『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
イラスト/おうか

※本文にはネタバレがあります

哀しみの演技が圧巻『天国と地獄』9話

「よし戻った」(望月)日曜劇場『天国と地獄〜サイコな2人〜』(TBS系 毎週日曜よる9時〜)の第9話。

【前話レビュー】『天国と地獄』8話 日高は猟奇殺人犯じゃなかった 残った謎を考察

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

望月彩子(綾瀬はるか)日高陽斗(高橋一生)が元に戻った。そこへ河原(北村一輝)がやって来て、日高は逃げ、望月は追いかけるフリをして、河原らを巻き、ふたりで奄美へ向う。


「行くよ! 奄美!」

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

もはやだいたいわかっていた事件の真相を、名優たちが説明セリフで延々語る15分拡大バージョンはいくら名優たちとはいえ若干退屈にも感じたが、最後の最後で、え? となり、最終回に引っぱる技がさすがだった。

芸が細かいのは、戻った瞬間は、すこし口調が日高と望月が混ざっているような雰囲気で、走って逃げたあとは、すっかり元に戻っているところ。プロテインを水に入れてシェイクした印象だ。

「自分の体ってやっぱりしっくり来るよね」

自分の体に戻ると正直になるようで、神経質(心配性)な面が出る日高と、やたらと前向きでガッツを見せる望月。お互い、男女の体の大変さを体験したのでねぎらいつつ、

望月「そんな生活ももう終わりだね。あんたたちふたりを捕まえたら事件も終わり」
日高「そうですね」

としみじみするふたり。
そこにちょっと名残惜しそうな雰囲気もある。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

「じゃあ俺、クウシュウゴウになりたい」

八巻(溝端淳平)は望月に頼まれ、変装用の服(『踊る大捜査線』の青島の衣装のようだとネットで話題に)を持ってきて、その足で東京駅へ。囮(おとり)として仙台に向かう。こんなことをして八巻は大丈夫なのだろうか。望月は自分の強い意思があるけれど、八巻はただ言われてやっているだけだから。執念の河原は、八巻が囮をやっていると見抜いているし、望月の部屋を捜索し、大事な証拠物件を発見する。

ここまではいつものようにアクティブだったが、第9話がはじまって16分ほど過ぎると、俄然、説明コーナーになる。
奄美に向かう望月と日高。同じく奄美に向かう陸(柄本佑)と師匠こと朔也(迫田孝也)。彼らが交互に語り合い、陽斗と朔也の過去が明かされていく。

陽斗と朔也が再会したのは陽斗の会社。社長と清掃人として出会った。兄とは知らず(朔也は知っている)、自社製品のモニターを頼んだことから、ふたりは急速に接近していく。


『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

「あのさ、悪いけど、気づくところに飛んでくれる? あんた、いったいいつ気づいたの?」

望月、無粋に口を挟む。でも、視聴者も同じ気持ちだったと思う。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

気づいたのは、あの歩道橋。ワンカップの瓶の受け渡しで、掌のほくろに気づいた。ワンカップと歯をDNA鑑定してわかる。うまくできてるー。


陽斗と朔也の会話が切なくって切なくって見応えはあるのだ。高橋一生は天下の悲劇俳優なのでどんなににこにこ笑っていても意識しない哀しみが滲み出てきてしまうし、迫田孝也は的確な演技ができる人なので、心の中の感情をひた隠して必死で陽気にしていることがよくわかって、それがまた哀しい。

無意識な哀しみと意識的な哀しみ。ふたりの個性が違うので、哀しい場面が単調にならない。おそらくこれは、高橋一生が迫田孝也の哀しみを受け止めているのだろう。月を映し出す水鏡のような高橋一生。


陽斗は朔也を母の故郷・奄美に誘う。でも、認知症になった父(浅野和之)が旅行の前日に亡くなった。その亡くなり方が悲惨。以前、陽斗の妹・優菜(岸井ゆきの)が、お兄ちゃんは貧しい人たちにも優しくて、気にかけていた高齢者が階段から落ちて亡くなったと話していたのはこのことで、隣に住んでいた人の話によりますと――と語る陽斗は、兄と父のことを調べていたことになる。

貧しい暮らしを強いられ、父の世話をし続けたうえ、自分も膵臓がんに。なんて哀しき朔也の人生。


「僕も一緒にするべき苦労だったのに」と言う陽斗に「じゃあ俺、クウシュウゴウになりたい」と十和田元(田口浩正)の描いた漫画を見せる朔也。十和田ことクウシュウゴウは人殺しを行っていて、その証拠写真も残っていた。こうして、陽斗は朔也の殺人を手伝いはじめた……という話。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

朔也「そんなやつ(哀しんでくれる人)いないから」
陽斗「僕が哀しいです」

高橋一生が目をパチパチしきりにまばたきするのが哀しみがマックスのとき。『おんな城主直虎』でもそうだった。どんなに陽斗が哀しんでも、朔也の哀しみは癒えるわけもない。「たった15分先に生まれただけ」の違いで大きな格差。

「おれが馬鹿だからか、怠け者だからか、自己責任か。違うだろ? 15分だ。お前が15分先に生まれてくれば、お前の人生は俺のものだったんだよ」

激する朔也。その後、クウシュウゴウ化した朔也の殺人現場を掃除した陽斗。革手袋の謎も明らかに。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

「絶対に、絶対に助けるから」

奄美行きの船のなかで、これまでの話をしながら(月と太陽が入れかわる夕暮れからすっかり夜になっている)、

陽斗「あなたに捕まるためにスイッチさせられたんですよ」
望月「あんたってさ、ほんとに意地が悪いよね。意地悪いでしょ、こんな誰を憎んだらいいかわからない話」

そんな話をしているところに、陸と朔也が現れた。彼らもその船に乗っていたのだ。

膵臓がんで余命わずかの朔也をグーパンチする望月。「あんたはクウシュウゴウなんかじゃないんだからね。ちゃんといるんだからね」といくらいいことを言っても酷いよ、望月……。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS


『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

陽斗だけは助けてほしいと言う朔也に、「始めからこんなことすんじゃねえ!」とかすれ声で言う望月。かすれ声に相当苦しんでいる感情が現れていた。

「人のことであんなになってるの初めて見たよ」と陸に指摘される望月。入れ替わったことで他者の気持ちを知ることができた。世界最大のミステリーは人間の心。期せずして望月はその深淵を覗くことができたのだ。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

「人間って身勝手ですねえ」

その頃、陽斗は朔也にそう言って薄く笑っていた。朔也は陽斗に刑が及ばないようにしたいと言うが、彼の乳歯を現場に落としてしまったがために、誤魔化すのは難しい。どんなに他者をかばおうと思っても、いざ捕まると思ったら陽斗も怖くなったのだろうか。

陽斗と望月は、

陽斗「捕まるなら、あなたがよかった」「ふたりして地獄に行くことはありませんよ」
望月「絶対に、絶対に助けるから」
陽斗「待ってます」

などと、どこか、ふたりの世界に入りこんでいる。
朔也も八巻も陸もしょせんは脇役なのか(涙)。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

最終回は、望月が兄をかばっただけの陽斗をどうしたら無罪にできるか。めちゃめちゃ痛快な逆転劇、期待しています。

それにしても、お兄ちゃん、なにかと持ってない。朔也だけにツキがない。河原が先に奄美に来て待ち受けていたときには、寿命がつきようとしていた。社会に打ち捨てられた者の報復を、世の中に訴えることなく。稀代のダークヒーローになることもなく。ひっそり消えていくだけなんて、哀しすぎる。

でもこの、稀代のダークヒーローにもなれずにほぼ誰にも知られずに消えていく人の物語こそ、このドラマも最大の魅力であろう。朔也と陽斗、入れ替わってないのかなあ。

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

『天国と地獄』迫田孝也の哀しみを受け止める高橋一生 無意識な哀しみと意識的な哀しみが胸に迫る9話
(C)TBS

■『天国と地獄』最終回あらすじ
日高の取調べが始まり、彩子は真実を明らかにするため行動に出る…
■日曜劇場『天国と地獄』バックナンバー
『天国と地獄』1〜9話レビュー

※最終回のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします

番組情報

TBS系
『天国と地獄〜サイコな2人〜』
毎週日曜よる9時〜

出演:綾瀬はるか(プロフィール) 高橋一生(プロフィール)
柄本佑(プロフィール) 溝端淳平(プロフィール) 中村ゆり(プロフィール)
迫田孝也(プロフィール) 林 泰文(プロフィール) 野間口徹(プロフィール) 吉見一豊(プロフィール) 馬場 徹(プロフィール) 谷 恭輔(プロフィール)
岸井ゆきの(プロフィール) 木場勝己(プロフィール)
北村一輝(プロフィール)

脚本:森下佳子
編成・プロデュース:渡瀬暁彦
プロデュース:中島啓介
演出:平川雄一朗、青山貴洋、松木彩
音楽:高見優

製作著作:TBS
(C)TBS

番組サイト:https://www.tbs.co.jp/tengokutojigoku_tbs/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami