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「『仮面ライダー』は、土俵際に追い詰められたスタッフ連中が不退転の覚悟で作ったジャリ番(子供向け番組)なんです。だけど神風が吹いたという側面が多分にあって、予算がないから苦肉の策で生まれたライダーキックがセンセーションを巻き起こした。主役の藤岡弘(本郷猛・役)が大怪我を負うアクシデントに見舞われたものの、代役として立った佐々木剛(一文字隼人・役)で人気爆発するという怪我の功名もあった。まさに、どん底からの逆転サクセスストーリーというべきかもしれない」
『仮面ライダー』の成功は東映に莫大な利益をもたらした。中でも大きかったのは出版社や玩具メーカーとの強力なタイアップだ。71年当時、テレビのキャラクターがカネを生み出すということを見抜いていた人はほとんどいなかった。メディアミックスという言葉が生まれるはるか以前のことだから仕方あるまい。
「渡邊亮徳という東映テレビ事業部のトップと『少年マガジン』(講談社)編集長の内田勝が意気投合したことで、一気に流れが変わった。それまで東映社内では子供向けのテレビ番組は“ジャリ番”などと呼ばれて侮蔑されてきたわけだけど、もうこうなるとビッグビジネスとして見直されますよ。もっとも映画人には別のプライドがあるから、一気にジャリ番が社内でメジャー扱いされることなんてありえないんですけどね。
それに加えて大きかったのは、石ノ森章太郎さんの柔軟な発想ですね。作家性を重んじている漫画家の中には、自分の作ったキャラクターがおもちゃになることを拒否するケースも多い。でも石ノ森さんはむしろ商売に対して積極的な人。おもちゃ会社から話が来た瞬間に『これは必ず番組と一緒におもちゃも発展することになる』という先見の目を有していた」
しかし、皮肉なことにこうした予想外の成功が仮面ライダーを制作した東映生田スタジオ所長・内田有作の失脚に繋がっていく。一応、自主退職の体裁は取っていたが、実際は解雇に近い形で退職金も出なかったという。事実上の懲戒解雇といっていい。理由としては、仮面ライダーショーの収益にまつわる疑惑。内田が収益金を私物化し、オイしい思いをしたのではないかという噂が流布されていたのである。
「ただ、その問題が懲戒解雇に当たるレベルのものだったのかどうかは微妙なところで。もし法的にも問題があるほど悪質なことをやっていたら、逮捕されるなり訴えられていたでしょうからね。今と違って、当時の価値基準としては企業の中でどんぶり勘定がある程度は許容されてきたという背景もありますし。それから関係者の中には『内田さんも一部では絡んでいたかもしれないけど、結果的に全部の責任を背負い込んだ格好になった』という見方をする人もいます」
内田がひとつの時代を作り上げた人物であることは疑いようのない事実だが、最後は石もて追われるようにして業界から追放された。
さて、そんな内田が作り上げた生田スタジオに対して「その魂は受け継ぎたいと思っている」と述べたのが『シン・仮面ライダー』を撮った庵野秀明監督である。『「仮面」に魅せられた男たち』の中で庵野は『仮面ライダー』という作品に対する熱い想いを吐露。彼のインタビューが収録されることによって、この本自体も単なる昔話ではなく、現代の令和ライダーや『シン・仮面ライダー』現象にまで繋がる結果となった。
「実を言うと、庵野さんはなかなか取材できないということで有名な方なんです。だけど今回は偶然が重なって、運よく応じていただけることになった。個人的には、庵野さんに密着したNHKのドキュメント番組を観たことがありましてね。その影響でひどく気難しい人なのかなと想像していたんだけど、実際はすごく真摯かつ丁寧に話をしてくれて、印象が180度変わりました(笑)」
一連の取材を通じて牧村が痛感したのは、『仮面ライダー』が次世代に与えた影響力だったという。庵野は言うに及ばず、『仮面ライダー』が数々のクリエーターを生み出した事実は作品のパワーがいかに絶大だったかを雄弁に物語っている。
「オタクと呼ばれる人たちの凄味は、もう世間も認めざるをえないと思う。というよりも彼らの特異性をもっと評価すべきなんですよ。
たとえば明治とか大正の時代だって、文学をマニアックに研究した人はいたわけですね。つまり文学オタクですよ。彼らは並外れた熱意で創作活動や評論活動を続けて、その結果、100年後には日本でも世界的な作家が出てきた。それを『生産性のない役立たず』と切り捨てるわけにはいかない。もちろん文学だけじゃなく、映画だってアニメだって音楽だって同じこと。歴史を振り返れば、ある時代、ある作品に熱狂した変わり者たちが、次により優れた新しい表現を生み出すということを繰り返してきたわけですから」
同書の中で牧村は、あえて「ファン」や「マニア」ではなく、「オタク」という呼び方を貫いている。それは、「子供番組」ではなく「ジャリ番」という呼び方にこだわったのと同様、自分なりのオタクに対する敬意なのだという。
【あわせて読む】これまでの「シン」シリーズとは一線を画す『シン・仮面ライダー』に見る庵野秀明の“こだわりと本質”
▽『「仮面」に魅せられた男たち』
著:牧村康正/講談社刊
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