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先日行われた東京マラソンで42.195キロを見事完走し、注目を浴びたイノサクさん。対談は共通の趣味であるマラソンの話からスタートです。
井上 下村さんは過去に何度もフルマラソンを完走されたことがあると聞きました。私も走るのが大好きなので、そんな共通点にうれしくなってしまいました。
下村 毎日走っているの?
井上 10キロくらい走っています。
下村 すごいね!
井上 でも、ハーフマラソンは経験済みなんですけど、フルマラソンはまだ走ったことがなくて……。42.195キロを完走するためのアドバイスをいただけますか?
下村 うーん、そうだなあ。10キロはいつも何分くらいで走るの?
井上 最高記録は47分です。
下村 速いね! 一応ね、私のフルマラソンのベストタイムは4時間6分なんですよ。
井上 確かに、1キロ6分ペースだったらゆったり走れそうです。
下村 だから、すぐにフルマラソン完走できると思うよ。
井上 頑張ります! それからこの部屋(インタビューを行った衆議院議員会館の下村博文議員の事務室)に入ってから圧倒されているんですけど、すごい本の量ですね。下村さんは読書好きなんですか?
下村 好きだけど、最近はなかなか読む時間が取れないのが悩みでね。
井上 本が好きになったきっかけが何かあるんですか?
下村 生い立ちの話になりますが、私が9歳のときに父が交通事故で亡くなったんですよ。当時、母が32歳で、私が9歳。2人の弟が5歳と1歳でね。群馬の山の中で暮らしていたんだけど、母は子どもが小さいし、働いていなかった。そもそも専業主婦が当たり前の時代ですからね。
井上 そうですよね。
下村 でも、父が亡くなり、食べていけない。それで仕事に出たわけだけど、生活は苦しかったんだよね。母子家庭の貧困家庭。それで、私が小4のときかな。風邪で寝込んだことがあってね。そのとき母が「何が欲しい?」と聞いてくれたんだけど、家が貧しいのは分かっていたから、私は何も言えなかったんです。
井上 こらえつつ「いらない」と。
下村 うん。それでも母が何か買ってきてくれるというから、「本が欲しい」と伝えたの。そしたら、偉人伝を買ってきてくれた。
井上 偉人伝?
下村 野口英世やジョージ・ワシントンなど、世界の10人くらいの偉人の子どもの頃の伝記でね。それを読みながら、苦労しているのは自分だけじゃない。
井上 その偉人伝がきっかけに?
下村 そう。その後に小学校の図書館でそれぞれの人の生涯を描いた1冊の偉人伝を読み始めたら、世界がぐんと広がっていったんだよね。みんなこんな生き方をして、人生を過ごしていたんだな、と。結局、図書館にあった100冊の偉人伝はすぐに読み終わってね。小さな小学校だけど、図書館の本の3分の1、1000冊くらいは読んだんじゃないかな。
井上 小学生で、そんなにですか!
下村 あの頃の一番の楽しみは土曜日の放課後にお弁当を自分で作って、借りてきた本を持って山に行くことだった。お気に入りの場所で、暗くなるまで本を読んでね。時間がいっぱいあって幸せな時代でしたよ。
井上 私が政治に関心を持ったのは最近なのですが、総裁選の演説を取材していて安倍さんの憲法改正への思いの強さ、熱量を感じました。でも、この間の臨時国会でも議論は進まず、本当にやるのかな……と思えてきてしまって。下村さんが務めている「党憲法改正推進本部長」というのは、どんな役割なんですか?
下村 まず、日本は法治国家ですよね。
井上 はい。
下村 今、世界には憲法のある国が196カ国あります。そのなかで日本は、日本国憲法ができてから73年、一度も改正や修正をしていない国なんですね。実はこれ、世界的に見たら極めてめずらしい現象で。
井上 そうなんですか?
下村 例えば、第二次大戦後に最も多く憲法を改正や修正をしている国はインドで、100回やっています。
井上 えっ、100回も!?
下村 ドイツは60回、フランスは27回、アメリカも20回。196カ国の国のうち、ほとんどが時代に合わせて憲法を改正、修正しながらより良い国を目指しているわけです。ところが、日本は一度も改正や修正をしていないから、国民的な感覚で言うと、「憲法改正」と聞くと別世界の出来事のように感じてしまう。
井上 確かに、腫れ物に触るイメージというか、憲法改正アレルギーみたいなところがありますよね。
下村 だけど、70年以上前の日本と今の状況は変わっていますよね。そこで、より良い国を目指して、より良い憲法改正を進めていきましょう、と自民党は「改憲4項目」を公表しています。その意図を国民の皆さんに伝え、改正への機運を高めていくこと。それが党憲法改正推進本部長の役割ですね。
井上 「9条の改正」「緊急事態条項の追加」「教育の充実(無償化)」「参院選合区の解消」の4項目ですね。このなかでは9条に自衛隊を明記することに注目が集まりがちですが、私は緊急事態条項や教育、合区のような私たちの生活に直結する部分を議論してもよいのかなと思っていて。だけど、野党の議員さんからは「安倍政権下ではやりたくない」という声も聞こえてきます。
下村 総理大臣が誰であろうと「法律は法律だから」とルールに則っていくのが法治主義です。日本は法治主義の国だから、「安倍政権だから」という理由で議論しないのではなく、より良いものを目指して憲法議論を国会でするべきだと思っています。やっぱり国会で憲法議論をすることによって報道もされ、国民の皆さんが「憲法改正にはこういう意義や方法があるのか」と身近なものとして捉え、考え、議論するきっかけになると思いますから。
下村 私も自民党の改憲4項目にみんなが賛成するとは思っていません。
井上 そうなんですか。
下村 例えば、自衛隊の憲法9条への明記については「反対」で、高等教育の無償化については「賛成」といったように。そのなかで国民の2分の1以上が賛同できるような項目が出てくることで、憲法改正が現実のものになっていく。ですから、国民投票に至る前の段階で、議論を深めることが重要です。「自民党はこういう4項目を出してきたけど、ここは問題ではないか?」「一部分は賛成できるけど……」と党派を超えて議論を進めるうちに、新たな項目も出てくると思うんですよ。
井上 新たな項目ですか?
