『大豆田とわ子と三人の元夫』断片的なエチュードの連なりを一遍の詩のように仕立てる脚本・坂元裕二の才
イラスト/おうか

※本文にはネタバレがあります

いよいよ来週最終回『大豆田とわ子と三人の元夫』第9話

小鳥遊(オダギリジョー)とわ子(松たか子)の仲が気になる『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系 火曜よる9時〜)第9話。先週の予告では八作(松田龍平)がプロボーラーと結婚かと匂わせたが、実は……、実は……と次々に予想をひっくり返すエンタメ展開。よくこうも次々とアイデアを考えられるなあと感心する。
坂元裕二、天才。

【前話レビュー】『大豆田とわ子と三人の元夫』別人のように人格を切り替える小鳥遊と、心を切り分けられないとわ子

小鳥遊にプロポーズされたとわ子と、なりゆきでプロボーラーと結婚すると思われた八作。「転がりだしたら止まらない」とか「心のピンを倒された」とか、気の利いたセリフが受けるから必ず盛り込んでいたらもはや止められなくなって、書いているほうはもう面白くもなんともなく、ただただ職人的な感じで書いているのではないだろうか。まさに転がりだしたら止まらない状況なのではないか。「プロポーズ」と「プロボーラー」の響きが似ているところまで考え抜かれている。

筆者にはこの状況が大豆田とわ子の生き方に重なって見えてきた。とわ子は他者のことを慮(おもんぱか)り過ぎるほどの人物である。社長になった時もハラスメントにならないように注意を払っていたし、相手を傷つけることを決して言わない。毒舌は傷つけない絶妙なニュアンスを選んでいる。常に相手に居心地がいいように振る舞っている。

第9話では、会社の売却に加担していた裏切り者・松林カレン(高橋メアリージュン)のことまで慮る。こういう人だから、三人の元夫たちは彼女に惹かれ、別れた後も執着してしまうのだろう。


とわ子への執着をエスカレートさせる慎森(岡田将生)。とわ子と小鳥遊が結婚することで誕生する新作も、とわ子と八作が再婚した場合の続編もどちらも許せず、妨害行動をエスカレートさせていく。これが違うドラマだったら、かなりやばい感じにも描けるところを、『大豆田とわ子〜』は脚本と岡田将生のキャラで軽妙な喜劇にしている。

「独りでも幸せになれると思うんだよね」

小鳥遊も会社の売却で、とわ子を社長の座からおろそうとしているのかと思ったら、本当にとわ子を愛しているようで、一緒にマレーシアに行こうと誘い、そこで暮らす家に、とわ子の興味のあった建築スタイルを見つけてくる。ヤングケアラーから助けてくれた社長への尽くし方と同じく、この人!と思ったら尽くしまくる。もしかしたら、自社の社長を失脚させたのも、とわ子のほうを選んだ彼の作戦だったのではないか。違うドラマだったら、かなりやばい人として描かれるかもしれない。

愛情の深い小鳥遊と結婚したら楽になれそうだけれど、とわ子はそれを良しとしない。マレーシアの家は自分がいつか手掛けたかった様式で、でも自分が作るのではなく用意された家に自分が住んでいいものかと逡巡するとわ子を演じる松たか子の、自身の強い矜持を立脚点にした迷いの表情が絶妙。恋するときめきがすーっと現実に戻っていく温度差を残酷なまでに表現する。

小鳥遊の作った料理を食べて、外をぶらつき、子供にするようなキスをして振り返ることなく別れていく。小鳥遊が自分に依存して彼の主体性を再び失うことのないように、まるで鳥を籠から出してあげるような別れ方だった。

別れた後、とわ子は八作の店に寄る。


とわ子「独りでも幸せになれると思うんだよね」
八作「なれるなれる」

とわ子と八作は亡くなったかごめ(市川実日子)の気配を感じながら会話する。恋することができない性分で、独りでも幸せになりたかったかごめのことを慮っているとわ子と八作。亡くなったかごめを尊重して、ふたりは三人で生きていこうとする。

八作もとわ子と同じく、相手に気持ちに合わせていく人である。小鳥遊もそう。とわ子が好きになる人はそういう人――要するに自分に近い人。自分を押し付けずに相手のことを慮るから、好きになるに決まってる。坂元裕二が書く作品もそういうところがある気がする。かごめの気配を物音に感じる八作なんてその最たるものであろう。

『大豆田とわ子と三人の元夫』断片的なエチュードの連なりを一遍の詩のように仕立てる脚本・坂元裕二の才
最終回は6月15日放送。画像は番組サイトより

ありえたかもしれない世界

とわ子と八作は、もし別れなかったら……そのありえたかもしれない世界を妄想する。穏やかで楽しい生活。ケンカしてもうまいこと仲直りしていく。慎森が語った恋から結婚に至った者たちはこうしていろんな問題を乗り越えていくことそのもの。
ベッドに向かい合って横たわったところを落下するように映す構図は、それが空想であることを示しているようにも見えた。

もはやPV。もはやエチュード。エチュードとはフランス語で習作、下書きのこと。演劇では、基礎訓練として俳優主体で短いシーンを作ることがある。時に、演出家がそれらをひとつの物語に仕立てるやり方がある。ひとりの作家では思いつかない、個々の俳優の輝きが生きる作り方である。ただしエチュードはあくまでエチュードであり、それをまとめて問答無用の一本の物語にするのが作家の力の問われるところなのである。

『大豆田とわ子〜』はそんな感じのことを一人の作家の脳内でやっている面白さと難しさが隣り合わせしているように感じる。「独りが好き。でも寂しいじゃん」は「独りで物語を作るのが好き、でも寂しいじゃん」で、「独りでも幸せになれると思うんだよね」は「独りでも書けると思うんだよね」に置き換えて考えることができそうである。

坂元裕二は、他者が求めていることを慮る才能に秀でているため、商業的なドラマでも成功してきた。
いろんなタイプのセリフやシチュエーションを考えることに長けている。その才能を発揮しまくり、断片的なエチュードの連なりを一遍の詩のように仕立てているのが『大豆田とわ子〜』。その斬新な作りはミニシアターの映画のようでもある。途切れないふたりの出逢いから別れまでの一本道を書いてヒットした映画『花束みたいな恋をした』とは違う、繋がっているような繋がっていないような断片の物語。

恋したい人、結婚したい人、独りでいたい人、尽くしたい人、尽くされたい人……みんなに慮ったドラマも来週、最終回。とわ子は何を選ぶのか、選ばないのか、坂元裕二はみんなの心に寄り添うことができるのか。
(木俣冬)


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※第9話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします

番組情報

カンテレ・フジテレビ系
『大豆田とわ子と三人の元夫』
毎週火曜よる9時〜

出演:松たか子 岡田将生 角田晃広 松田龍平
市川実日子 高橋メアリージュン 弓削智久 平埜生成 穂志もえか 楽駆  豊嶋花
石橋静河 石橋菜津美 瀧内公美 近藤芳正 岩松了 伊藤沙莉

脚本:坂元裕二
音楽:坂東祐大
演出:中江和仁 池田千尋 瀧悠輔
プロデュース:佐野亜裕美

制作協力:カズモ
制作著作:カンテレ

番組サイト:https://www.ktv.jp/mameo/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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