作品賞・監督賞は『ノマドランド』
コロナ禍におけるBLM運動、大統領選、激動の2020年を経て、2021年のアカデミー賞作品賞は、監督賞も受賞したクロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』に輝いた。中国出身の女性監督がW受賞したという意味でも大快挙である。彼女はMCUシリーズの『エターナルズ』も決定しているが、自然光でドキュメンタリーのような撮り方をする彼女が、ゴリゴリのヒーローシリーズを演出すると、果たしてどういう化学反応が起こるか今から非常に気になるポイントだが、今回お話したいのはそこではない。【関連レビュー】Netflix・アマプラ作品多数並んだ異例づくしのアカデミー賞 だが配信作品に塩対応ではなかったか?
短編実写映画賞『隔たる世界の2人』が超オススメ!
実写もアニメもついつい長編の方に目が行くので、見過ごしがちだが、めちゃくちゃオススメなのが、短編実写映画賞を受賞したNetflix映画の『隔たる世界の2人』である。原題は、“Two Distant Strangers” 。
(なお、長編アニメーション部門の『ソウルフルワールド』もこれまた超傑作で、メチャクチャおすすめなので、ぜひ観ていただきたい)
みんなの大好物タイムリープ映画
『隔たる世界の2人』。タイトルに若干のとっつきにくさもあり、黒人差別をテーマに扱っていると聞くと、食わず嫌いを起こす人もいそうだが、いわゆるタイムリープものと聞いたら俄然、食指がワシャワシャと動き始めるのではないだろうか。しかもこれが(扱っているテーマがテーマだけに、こう言って良いものかという葛藤もあるが……)すこぶる面白いのだ。※タイムリープ映画…定義はいろいろあるようですが、今回は『時をかける少女』『バタフライ・エフェクト』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』に代表される、主人公が何かしらのきっかけで過去へ戻り、恋人の死や、自分自身の失敗などを阻止するために奔走し、何度も何度も同じ時間を繰り返す系の映画を指すこととします
ただ家に帰りたい主人公と白人警官
【あらすじ】主人公カーターは、NYに住む若い黒人男性である。ある朝、ナンパした女性の部屋のベッドで目覚め、お互いイイ感じだが、今日はひとまず犬のために家に帰るというカーター。
女性のマンションを出たところで、タバコを吸い始めると、ニューヨーク市警の白人警官に呼び止められ、「タバコとは違う匂いがする。バッグを置いて所持品を見せろ」と言われる。拒否して立ち去ろうとすると、地面に押さえつけられる。
「息ができない、息ができない、息ができない……」と意識を失ったところで、再び女性の部屋のベッドで目覚める。ひどい夢だ。
何十回と白人警官に殺され、もうウンザリしたかのように見えるカーターは、これまでと全く行動をとるのだが……
果たしてカーターは愛犬が待つ家に帰れるのか?! エンドロールを見終わっても32分しかないので、ぜひランチタイムや通勤中にこの先を観ていただきたい。
ただただ家に帰るだけが超ハードモード
ただただ家に帰りたいだけなのに、どんなルートを辿っても殺される。だんだん超ハードモードの横スクロール系ゲームのように見えてくる。しかもかなりの無理ゲーかつ、クソゲーで、悪い冗談のようだが、コレがゲームではなく、米国に暮らす黒人を始めとする有色人種が置かれているリアルとなると、たまったものではない。エリック・ガーナー…警官と口論
ミシェル・クソー…玄関の鍵を変更中
タニシャ・アンダーソン…精神疾患による発作中
タミル・ライス…公園で遊んでいた
ナターシャ・マッケナ…統合失調症の発作中
ウォルター・スコット…買い物に行く途中
ベティー・・ジョーンズ…玄関で対応中
フィランド・カスティール…夕食からの帰宅途中
ボサム・ジーン…リビングでアイスを食べていたら
アタティアナ・ジェファーソン…家で甥の子守をしていたら
エリック・リーズン…駐車場に車を入れていた
レイシャード・ブルックス…自分の車で寝ていた
エゼル・フォード…近所を歩いていた
イライジャ・マクレーン…帰宅途中
ドミニク・クレイトン…ベッドで就寝中
ブリオナ・テイラー…ベッドで就寝中
ジョージ・フロイド…買い物に出かけていた
これは、映画のラスト、俳優でも、スタッフでもない名前が延々とエンドロールに流れたものから、一部を抜粋したものである。
つまり、カーターがループしていた死は、理不尽な理由で白人警官に殺された実際の被害者の体験そのものだったのだ。アメリカで黒人が警官に殺されたというニュースが日本で流れると、どうせ殺されるようなことをやったのだろうと言う人がいるが、この名前のリストを見ても同じことが言えるだろうか。家でアイスを食べていたら殺される。ベッドで寝ていたら殺される。そんなことがあっていいのだろうか。
黒人差別の歴史をもっとよく知るための映画リスト
『隔たる世界の2人』をご覧になった方で黒人差別の歴史をもっとよく知りたいという方、もしくは『隔たる世界の2人』を観る前に予習をしておきたいという方は、こちらの記事をご一読いただきたい。奴隷時代→平等な権利を求めた時代→近現代と大きく分け、黒人差別の問題を描いた映画の中から、まさに今観てほしいと思ったものを抜粋し、劇中の年代順に並べ、作品の背景にある歴史上の事柄とともに年表としてリスト化したものだ。これ以降に公開された作品も、この年表に照らし合わせながらご覧いただけると幸いである。
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作品情報
Netflix『隔たる世界の2人』
2021年/32分
配信ページ:https://www.netflix.com/jp/title/81447229
ウラケン・ボルボックス
東京から福岡に移住した映画好きのイラストレーター。主な著書『なんてこった!ざんねんなオリンピック物語』JTBパブリッシング、『侵略!外来いきもの図鑑もてあそばれた者たちの逆襲』PARCO出版。
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