだろうか。入れ替わりによって互いを深く理解するラブストーリーとして洒落た締めである。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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こうなると、いろいろがんばった陸が可哀相だけれど、お別れのとき、陸が望月に「ナッツはね、駅の向こう側のほうがお買い得だから」「152円も違うんだよ」「それだけは絶対に忘れないで」と言うセリフが胸に響く。

柄本佑が巧すぎるだけかもしれないのだが、この152円も違うという言葉は、東と陸のような“152円”の差異を大事にする者がこの世の中に生きていることを強烈に刻みつける。陸は最後まで師匠・東の側に立っている。柄本佑が演じたからこそ、そこまで役を深めることができたのだろう。

はたして国家公務員のエリートである望月は152円の価値に気づいているだろうか。

『天国と地獄』最終回 声に出せない者の声を聞く――“入れ替わり”が導いた正義
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【関連記事】日曜劇場『天国と地獄〜サイコな2人〜』第1話〜10話レビュー

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番組情報

TBS系
『天国と地獄〜サイコな2人〜』
毎週日曜よる9時〜
※放送終了

・DVD&Blu-ray

2021.09.29発売

・「未公開映像付きParaviスペシャル版」

2021.04.05配信開始


出演:綾瀬はるか(プロフィール) 高橋一生(プロフィール)
柄本佑(プロフィール) 溝端淳平(プロフィール) 中村ゆり(プロフィール)
迫田孝也(プロフィール) 林 泰文(プロフィール) 野間口徹(プロフィール) 吉見一豊(プロフィール) 馬場 徹(プロフィール) 谷 恭輔(プロフィール)
岸井ゆきの(プロフィール) 木場勝己(プロフィール)
北村一輝(プロフィール)

脚本:森下佳子
編成・プロデュース:渡瀬暁彦
プロデュース:中島啓介
演出:平川雄一朗、青山貴洋、松木彩
音楽:高見優

製作著作:TBS
(C)TBS

番組サイト:https://www.tbs.co.jp/tengokutojigoku_tbs/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami