Netflix・アマプラ作品多数並んだ異例づくしのアカデミー賞 だが配信作品に塩対応ではなかったか?
『マ・レイニーのブラックボトム』(Netflix)
(C)David Lee

配信作品に塩対応? 今年のアカデミー賞

第93回アカデミー賞の結果が発表された。毎年いろいろと傾向が見て取れるイベントではあるが、今年はそもそもコロナのせいで映画の興行自体がガタガタである。アカデミー賞の結果は、そんな混乱を象徴するようなものとなった。


『ノマドランド』と『ミナリ』に見る、近年のアメリカ映画のトレンド

とにかく今回のアカデミー賞は異例づくめ。なんせコロナのせいで映画館自体がロックダウンされ、大作映画の公開が軒並み見送られた。そのため、今回の主要部門にノミネートされた作品はインディー系の作品や公開規模の小さい作品、さらにネットでの配信作品が並ぶことになった。

アカデミー賞の長い歴史の中でも、「そもそも映画館が開いていない」という状況はなかった。今年の結果は、その状況を反映したものと言えるだろう。

まず作品賞は『ノマドランド』、監督賞は同作監督のクロエ・ジャオ、さらに主演女優賞は同作主演のフランシス・マクドーマンドと、『ノマドランド』が主要な賞を席巻。同作は2008年のリーマンショックで仕事と住居を失い、自家用車に寝泊まりするしかなくなったリタイア世代の姿を捉えた映画である。


Netflix・アマプラ作品多数並んだ異例づくしのアカデミー賞 だが配信作品に塩対応ではなかったか?
『ノマドランド』(ウォルト・ディズニー・ジャパン)
(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.




とはいうものの、映画的な盛り上がりや脚色とは無縁なのが『ノマドランド』の特徴だ。車に手元に置いておける全ての家財道具を詰め込み、広大なアメリカの自然の中を走り、金を求めて渡り鳥のように季節労働の現場を行き来する「ノマド」たちの姿に、丁寧に寄り添った作品である。

アマゾンの倉庫での低賃金労働でこき使われつつ、集まって焚き火を囲んで語り合い、車が故障すればあっという間に大ピンチになる……。そんなノマドたちの生活を、美しい自然と共にリリカルな撮影と音楽でまとめている。

正直、個人的には「ちょっといろいろ綺麗すぎるし、いい人ばっかり出てくるし、そもそも彼らが家をなくした経緯が理不尽すぎるんだから、もっと怒っていいのでは……」と思ったところもある。だが、そういう理不尽に対する怒りすらどこかに放り捨てたり諦めたりして、放浪の日々を送るのがノマドなのかも……と思ったのも事実。


ノマドになる以前の自分を知っている人と会った時の微妙な表情や、ちょっとした感情の揺れ動きを演じ分けたマクドーマンドの演技もたしかに素晴らしく、そりゃ主演女優賞もとるよなあと思った次第である。


現在アカデミー賞のような場で評価されるアメリカ映画は、「わざわざ映画にするまでもないと思われていたような題材を、地に足のついた描写で浮き彫りにする」というスタイルの映画であるように感じる。同じく作品賞や監督賞、主演男優賞などにノミネートされ、実際にユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞した『ミナリ』も、そういった方向性の作品と言えるだろう。

韓国系の移民や車上生活者のような、これまで差別問題への社会的関心の網から漏れてきた人々の生活を丹念に追うスタイルの作品は、今後も増え続けることが予想される。

Netflix・アマプラ作品多数並んだ異例づくしのアカデミー賞 だが配信作品に塩対応ではなかったか?
『ミナリ』(ギャガ)
(C)2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.



アンソニー・ホプキンスの主演男優賞受賞と、配信作品の扱いの難しさ

もうひとつ、今回のアカデミー賞で大きな話題となったのが、アンソニー・ホプキンスが主演男優賞を受賞した点である。下馬評では、惜しまれつつも昨年43歳で亡くなったチャドウィック・ボーズマン『マ・レイニーのブラックボトム』で受賞すると言われており、ホプキンスが受賞式自体を欠席していたことも相まって、大番狂わせなトピックとなった。


この『マ・レイニーのブラックボトム』は、Netflixでの配信作品である。Netflix作品はこれ以外にも『Mank/マンク』『私というパズル』『シカゴ7裁判』『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』『ザ・ホワイトタイガー』『この茫漠たる荒野で』『ザ・ファイブ・ブラッズ』などなど多数の作品がノミネートされている。

『マ・レイニーのブラックボトム』をNetflixで観る

また、その中から『隔たる世界の2人』が短編実写映画賞、『愛してるって言っておくね』が短編アニメ映画賞、『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』が長編ドキュメンタリー賞、『Mank/マンク』が撮影賞と美術賞、『マ・レイニーのブラックボトム』が衣装デザイン賞を受賞した。作品賞ノミネートの『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』、助演男優賞などにノミネートされた『あの夜、マイアミで』はAmazon Prime Videoでの配信作品だ。

今回のアカデミー賞の特徴が配信作品もノミネートに含まれた点であることは前述の通りである。アカデミー賞は基本的にアメリカ映画を対象にした賞であり、選考対象は「1年以内にロサンゼルス郡内で上映された作品」。
劇場での上映を想定していた配信作品を選考対象としたのは、コロナによる特例措置だ。

このような経緯があって配信作品をノミネートすることになったからか、配信作品からの主要部門受賞は実現しなかった。Netflixからのノミネート作品は主要部門を取り逃がしているのである。

2019年にNetflix配給作品である『ROMA/ローマ』が監督賞などを受賞した際は大きな話題になったが、今回はどうにも塩対応に見える。特に、昨年亡くなったチャドウィック・ボーズマンが受賞するチャンスは今年しかありえなかった。しかしわざわざ発表を最後にずらしてアナウンスされたのは、ホプキンスの主演男優賞受賞だったのである。


『ROMA/ローマ』をNetflixで観る

そもそも、アカデミー賞の「アカデミー」とは映画芸術科学アカデミーの略であり、映画芸術科学アカデミーはアメリカの映画関係者の業界団体である。彼らの本音としては、「映画は映画館で観るべきもの」であり、配信作品はそれなりの脅威に映っていると思う。特にコロナで映画館を閉館しなければならない現状では、その危機感は普段よりずっと高いだろう。

結果として今回のホプキンスへの受賞は、そんな配信作品への危機感を感じさせるようなものになってしまった。おそらく実際には「どうせ今回はボーズマンでしょ」という心理からホプキンスに入れた会員や、マイノリティや非白人の受賞が続きそうな他の部門とバランスを取ろうとしたという会員もいたと思うが、結果的には「Netflix作品は主要賞をとれなかった」「黒人は主演男優賞をとれなかった」ということになったわけである。

正直、ひょっとするとこの結果によってネット上のいろいろな場所が荒れるかなという気もする。
ホプキンスには責任はないものの、彼が受賞したことが物議を呼んでいるのはたしかだからだ。異例づくめとなった今年のアカデミー賞でも特に異例となった番狂わせの結果が出るのは、まだしばらく先のことである。映画好きの一人としては、この後どのような影響が出るのか注視したいところだ。

Netflix・アマプラ作品多数並んだ異例づくしのアカデミー賞 だが配信作品に塩対応ではなかったか?
『ファーザー』(ショウゲート)
(C)NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNELFOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020



Writer

しげる


ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。

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