【写真】映画『夜明けまでバス停で』場面写真
最初、映画制作会社から『夜明けまでバス停で』の企画を聞いた時は、あまり乗り気ではなかったという。「おそらく犯人の動機は薄っぺらいものだろうし、殺される原因は見つけ出しにくいだろうなと思った。NHKの番組(※2021年5月1日放送の『事件の涙』)でも取り上げられていたし、それで十分じゃないのって」
それでも映画化するとしたら、どうすればいいのか。考えた上に思いついたのが、事件をそのまま描かない方法だった。「亡くなった被害者をモデルにしないことで、オリジナルの脚本で、架空の主人公に、自分が長い間、辛抱してきた怒りみたいなものの体現者になってもらえるかもしれないという気持ちになれたんです」
脚本を担当したのは、俳優としてのキャリアもある梶原阿貴。
「人から紹介してもらった梶原さんに第一稿を書いてもらったんだけど、大人しくまとまっていたんだ。もしかしたら俺に遠慮しているのかなと。主人公にある計画を持ち掛ける柄本明が演じたバクダンは、いまだに革命を夢見ているホームレスだけど、『こういう奴、近くにいるじゃん。それを書けばいいんだよ』とプロデューサーに話していた時に、俺の中でスイッチが入った。そこから自分でもシナリオを書き始めて、梶原さんとキャッチボールをして。
映画のエンドロールでは、「こんな世の中おかしい」ということを視覚的に表現したカットが盛り込まれているが、シナリオの段階で、そのカットは描かれていなかった。
「もちろん自分の中で、そのカットを入れる計画はしていたけど、梶原さんにも制作側にも最後まで黙っていたんだ。ラッシュの段階で反対されたらしょうがないけど、観る前からダメって言われると、気分も萎えてしまうからね。だからギリギリまで黙って、CG屋さんとだけは打ち合わせを進めていたんだ」
昼間はアトリエで自作のアクセサリーを売り、夜は居酒屋で住み込みのパートとして働いていたが、コロナ禍により仕事と家を同時に失い、ホームレスへと堕ちていく主人公・北林三知子を演じたのは、本作が17年ぶりの映画主演となる板谷由夏。
「この映画の話が出る前から、制作会社とは漠然と『板谷が主演、監督が俺で何か撮れないか』という話はしていたんだ。板谷は全部こちらの意向を受け止めてくれたから、すごく楽だった。板谷の演技を見て感じたのは、『役を自分のものにする』というような言い方があるけど、役になりきったというのではなく、板谷が飲み屋で働くとこうだろうな、板谷がホームレスになったらこうだろうなとか、板谷由夏自身を見ているような感覚があった」
下元史朗といった高橋伴明常連組から、前作『痛くない死に方』で主演を務めた柄本佑、高橋伴明作品は初参加の筒井真理子、根岸季衣、三浦貴大など、錚々たる俳優陣が集結した現場はスムーズに撮影が進んだ。
「もう年だから、粘ってやるのが嫌になってる(笑)。もともと、そんなに注文つけるほうじゃないしね。経験上、テストを何回もして、いい結果になったことが、ほぼないんだ。何度もテストを重ねることで誰かのテンションが上がったとしても、その頃には誰かのテンションが落ちているんです。
今回の映画では「辛抱してきた怒り」を約20年ぶりに解放したという。
「映画屋になった当初はずっと“怒り”が創作の原動力になっていた。でも『光の雨』を撮った時に、今後も怒りを原動力にして映画人として責任を取れるのかと思ったんです。キャンキャン吠えてもいいことはないし、もうちょっと自分を成長させないと、奥行きのない人間になってしまうなと。そのタイミングで監督も辞めようと思ったんだけど、“『光の雨』で連合赤軍事件を撮ったことで、いろんなことから自由になれたでしょう”って周りから説得されて、結局は辞めなかった。それで怒りを封印したんです。でも、ここ最近、あまりにも腹立つことばかりでしょう。年齢も重ねて、この20年間で人間としても進歩して、この辺で言いたいことは言わせてもらおうかなと。分かりやすく、私はこのことに怒っていますよと。そういう意味でも、今回は主人公に自分の想いを持っていきやすかった」
『夜明けまでバス停で』の完成後、安倍晋三銃撃事件が起こり、「ますます日本は悪い流れになった」と高橋伴明監督が慨嘆する。
「事件直後の参院選で自民党が圧勝したことで、怒りが増幅したし、こうなると政治だけじゃなく、なんで今の人は怒らないのかと、だんだん日本人に腹が立ってくる。今、自分に何ができるかと考えた時に、今は沖縄に行こうかと思っているんです。それで何ができるかは分からないけど、まずは行動しようと思っている。もう怒りを抑えるつもりはないし、また怒りを原動力にして、作品を撮っていきたいね」
監督生活50年目を過ぎても、まだまだ制作意欲はとどまるところを知らないようだ。
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