『おかえりモネ』第9週「雨のち旅立ち」

第43回〈7月14日(水)放送 作:安達奈緒子、演出:一木正恵〉

『おかえりモネ』第43回 当事者しかわからないこと――悩む百音に思わず触れようとして躊躇する菅波
イラスト/AYAMI
※本文にネタバレを含みます

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「終い」と「仕舞」

サヤカ(夏木マリ)が手塩にかけて守ってきた樹齢300年のヒバが伐採されたのは、2016年3月10日のことだった。

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アスナロにはなれないが、ゆっくり成長して良い木になるヒバ。300年、山に生きて、森の自然を守ってきたそれが倒れた。
倒れた木を上空から俯瞰して撮った厳かな画には、朝ドラ『なつぞら』(2019年度前期)で、畑のなかで天陽くん(吉沢亮)が死んでいった場面を思い出した。天陽くんは自然と共生しながら芸術活動をして、働きすぎて若くして亡くなってしまった人物。主人公の心の友だった。

木も人も生き物で、その命が失われることは悲しい。ヒバはサヤカの分身のようでもあるから、サヤカの残りの人生が短いようにも思えてしまう。実際、サヤカはそろそろ人生の終い支度のようなことを考えている(まだ60代なので早いんだけど)。ちょうど彼女は能の「仕舞」を舞う準備もしている。「終い」と「仕舞」が重なっているように感じる。

だが、このとき百音(清原果耶)の視線は、しばし倒れた木を見て悲しみに虚ろになりながら、やがてふと上に向かうのである。悲しんでいるだけではなく前を向いた百音。伐採したヒバの保管方法を思いつく。

翔洋(浜野謙太)の家にある木藏(きっつ)をきっかけに、登米にある木藏を調べたところ、神社の木藏を見つけ、そこで保管してもらうことにした。
これまで神社は天災の被害にまったく遭っていなかったことに百音は気づいた。土地として安心な場所にあり、災害のあったときは一時避難場所になるから、そういう点では関連性もある。

一般市民では50年先の生活は予想しにくいから責任が持てない。神社なら長い歴史があり、一般市民よりは安心だ(とはいえ神社だってなくならないとは限らないけれど)。

生き物はみな、等しく死ぬ。でも記憶は残る。残った者はそれを忘れずに大切にして共に生き続けるのである。

『おかえりモネ』第43回 当事者しかわからないこと――悩む百音に思わず触れようとして躊躇する菅波
写真提供/NHK

当事者しかわからないことにどう向き合うか

サヤカは百音のお手柄を褒めたついでに、気象予報士の試験に受かったにもかかわらず落ちたと嘘をつくことはないと言う。さすが百戦錬磨の大人……サヤカはわかっていた。百音も菅波(坂口健太郎)も挙動がヘンだったもの。

サヤカは百音に旅立ちを促すが、百音はまだ動けない。そこにやって来た菅波に、自分が離れている間に大切な人に何かあったら……と百音は身がすくむのだと打ち明ける。

ヒバを伐採したのは3月10日。
翌日11日のことを思う百音。2011年、百音は亀島を離れていて、家族や友人と一緒に被害を体験していない。未知(蒔田彩珠)に「お姉ちゃん、津波見てないものね」と言われたことがずっと刺さっていた。

傍から見たら、百音も対岸の気仙沼・本土で津波を見ているはずだし、父・耕治(内野聖陽)と共に亀島に戻るまで大変な経験をしているだろうけれど、百音からしたら、生涯における最大の試練の時を家族や友だちと共有できなかったことは耐え難い苦しみだった。

『おかえりモネ』第43回 当事者しかわからないこと――悩む百音に思わず触れようとして躊躇する菅波
写真提供/NHK

当事者しかわからないことがあるとよく言う。例えば、被災した地域の方々の思いは外の者にはわからない。そのわからなさが悩みや苦しみになるし、それでも手を差し伸べたい、何かできることをしたいという思いもある。悩む百音の背に菅波は思わず触れようとして躊躇する。その逡巡を百音は気づいていない。

百音の悩みに、なぜそこまで悩む? と疑問に感じる人もいるだろう。それこそが当事者しかわからないことだ。小さなすり傷をそのままにしていても平気な人と、ものすごく痛がる人と、反応は人それぞれで、他者から見たら無価値の古いものが当人には絶対に捨てられないものであったり。
百音の気持ちが我がことのようにわかる人もいれば、わからない人もいるし、自分だったらそうは思わないがわかろうとする人もいる。人の考え方は皆、違う。何をどれくらいの重さで、どれくらいの時間まで悲しく思うか、みんな違うのだ。

『おかえりモネ』は、当事者しかわからない思いと、それに他者はどう対応したらいいか懸命に考えている。それはなんとかしてわかり合いたい願いや祈りであろう。

サヤカは百音の合格を一緒に喜びたかったと思うと菅波は言った。山に残る者、旅立つ者、立場は違うけれど、一緒に喜ぶことはできるはずなのだ。
(木俣冬)

『おかえりモネ』をさらに楽しむために♪








番組情報

連続テレビ小説『おかえりモネ

2021年5月17日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら

:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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