下村 例えば、野党から「自民党は触れていないが、LGBTの人たちの結婚問題にも憲法改正で対応できるんじゃないか?」といった意見も出てくるかもしれない。
井上 なるほど。
下村 今の憲法では結婚について「両性の合意のもとで結婚できる」と書かれていて、これはLGBTの人たちを想定しないわけだよね。そこで、「性」を「者」と書き換え、「両者の合意のもとで結婚できる」と憲法を改正すればLGBTの人たちの結婚についても、問題ないんです。
井上 1文字変えるだけで違ってくるんですね。
下村 改憲アレルギーで思考停止になるのではなく、生活をより良いものにするため、国会で広く議論してみてはどうかと思うんですよね。合わせて国民が関心を持ち、世論が高まっていかないと改憲はできません。
井上 どうしたら世論が盛り上がっていくと思いますか?
下村 まずは憲法改正推進本部長として全国を回り、問題提起をしながら各地で議論を深めていきたい。例えば、この間、超党派の議員で作る「子どもの貧困対策推進議員連盟」で、こんな話があったんですよ。共産党の議員が「外国人の子どもは義務教育を受ける義務がない」という問題を提起してくれてね。
井上 「義務教育を受ける義務がない」というと?
下村 憲法には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」とあるんですよ。ところが、日本で暮らす外国人は範囲に収まっていない。つまり、子どもに教育を受けさせる義務がないんです。
井上 じゃあ、外国人の子どもは学校に行けないんですか?
下村 いや、教育を受ける権利は誰もが持っています。でも、親が子どもを学校に通わせなければならないわけではないということです。一例として、群馬県に大泉町というブラジル人を中心に多くの出稼ぎ労働者が移住している町があります。そこで問題となっているのが、小中学校に行かず、10代後半、20代となってしまった移住者の子どもたち。彼らは就職しようと思っても字が書けない。読めない。通信制の高校にも入れない。結果的にまともな仕事につけずに貧困が進むという悪循環が起きています。そしてこれは、一家庭の問題にとどまらず、地域全体の貧困化、治安悪化にもつながり、社会全体の課題になっているわけです。
井上 そうなんですね。
下村 これからは入管法の改正もあり、日本で暮らす外国人は確実に増えていきます。国籍は異なっても日本に住んでいるのであれば、義務教育は受けさせるようにしようね、と。そういう視点からの憲法改正も必要ではないかと思うんですね。
井上 憲法改正にすごく慎重になる人の気持ちはよく分かります。でも、一項目でも憲法改正ができて、それが自分たちの生活を良くしていくんだと分かったら、変わっていくのかなとも思いました。
下村 いずれは国民の側から「ここは時代の変化に対応していないんじゃないの?」「私たちがより良く生きる権利として憲法を変えてもいいんじゃないの?」という声が上がり、議論が高まる時代になっていくと思っています。
「取材を終えて」~井上咲楽の感想~
今や大学進学がスタンダードになりつつある中で、高卒の私はもどかしさを抱えて日々生きています。下村さんは、教育熱心ながら大学に限らず様々な学び方があっていいと思っている方。学ぶとは受動的ではいけないんだなと思いました。そして、改憲に前向きではありますが、野党との関係にとても苦戦している様子でした。いつだって、「何が目的か」ということも大切に考えなければいけない気がします。
下村議員が <新たに選挙権を得た若い世代> に読んでほしい1冊

『竜馬がゆく』(司馬遼太郎 著/文芸春秋 刊)
私が大学生のときに読んで友達に勧めていたのは、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』ですね。幕末、明治維新への流れを作った坂本竜馬を主人公にした長編小説で、井上さんのような若い世代、10代や20代で読んだら、すごくワクワクする話だと思います。司馬遼太郎作品の中でも読みやすい小説ですから、お勧めしたいですね。あとは私の書いた『志の力』、『9歳で突然父をなくし新聞配達少年から文科大臣に』もぜひ、よろしくお願いします。
いのうえ・さくら
1999年10月2日生まれ、栃木県出身。A型。
現在は『おはスタ(水曜日担当のおはガール)』(テレビ東京)、『サイエンスZ E R O 』(NHK-Eテレ)をなどにレギュラー出演中!
しもむら・はくぶん
1954年5月23日生まれ、群馬県出身。早稲田大学教育学部卒。
東京都都議会議員を経て、1996年衆議院議員に初当選。現在、当選8回。2012 年12月の第2次安倍内閣にて文部科学大臣を務める。