現在放送中の朝ドラ『舞いあがれ!』の時代設定は、久々に現代ド真ん中。リーマンショックなど、多くの人の記憶にも新しい出来事を鮮やかに描いているのも大きな特徴だ。
そのひとつが、福原遥演じるヒロイン・舞の兄である悠人。横山裕演じる悠人は、投資家として大成功を収めてリーマンショックを乗り切るものの、その後インサイダー取引に手を出して転落。その過程でこじれていた家族との関係を見つめ直す。影があってやや屈折した悠人のキャラクターを演じた横山裕の演技も話題を呼んだ。悠人というキャラクターには、どのような意味を持たせたのだろうか。『舞いあがれ!』制作統括の熊野律時チーフプロデューサーに聞いた。

【写真】横山裕演じる悠人の失敗と再生『舞いあがれ!』場面写真【5点】

「悠人ってなかなか難しいキャラクターだと思うんですよ。特に家族に対して、素直に思っていることを言えないんですよね。家族を大事には思っているし心配もしているんだけど、言い方だよねえって(笑)。ただ、本人は誤解されやすいけど、自分なりの考え方を持っていて、地道な努力も積み重ねてきている。そのバランスって結構難しいと思うんですけど、横山さんは本当に的確に演じてくださった。

横山さんのお芝居が上手というのはもちろん存じ上げていましたし、さらに大阪ことばのネイティブということもあって、横山さんにしかできないお芝居をしていただきました」

会話の中のちょっとした呼吸の間や舞にかける言葉のニュアンスなど、大阪ことばのネイティブだからこそ出せるものでもあったのだ。


そして悠人といえば、リーマンショックで経営の傾いた実家の工場「IWAKURA」の再建にあたっての振る舞いだ。父の浩人(高橋克典)が亡くなったあと、工場をたたむことをめぐみ(永作博美)と舞に提案する。しかし、ふたりはその選択をせず、工場を続けることを決断。悠人もそれを支えることになった。

「傾いている工場をたたんでマンションに変えちゃって、家賃収入で生活していくという提案は実はかなり優しいんですよね。なんでわざわざ苦労して工場を続けるの?という、息子としての思いが出ている。売っちゃったほうが、リスクは低いわけですから。

でも、めぐみは辛いことがあっても工場を続けたい。従業員の思いも捨てられない。お父さんが亡くなって厳しい状況だけど、続けたいというジレンマがあった。悠人はそこで最後はめぐみや舞の思いを汲むわけですが、根底にあるのはやっぱり家族を大事に思う気持ちなんですよね。悠人はそういう人だということをちゃんと描きたかった」

そしてリーマンショックは乗り切った悠人も、順風満帆とはいかずに取引に失敗。
損失を埋めるべくインサイダー取引に手を出してしまう。

「皆さん、リーマンショックで失敗するんだろうと思っていたんじゃないでしょうか(笑)。ただ、実際に悠人のようにリーマンをうまく切り抜けて、そこで大きく儲けた投資家もいたんです。悠人はちゃんと努力してきた人ですから、そっち側じゃないかなと。

でも、その後にインサイダーで失敗する。あの時期には政府の新しい経済政策が出て、いままでの手法では相場の動きが読みにくくなり、撤退した投資家も結構いたらしいんです。だから悠人がつまづくならそこだろう、と。本来の悠人ならば、インサイダーは絶対にやらないと思っていた。でも、失敗をなんとか取り返したいという焦りから手を出してしまう。それで自己嫌悪に陥ってしまうわけです」

そこで手を差し伸べたのが、めぐみや舞といった家族たち。

「身近な人たちがもう一度自分の人生をどうやって生きていくのかを考えて立ち直ってほしいと思って支えてくれる。そういう人たちが周りにいることで、改めて受け止めてまたスタートする。
ドラマの序盤で『失敗ばすっとは悪かことじゃなか(失敗することは悪いことじゃない)』という祥子さんの言葉がありますが、まさにそうなんです。ドラマの中では悠人に限らずみんな繰り返し失敗するけど、大事なのはそこからどうするか。それが大きなテーマになっています」

山下美月演じる久留美と悠人が、舞と貴司の結婚パーティーの後に公園で語り合うシーン。そこで悠人は「金を稼ぐことしかできない」とこぼすが、久留美は「おカネを稼ぐってすごいじゃないですか」と返す。失敗してもそれまでやってきたことを否定するのではなく、積み上げてきたものムダにせずに進んでいく。それが、『舞いあがれ!』に込められたメッセージなのである。

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